158 コンビネーション
「うっそぉ!?」
自分でも驚くぐらい間抜けな声が出た。足を失った魔物が、息を吹き返した……というよりかは、形態変化して復活したみたいな感じだろうか。先ほどまで瀕死とまではいかずとも、かなりダメージを与えたはずの、紫色のカメレオンの背中から大きな翼が生え、カメレオンが空をとんだのだ。その翼は、ドラゴンのように厚く、堅い鱗で覆われており、先ほど、魔法を吸収した皮膚を突き破り、カメレオン……の面影はあるものの、また異質な形になってしまった。形態変化する魔物など聞いたことがなく、気味の悪い舌を伸し、空中で咆哮している姿は、もはやカメレオンではない。
驚いていたのは私だけではなくグランツもで、何だあれは、と翡翠の瞳を大きく見開いていた。それと同時に、私達の中に絶望の二文字が生れる。あんなものをどう倒せばいいのかと。
(ダメージを与えたら、形態変化するって何よ。これ、何のゲームよ)
もう、ゲームという垣根も越え、いや、そもそも現実味のない話であり、生物が命の危機に瀕したら形態変化……翼が生えるなど聞いたことがないのだ。
「ど、どうなってるのあれ……?え、え、ドラゴンだった?」
「いえ、そんなはずは……ステラ、離れて下さい。また、攻撃、来ます」
「え、うん」
グランツは気を抜くなと、まだ体調が回復したばかりの身体で私を庇う。
驚いている場合ではなかった。ドラゴンのような姿になったカメレオンは、上から隕石をふらせるように、毒の液体を吐き出した。ドプンといやな音を立てて、それらが、無差別に家屋を襲い、とかしていく。やはり、あの毒は物質を溶かす成分が含まれているようだった。
(てか、さっきグランツ当たってなかった!?)
グランツは、あの液体に触れていたはず、と彼の膝を見るが、何てこと無い怪我をしていなかった。溶けて骨がむき出しになっていたらどうしようと思ったが、その心配はないようで、でも、何故? と疑問が浮かんでくる。
「何ですか、人のことジロジロと見て」
「え、いやあ……あの毒の攻撃凄いじゃん。でも、さっきグランツ当たっていたような気がして」
「当たってないです。まあ、毒耐性は少しありますけど……体質的に」
「じゃあ、さっき喰らったあの霧の方が威力が強かったってこと?」
「よく分かりません。学者じゃないので」
と、グランツは、このはなしはやめにしようと言わんばかりに話を切り上げ、剣を構える。剣も錆び付いている様子はなく、健在だった。剣に関しては、多分エトワール・ヴィアラッテアの加護か何かがついているのだろう。だから、可笑しいことではないし、それに関しては突っ込まなくていいだろうと。
しかし、空高く舞い上がったあのカメレオンをどうするべきか……
(風魔法で空中に上がってもいいよね……多分、あのカメレオン早くはないし……でも)
ただでさえ、戦闘になれていないって言うのに、空中戦なんて勝てるはずがない。それも、グランツもいるし、一体如何しろっていう話なのだ。地上にたたき落とせるでもないのに、一体どうすれば。
「グランツ!」
「困りましたね……あの図体で、空まで飛ぶのか……どうにか、たたき落とせれば」
「そ、そうだよね。あのままじゃ、手の出しようがないもんね!」
同調してどうする、といわんばかりの目で睨まれ、萎縮しつつも、私は、グランツも同じようなことを考えていたのだと、それだけはほっとしていた。いや、ほっとしている場合じゃないのは分かっているんだけど、むやみやたらに近付いて、毒の攻撃を受けでもしたら大変なのだ。かといって、あのまま空中で暴れられたらさらなる被害も出るし……
ちらりと魔物の方を見れば、私達の姿が見えていないのか、暴れ回り、毒をまき散らしていた。家屋は、殆ど潰れ、解けてしまい、見るも無惨な形になっていた。先ほどは、私達を明らかに狙っていたのに、今はどうしたのだろうか。興奮状態にでもなったように、私達に構わず暴れているのだ。あのまま、暴れて体力が尽きてくれれば……という耐久戦でもいいけれど、きっとそれはできないと思う。
「私、たたき落とせるかやってみる」
「正気ですか!?い、いや……でも、ステラしかできないでしょうし……危険なのは、そう、ですけど」
「グランツ、信じて、大丈夫!」
「ステラの大丈夫は、大丈夫じゃないんですよね……危なっかしいというか」
「私すっごい信用なくない!?」
グランツの目が、いかにも疑っているもので少し傷ついた。確かに、魔法の制御が下手ではあるけれど、そんなふうに見つめられてもなあ。私しか、いまできないのに、やるなと止められるのも痛い話ではあるし。
信用がないのは、自分もそうなので、それを分かりつつも、やるしかないと、どうにか奮い立たせる。それを見てか、グランツは、「やっぱり、そうなんですね」とぼそりと呟いた。
「ステラは、多分、やるんでしょうね……俺が止めても。危険でも」
「やるよ。私にしかできないんだもん」
「……分かりました。では、よろしくお願いします」
「よし、任された!」
私は、もう一度自分を奮い立たせる。少し、不安はあるけれど、あの図体……動きを止めることさえできればグランツがどうにかしてくれる。そんな気がして、私は風魔法を駆使し、飛び上がった。すると、ようやく、あのカメレオン型の魔物は私に気づき、滑空するようにしてとんでくる。ただ暴れているものだと思っていたが、まだ若干の知性は残っていたようだ。しかし、私に突っ込んできて、どうするつもりなのだろうか。
(でも、そっちの方が好都合!)
手に集めた魔力は、空気に解けるように、冷気を放ち、ダイヤモンドダストのように光を浴びて散っていく。魔物はそれに気づいたが、動きを止めることはできず、やけくそになってか、速度をさらに上げて突っ込んできた。
フィーバス卿のように上手く出来るか不安だったけれど、魔力量は、フィーバス卿にも認められるほどある。だから、最大出力で放出すれば、あの魔物の動きを、完全に封じ込めることができるだろう。しかし、氷魔法は、水魔法の上位にあたる魔法であり、派生魔法。やはりといってはあれだが、尋常じゃないほど冷たく、痛かった。手のひらが火傷するように痛い。フィーバス卿はこれを我慢していたのだろうか。それとも、痛覚を遮断していたのだろうか。どっちにしても、これが、人が受けていい痛みだとは思わなかった。先ほど、叩き付けられたときの痛みよりも、酷い、内側から食い破られそうな痛みが身体を襲った。
でもここでやめるなんていう選択肢は考えられず、私は集めた魔力を、魔物に向けて放った。カッ――と、空が光輝き、パキパキと遅れたように凍りついたような音が聞える。
「できた――!グランツ!」
「分かりました!」
魔物は時が止ったように凍りつき、そのまま氷の塊となって地面へと落ちた。それはもう、隕石と同じようなスピードで。そうして、クレーターが地面にでき、まだ動けない状態の魔物の頭上から、グランツが剣を振りかざし、そして、魔物の頭にその刃を突き立てた。
ズシャアアッと、何かがはち切れるような音と共に、氷と、魔物の血が飛び散り、あたりを覆い尽くす。あの血が遠くへとんでいかないようにと、私は最低限魔法でカバーし、とんできた血を氷で覆った。タイミングがよかったようで、血が辺り一面に飛び散り、付着することはなく、冷気がひんやりと足下を撫でる中、剣についた血をはらってグランツがこちらへむかって歩いてきた。
「グランツ、大丈夫!?」
「大丈夫ですよ。氷付けにした状態で、すでに魔物は疲労していましたし……寒さに弱かったんでしょうね」
「でも、グランツがとどめを刺したんだよ。ほら、イエーイ」
「……?」
「え?あ、て、ハイタッチ!」
私が、そう子供のようにせがめば、彼は、腰に剣を下げ直し、少し呆れたように、小さく手を合わせてくれた。それと同時に、ピコン、と彼の好感度上昇を告げる機械音が鳴り響いた。
 




