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144 前進しないまま




 苦痛に歪む彼の顔を見ていると、幼い子供が、何故叱られたのか理解していないようなかおをしていた。だからといって、私に何ができるとか、言えるとか分からないけれど、彼の記憶が、混在して起きた末に見えた表情なのだと理解し、私はクッと唇を噛んだ。

 怒れるような立場じゃない。騙していたこと、黙っていたことに対して、自分は怒れないといったグランツは、過去に私を裏切って、ヘウンデウン教と手を組んで、闇落ちしたトワイライトを逃がしたとい事実がある。それが、記憶を改ざんされた今でも、濃く残っている、自分にとって忘れてはいけない罪なのだと、グランツは自覚しているのだろう。

 翡翠の瞳は揺れて、私と、エトワールだった頃の私を映しているようにも思えた。目の前にいる相手が、どこかであったことのある彼女と重なる、みたいな。

 私は、無意識に手が伸びていたが、その手をアルベドに捕まれる。アルベドはふりふりと首を横に振っていてダメだと私に忠告してくる。

 彼が、自分で思い出さなければいけないことなのだ、と。そういっているようだった。




「怒れるような立場じゃないって……それって、私に対して何か罪の意識があるって事?」

「分かりません。俺は、今裏切られたような気持ちになっているのに、それでも、ステラを怒るような資格がないって……そう感じているだけです」

「そう」

「でも、黙っていたことは本当に許せなくて。それも、アルベド・レイと」




と、グランツは、自分を振り払うように、そういって、私とアルベドを睨んだ。敵意、殺意に滲んだ目を向けられて、私は何も言えなくなる。


 簡単に記憶が取り戻せればいいのだけど、そうはいかないから、なんどもでも辛い思いをして、それでいつか思い出してくれればって……その繰り返しで。前に進んでいない。私のことを思いだしてくれた人は誰もいなかった。心の何処かにいる程度で、その人が焦がれているわけじゃないというか、そりゃ、封じ込めている力が強いからっていうのもあるけれど。




(……頑張って思い出して貰わなきゃ)




 減ってしまった好感度5%の表示に、私は苦虫をかみつぶすように、顔を歪める。5%ということは、興味関心がある程度にもないのかも知れない。いや、その5%はただの同情票かも知れない。分からない。けれど、その5%に全てをかけるのはダメだと思った。この5%は保険の5%だ。彼に、何か話せば、彼の気分次第で、エトワール・ヴィアラッテアに私達のことを話かねられない。信用するには、足りない%だ。




「だから、ごめんっていってる。さっきも言ったけど、アンタは闇魔法とか、貴族が嫌いそうだったから……確かに、モアンさん達をおいていったのはあれかも知れないけど……でも、彼女たちに許可を貰ってあの場から離れたの」

「……だったとしても」

「それに、モアンさん達をあの村の人達を苦しめた貴族を追っ払ってくれたのはアルベドなんだから」




と、私は、アルベドの方を指さした。子爵だったか……今となっては、顔も名前も思い出せないような貴族に苦しめられそうになった。本当に最低な男、それだけは覚えていて、納税を増やそうと、自分の領地に使用としていた。そんな貴族を、同じ闇魔法ながらに食い止めたのがアルベドだ。それを、グランツが信じてくれるかは分からなかったが、だから、私はアルベドを信じている、という理由付けにもなるのではないかと話をふった。


 アルベドは、そんなこともあったなあ、程度に思い出しているようで、その満月の瞳は、グランツに向けられる。グランツは、信じられないというように、私とアルベドを交互に見た。けれど、そんなのは嘘だ、とまた首を横に振る。グランツの頑固さはよく分かっていたけれど、客観的に見ると頭が固いようにも思え、私はグランツ、と名前を呼ぶ。




「アンタが、アルベドと何があったか知らない。でも、モアンさん達を救ってくれたのは事実」

「何も見返りをなしに此奴が救ってくれるわけがない……ですよ」

「それは、そうアンタが決めつけているだけ。アルベドはそんなんじゃない。本当に、アンタは――」

「ステラ、いい。思い出せば、どうにかなる話だろ」

「思い出せばって……アルベド・レイは何を知っている?」

「知ってるっつうか、ステラが、何度も言ってくれてるだろう。今お前の持っている記憶は、偽物だって。思い出したきゃ、自分で思い出すしかねえんだよ」

「は……?」




 いや、私はそこまで言っていない。と、アルベドの方を見る。グランツも同じように、そんなことは言われていないとアルベドを見ていた。アルベドは一人、それが正しいといわんばかりに見下ろしている。最悪だ。




「ステラ、どういうことですか。ステラは、俺の何を知っているんですか」

「ええっと、それは……」




 アルベドと仲が悪い理由も、ユニーク魔法も、生い立ちも全て知ってる……といって、また、何故と問いかけられたらたまったものじゃない。もう、本当に思いだして貰わなきゃこっちも話が進まないのだ。アルベドも、しびれを切らしたんだろうが、それにしても、今のは乱暴な物言いだと。




「いずれ、思い出すだろうから、私からはいわない。でも、アンタがアルベドを嫌いっていう理由は、思い出せば少しは見方が変わると思うから、それは心にとどめておいて欲しい。今、私がアンタに何か言っても、きっと、全部嘘だとかいわれちゃうだろうから、これ以上は何も言わない。アンタが、信じている聖女様の元にでも行ってあげたら?」

「ステラ……」




 グランツは、不安げな、翡翠の瞳を私に向けた。まだ、闇の中に居ても、いつかはきっとそこから抜け出す日が来るだろう。偽物の聖女……いや、どっちが、本物で偽物かなんてもうどうだっていい。ただ、私が信じる真実を、それを、グランツに思い出して貰えればそれでいいのだ。今日は、この辺で、お開きにしよう。




「アルベド、いこう」

「ああ」




 アルベドは私が背を向けると、すぐについてくると思ったが、その場に留まって、グランツに何か話しにいったようだった。でも、その話については、何も分からず、彼らだけが分かる会話だったのだろう。暗くて、彼らの表情もよく見えず、話しているないようも、また、板に阻まれたように聞えなかった。耳をよくする魔法ってあったかなあ、なんてしょうもないことを考えていたら、アルベドが帰ってきた。

 見慣れた、紅蓮が揺れると、少しだけほっとする。今は彼がいてくれるから、このどうしようもない状況でも生きていける。けれど、彼がいなくなったら? そう考えると怖くて仕方がない。

 今日はなせたのは、ブライト、リース、グランツの三人だった。あの双子とも、その内会いたいけれど、彼らはそもそも好感度が高くなかった上に、忘れられているかも知れない。何はともあれ、皆に会って、少しずつ記憶を取り戻していけたらと思う。そうすることでしか、エトワール・ヴィアラッテアの脅威をはねのけることができないから。




(ダンスも上手く踊れなかったし、リースとの会話もよくなかったし散々……)




 当初の目的がどれほど達成できたのか、ほぼ達成できなかったのではないかと思うくらい散々だった。しかし、彼らの記憶に少しでも今の私を刻んで、そこから交流を深めていけたら、少しだけ希望があるのかも知れない。




(やるしかないのよ……)




 エトワール・ヴィアラッテアが、表だって動いていない今がチャンスなのだ。反撃の機会を見計らって、それで。




「ステラ」

「何?アルベド」

「……いいや、帰ってからいう」

「き、気になるなあ……な、何?」

「まあ、ここで誰かに聞かれたら嫌なことだよ。取り敢えず、フィーバス辺境伯領地の方でいいよな?」




と、アルベドは、私を見る。満月の瞳は何を考えているか分からず、少し不気味だった。


 そう言えば、アウローラとノチェをおいてきてしまったな、と思い出し、私たちは会場へ戻ることにした。





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