147 伝説すら書き換えて
(すっごく満足そうなんだけど何で!?)
フィーバス卿は、してやったぞといわんばかりに、誇らしげなかで私を見ている。エトワール・ヴィアラッテアから手紙が来て、それを氷付けにしてバラバラに砕いた? 常人ではできない発想だと思った。どうしたらそんな発想に至るのか聞きたいくらいだったが、フィーバス卿が、エトワール・ヴィアラッテアに対して、好意も何もないことが判明し、ほっとしているのは事実だった。もし、手紙を受け取って、承諾していたらどうなっていたか、考えると恐ろしい。でも、いずれは、正面からぶつかり合うだろうから、その時期が遅くなっただけ……
「お、お父様よかったのですか。その、聖女様からの手紙だったんですよね。不敬罪とかになったりしないんですか?」
「ステラは優しいな。そんなこと気にしなくていい。もし、罰を受けるとしても、受けるのは俺だけだからな」
「そういう問題ではなくて。その、聖女様が悲しんだりしないのですか……どんな思いで、手紙を書いたかは全く分かりませんけど、一応、その時間をかけて書いているのかと」
「ステラは、聖女のことが嫌いなのだろう。なら、いいだろう。気にする必要はない」
「お、お父様あ……」
何でそんな楽観的なのか。興味がないことに対しては、とても冷たいというか、対応が鬼のようだと思った。フィーバス卿が、エトワール・ヴィアラッテアに興味がない、それだけでいいのに、その後の報復とか考えてしまうと、恐ろしくて、これでよかったのか、そっちの方が気になってきた。フィーバス卿は、罰を受けるなら自分だけだろうといったが、罰を受けるかも知れないという状況に、私は恐怖心を抱くほかなかった。
勝手に決めた、と怒れるような立場じゃないし、私も、嫌いだから、それでいいという、フィーバス卿の考えは一理あって、全くその通りなので、私は言い返す事も出来なかった。
フィーバス卿は、ふぅ、と息を吐き、頬杖をついた。ほんとうに一仕事終えたかんが凄くて、私は何ていって良いか分からなかった。もう、砕いてしまったから、手紙の内容を確認することもできないだろうし、確実に、エトワール・ヴィアラッテアに繋がるものは裁ったということでいいのだろうか。フィーバス卿なりの気遣い、ということで、大目に見るべきか。
「お父様も、聖女様のこと、苦手なんですか」
「そういうわけでない。ただ、嫌な予感がしてな。伝説上の聖女とは、また違うような、そんな感じがするのだ。手紙に書かれていた内容は邪気のないように思えるが、書いた相手の魔力に淀みを感じた」
「そ、そんなことできるんですか!?」
筆跡? 手紙から、書いた相手の魔力を感じられるなんてどんな芸当だと思った。しかし、フィーバス卿ならやってのけそうというのが、本音だったので、まあフィーバス卿だし、と私は心の中で着席する。魔法を持つもの同士の読みあいというか、レベルが高い。そんなふうに、手紙から魔力を感じられるのなら、手紙を誰かに送る、というのはその相手の近くか、相手が高い魔法を使える魔道士だったら危険なのではないかと一つ勉強になった。万が一にも、リースに手紙を送ることになったら、エトワール・ヴィアラッテアは、その手紙の主を探し出すだろうし。
(でも、この間顔を合わせたときには、私だって気づかなかったんだよね……)
私だったもの――という言い方は、おかしいのかも知れないが、エトワール・ヴィアラッテアと対峙したとき、私がいると思った。あの顔になれてしまったから、あれは、私の身体だ、といってしまいたくなった。彼女が、魔力を消耗しているから、私だって気づかなかったという説もあるわけだし、今後、彼女が魔力を取り戻せば、私だって気づく確率は上がっていくだろう。その時、今のように洗脳魔法で、攻略キャラや、騎士達を操って、私を殺しに来るかも知れない。しかし、そんな馬鹿なことを彼女はしないだろう。私が帰ってきたと知ったら、きっと、もっと惨いやり方で絶望にたたき落としてやろうと思うに違いないし。
(考えるのはやめよう……というか、話を戻さなきゃ)
フィーバス卿は終わったことのように言うけれど、これは序章に過ぎないのではないかと思っている。あのエトワール・ヴィアラッテアが、この程度で引き下がるとは思えないし。
「お父様、本当に大丈夫なんですか」
「まだ気にしているのか。まあ、このはなしをしたくて呼んだのもあるが、そうだな……少しやりすぎたとは思っている」
「お、思っているんですか……それは、それは」
「だが、ここに聖女が来るということは、何人もの騎士や連れの人間が辺境伯領内を尋ねてくるということだろう。そいつらを止められる場所などない。だが、追い返したらまた面倒な事になるしな」
「お父様は、面倒事が嫌いなのですね。わ、私もです」
「誰だってそうだろう。面倒な事を好き好んでやるヤツは、それこそ狂っている」
と、正論をぶつけてきて、私はそうですね、と返す。面倒事は私も嫌いだし、フィーバス卿のいうとおり、面倒事に自ら突っ込んでいくタイプは、それこそ狂人といわれても仕方がないんじゃないかと思った。でも、実際、前の世界では結構な頻度で、面倒事に突っ込んでいった気がしていたので、人のことは言えないなあ、とも思う。
エトワール・ヴィアラッテアが関わる事は面倒事である、というのは全くその通りだし、聖女が来るということは、大名行列みたいに、沢山の人が一気に動くということなので面倒な事になりかねない。フィーバス卿は、そもそも、辺境伯領内に人を入れたくないようだった。魔法で張ってある結界が、緩んでしまうとかいう理由もあるのかも知れない。フィーバス卿の防御魔法がいくら強力であっても、人が出入りしたり、張り直せば、それなりに支障が出るのではないかということだろう。部外者を入れるのはリスクがあるのか、と私はまた一つ勉強に、と今日も今日とて同じようなことを繰り返し、フィーバス卿の話を聞く。
そして、私が一番気になっていたことを聞くことにした。
「フィーバス卿は、聖女様のことをどう思っているんですか」
「どうとは?会ったこともなければ、噂しか聞かない。皇太子殿下の婚約者としか――」
「そうではなくて!さきほど、伝説の聖女が、とかいっていたので、その、噂に聞く聖女様は、伝説の聖女と容姿が違うとか可笑しな点があるのかなとか、思って。伝説の聖女様って、どういう存在なのですか」
彼が先ほど発した言葉、それは、聖女の伝説が、というものだった。エトワール・ヴィアラッテアは、エトワールは、伝説上の聖女と容姿が違ったために差別され、嫌われ、偽物だと言われた。世界に災厄をもたらす存在だと……けれど、そんな彼女は、その伝説すらねじ曲げて、聖女だとわっしょいされてる。エトワール・ヴィアラッテアは、偽物の聖女のはずなのに。私は、そんな辛い中でも、自分を貫こうって、どれだけきらわられても、好きだって言ってくれる人がいるからその人たちに囲まれて、小さな幸せを噛み締めて生きようってしていたのに……
私が、フィーバス卿に問い詰めれば、少し困ったようなかおをした。そんなこと、知っているだろうと言われるのだろうかと思っていれば、フィーバス卿は少し考えさせてくれ、と手を前にした。そうして、思考するように、顎に手を当てた。
「伝説の聖女………………」
「お父様?」
しかし、フィーバス卿は答えを出す前に苦しみだしたのだ。まるで、思い出せないように。
「お父様、どうしたんですか」
「いや……伝説の聖女は――召喚されれば、それが聖女であることは間違いない。伝承にしか残っていないからな詳しい容姿までは」
と、フィーバス卿はいうと、頭が痛むと、手に力を入れ、抱え込んだ。
やはり、それも、ねじ曲げられたのか。どれほどまでに、エトワール・ヴィアラッテアの力は強いのか。召喚されればそれは聖女である。容姿が違っていても、紛う事なき聖女であると。だから、エトワール・ヴィアラッテアは聖女として。
では、私はどうなのだろうか。初代聖女の姿をしているが、誰にも何も突っ込まれなかった。その初代の聖女の姿すらも、彼女によって書き換えられてしまったのだろうか。
「お父様、もう一つ聞いていいですか」
「何だ、ステラ」
「……私は誰に見えますか」
アンタの目に映る人間は、一体誰なのか。私は、フィーバス卿に透明な瞳をスッと向けた。




