155 魔物の生態
「本当に大丈夫なんですか。おいてきても」
「防御魔法をかけておいたし、後は、見つけにくくなる魔法をかけておいたから、大丈夫……安心していいと思う。といっても、100%じゃないし、見つかったら、見つかったで即行戻るけど。魔法がきれたら、対象者に分かるしね」
「俺には、魔法が使えないので、その感覚は分かりませんが」
と、グランツはあくまで自分は魔法が使えないものだとアピールしつつ、私の応えに対し、返答を返した。モアンさん達には、ここにいて大丈夫だから、と念を押し、二人で魔物の元へと走っていた。小さな村とはいえ、魔物がいるのは村の境目の所で、遠くには海が見え、そこからやってきたのだと思われる。とはいえ、森の方からも嫌な気配がしたので、そちらの方の魔力探知をしてみれば、小さな魔物たちが湧いており、それらは、グランツに気づかれないように駆除してきた。魔法の扱いにまだ慣れていたいが、ここら辺の対応はできるようになってきたため、成長したと思う。それでも、フィーバス卿やアルベドほどの魔法の使い手ではないため、これではきっと甘いのだ。まだまだ、私も修業が必要だと。
(ブライトに、また一から教わるか……でも、そのためにはお近づきにならないといけないし……!)
元々の目的とも合致するため、それでも良いのだが、またブライトと……と思うと、何だか歯がゆいというか、胸が痛いというか。これまで築き上げてきた信頼は0に戻り、その0からまた新たに組み立てていく必要があるのは嫌だなと。まあ、その、嫌をずっと嫌々いってきているので、今更ではあるが。
ブライトは、ああ見えても凄い魔道士だし、フィーバス卿とアルベドを除けばほぼ全属性を自在に操れる魔道士だと。ブリリアント家の威厳は、というか、帝国でも重宝され、その地位を確立しているほどの家だ。アルベドは、闇魔法のためまた勝手が違うし、フィーバス卿は頼めば教えてくれるだろうけれど、なるべく、父親には……と思ってしまうのだ。それに、フィーバス卿の魔力は、守る為のものが多いしあまり、攻撃魔法を使いたくないようだった。戦争のこともあってか、人を傷付ける魔法はあまり使いたくないと。そもそも、彼のユニーク魔法が、人を殺す魔法であって――
「ステラ」
「な、何?」
「見えてきました。あれが、きっと、騒いでいた魔物だと思われます」
「あ、見えた!」
「……危機感ないんですか」
と、ぼそりと言ったグランツの言葉が聞えてしまい、失敬な、と思いつつも、私は目を凝らす。魔物の身体は、毒々しい紫で、トゲトゲとした、爬虫類のような皮膚をしている。また、その身体に、紫色の霧のようなものを纏っており、それがもしかすると毒なのでは? と思わせるほど、禍々しく、気持ち悪い。腐敗臭もその魔物から漂ってくるようだった。
(てかアレなに……!?目が、ぎょろぎょろしてるし、気持ち悪い。カメレオンみたいじゃん!)
魔物……というのは、本当にバリエーション豊かで、奇形としか言えない形の魔物もいるんだと思い知らされた。分かりやすい形のものもいれば、本当に人型から遠いような存在も。ただ、目の前にいる魔物は、かなり異質で、様々な魔物、動物の特徴が見て取れる形だったため、もしかしたら、人工魔物なのかも知れないと、嫌な予感がした。人工的に作られた魔物、そんなものを作れるのは、あの最悪最低な教団、ヘウンデウン教しかいない。やはり、先ほどの勘は当たっていたのかと、私はグッと拳を握った。
グランツも、目の前の魔物が他とは違うということに気がついたのか、腰に下げていた剣を鞘から引き抜き、いつでも斬りかかれるという姿勢に入った。魔物が気づいていないうちに斬りかかり、倒すのが一番だろうが、あの魔物は、何をしたいのか、そこら辺をのそのそと歩いているだけだった。
「何?さっきまで暴れていたんじゃないの?」
「もしかしたら、好戦的な魔物かもしれません」
「こ、好戦的って……?」
「憶測に過ぎません。しかし、あの目の動きから、何かを探しているように見えるのです。好敵手になり得る相手とか。ただ、殺戮を繰り返すのではなく、狙って人間を虐殺しようとしているような、そんな意思を感じます」
「どんな意思よ!?」
要約すれば、町の破壊や、暴れ回ることを目的にしているんじゃなくて、人間を狙って殺そうとしている、ということ。そして、人間を見つけると、その大きな図体で襲い掛かってくると。どんな魔物だとさらに叫びそうになったが、堪え、よくよく考えなくても、危険すぎるのではないかと思った。もし、避難がすんでいなければ、今頃――そう考えると恐ろしくて、胸が痛い。だが、このまま魔物がここに居座り続けるわけではなく、そんな性格なら、人間を探しに行くのではないかと、ヒヤヒヤしていることもあり、すぐにでも、倒さなければという使命感にかられる。
これがゲームなら、相手のステータスとか、動きとかが分かるんだろうけれど、そんな攻略本がここにあるわけでもないので、私は肩を落とすしかなかった。乙女ゲームの魔物の攻略本って何という話なのだが。というか、このゲームがどんどん乙女ゲームの枠から離れていき、一種のロールプレイングにでもなっているのではないかと。
そうだ、ここは現実なのだ。そういうのもあり得る。魔物にも、習性や意思があって、生きる為に獲物を探し狩るのだと。それは分かる。だが、あれは人工的に作られた、言わば紛い物なのだ。そんなものに暴れられたら、外来種みたいに、生態系が破壊されかねない。
「てか、どうするの。私は、防御魔法で、自分を守れるけど、あの毒……魔法じゃないなら、グランツは大丈夫じゃないんじゃないの?」
「何故、そう思うんですか」
「あっ……魔法をかけようと思ったんだけど、魔法……嫌いかなと思って。もし、かけられるなら、かけておくよ。危ないし」
と、私は、また余計なことを口走りそうになった。彼がユニーク魔法を持っていることを、私が知っているのは、おかしいし、怪しいということになるからだ。私は、危ない危ない、と思いながら、グランツにどう? といったが、勿論、魔法を無力化できるため、グランツは断った。別に、全ての魔法を弾くわけではなくて、相手に敵意がある魔法を、攻撃魔法を主に弾くのであって、治癒魔法が効かないわけじゃない。だから、防御魔法も、と思ったのだが、グランツは断った。あの魔物から発せられているものは、明らかに、魔法とは似て非なるものだから。あれに当たったら、最悪死ぬ可能性だってあるだろう。距離をとりつつ、魔法攻撃を仕掛けられれば問題ないとは思うが、グランツは……
「グランツはどうするの?接近戦、危ないと思うけど」
「確かに危険ですね。しかし、あの毒をずっと噴射し続けられるわけでもないみたいなので、その隙を突いて。まだあの魔物が、魔法がどれほど効くか分かったものじゃないですしね」
「それはそうだけど……グランツが、傷ついたら悲しむ人がいるんじゃ無い?」
「……」
「ともかく、私が、まず魔物の注意を引きつけるから、グランツは隙を突いてって感じでいい?ここは協力しよう。ね?」
「分かりました。貴方が、どれだけ、戦闘になれているかは知りませんが……強いですよ。あの魔物」
「大丈夫!」
何の根拠もない大丈夫ではない。今の私ならできる気がするのだ。いつも、そういって失敗している気がするが、それでも、グランツがいるからという何とか何そうな気がするのだ。グランツは、依然として不安そうな顔をしていたが、私は、大丈夫だと後押しする。そうして、手に集めた魔力をかため、爆弾のような形状に変化させた。それは、アウローラが使っていた、爆破魔法と似ているものだ。実際に使うのは初めてだが、上手く形状を変化させることができたようだった。
「よし、それじゃあ、やろうか。グランツ」
私は、そういって手に集めた魔力を、あの奇形の魔物にむかって投げ込んだ。




