152 警戒心
「久しぶりで――いや、この間会ったばかりじゃないですか。でもどうしてステラがここに」
「さと、里帰りってやつ、かな?」
「里帰り……」
「詳しい話はいいから、ええっと、取り敢えずお帰り。グランツ」
彼は、信じられないと言った感じで私を見つめ、それからモアンさんに視線を移した。モアンさんに微笑まれたのか、グランツは、あれこれ言う前に「ただいま」と一言いって、私の隣に腰を下ろした。モアンさんはそれを見て、グランツの分のココアを準備しに立ち上がった。「それで、何故ステラがここにいるんですか」
「さっきも言ったとおり、里帰り。たまには、モアンさん達に顔を出しに行かなくちゃって思って。グランツが、勝手に出ていったみたいな風にいったから、この間……それも一理あるなって思ったし、会いたいなって思ったからかな。偶然だね」
「……偶然、ですか」
と、彼は、私に疑いの目を向けてきた。確かに私は、さっき彼が帰ってくるのを予想していたような態度をとってしまったから彼が怪しむのも無理ないと思った。でも、私はにこりと微笑んで、本心を隠し、本当に偶然グランツと、帰る日が一緒になったと装った。グランツも、証拠も何もないのに、言い返す事は出来ないと思ったのか、黙り込んだ。
追求されなくてよかったなと思いつつも、さすが勘だけは鋭いと恐ろしくなってくる。ただ、グランツは面倒事を嫌う性格から、また、自分で考えることを放置してしまう性格から、そこまで興味がない私に突っ込んでくることはしないだろうなと思ったのだ。それが、あたって、グランツは、取り敢えず帰る日が一緒になっただけ、と納得してくれたらしい。
(好感度は、11%か……まずまず、かな)
上がりやすい好感度は、やはりこの世界でも健在のようで、他の攻略キャラ(アルベドを除外する)と比べれば、好感度が高い方だった。しかし、一定の好感度を超えると、上がりにくくなる仕様だと思っているので、とりあえずあげるだけあげて、キープする戦法をとろうと思った。しかし、グランツの心の揺らぎというのは、どの世界でも一緒のようだ。一番最初に攻略する、乙女ゲーム初心者にもってこいのキャラクターと言っても過言ではない。故に、揺らぎ、脆く洗脳されやすい……グランツの好感度は、先ほども思ったように、ある程度まで上がったら停滞するだろう。彼の中の一番をすり替えない限りは、私は、眼中に留まるだけの存在になってしまう。
私がそんなふうにグランツを見ていると、グランツは、ソワソワしたように視線を逸らした。翡翠の瞳は、少し揺れていて、今までに見せたことのないような表情だった。
「どうしたの?」
「いえ……二人きり……というわけではないのですが、何だか落ち着かなくて」
「そう?家族水入らずって感じで良いんじゃない?」
アンタがどう思っているかは知らないけど、と心の中でとどめつつ、私はグランツの方をちらりと見た。グランツは、彼自身が言ったように落ち着かない様子で手を組み替えたりしている。グランツにとって、私が家族なのかどうかは、分からないけれど、反応を見る限り、少しはそう思ってくれルっぽかった。
にしても、やっぱりというべきか、グランツとの会話は上手く続かない。モアンさんが、ココアを持って帰ってきたけれど、彼はそれに口をつけるだけで、それ以降話しかけてこようとしなかった。私も、自分から話せるタイプではないので、話をふってくれる方がありがたいのだが、多分グランツはそういうタイプじゃないし、寧ろ私と同じタイプだと思うので、会話が続かないことは仕方ないことなのだ。かといって、ここにアルベドがいればいいのかといわれたら、またそれはそれで、グランツの地雷をポチッと押してしまう結果になるのでやめたい。
モアンさんは、少し用があるといって、また席を立った。
(気まずすぎるんですけど!?)
行動を起こせた配意ものの、その先のことを考えれていなかった。グランツと会えば、自然と話せるだろうと思っていた過去の自分を恨みたいくらいには、会話に詰まっている。グランツも、私がいるだけで、それが気になったりはしないといった感じにココアを飲んでいる。
「ぐ、グランツはココアが好き?」
「なんですか、その質問は。モアンさんが入れてくれるココアは好きです。甘いものは、特別好きなわけではないですけど……出されたものは、ありがたく貰います」
「そ、そっか……しっかりしてるんだね」
「ステラは、甘いものが好きなんですか」
「辛いものより甘いものが好きなのはそうかも。ココアも好き」
「そうですか」
会話をしてみようと話しかけても、こんな面白みも何もない会話ができあがってしまうのだから不思議だ。グランツも、きっと人と会話することに慣れていないんじゃないかと思った。そうでなければ、陰キャコミュ障だった私と同等の会話レベルしか持ち合わせていないわけがないのに。攻略キャラなのに、これでいいのかと突っ込みたいレベルで、グランツとの気まずさは最悪だった。
それか、私の会話のレベルを上げるかしないと、会話が続かないレベルには、私達の相性は最悪だったというわけだ。悲しいかな。
飲み終わったコップの縁をなぞることしか私にはできず、ココアをもう一杯という気分にはなれなかった。グランツが飲み終わるのを待たなければならない、そんな地獄の時間だけが続き、私は、煩い心臓を黙らせるしかなかった。ドキドキというより、ハラハラというか、この本当にどうしようも無い時間が早く過ぎ去ってくれるのを祈るしかないというか。
「ステラは――」
「な、何?どうしたの?」
「そんなに驚かないでください。話しかけるたびにそんな反応されたら、少し傷つきます」
「グランツでも傷つくことがあるんだ」
「……」
「ごめん、傷つくよね!別に嫌いとか、そう言うんじゃなくて、癖というか。私も、会話が苦手だからこうなっちゃうだけで、話しかけてくれるのは嬉しいよ、うん」
と、思わず早口になってしまい、何とか誤魔化そうと思ったが、口を回せば回すほどいらないことを言っている気がしてならず、私はグランツに、大丈夫だから、と何も大丈夫じゃない言葉を投げで、グッドサインを出した。それを見て、グランツは、はあ……と大きなため息をついた。私の空になったマグカップを洗い場に持ってくると、今度は、透明なグラスに水を注いで私の前に出した。
「水?ありがとう」
「……何かはいっているとかそういうの警戒しないんですね」
「え?ああ、何、毒入れたってこと?」
「そう言うわけではありませんが、ステラは、俺に対して警戒心がないというか。なんだか、俺なら何もしないだろう見たいな安心感を持っているというか」
「そんなことはないんだけど……警戒していないよ。だって、グランツだから」
「俺は、警戒するに足りないと?」
グランツは、そういって、グッとグラスを握りしめた。グランつからしてみれば、騎士である自分を取るに足りない存在だと見くびられたことが癪に障ったのかも知れない。そういう意味で言ったわけではないんだけどな、と思いつつも、私は「家族だから、警戒しないんじゃないかな」と付け足して、もう一度、グラスをスッと指でなぞった。
警戒しろ、気を張れと、アルベドにはいわれているが、彼のように、全てを疑って生きてきたわけではない。確かに今は、そうすべき状況であることは理解しつつも、少しは警戒を解きたいときだってあった。だって、そうじゃなきゃ、生きづらいと思ったから。もちろん、警戒をほどいた先で、何かあってもそれは自己責任になり得るのだが。
(というか、警戒していたとしても、グランツは魔法を切ることができる魔法が使えるんだから意味ないじゃん)
私が魔法を使えることを知りつつ、それを完封できる術を持っているのだから、警戒を私がしていても無駄だろう。無駄、ではないかも知れないが、隙を突いたとしても、彼に魔法で勝てるわけではないのだ。
「警戒しないよ。されると嫌でしょ」
私は、そういって、グランツの方を見る。グランツの目は一瞬だけこちらを見たが、すぐに逸らされ「いいですよ、慣れてますから」と消え入るような声でそう言った。




