143 黙っててごめん
(うわあ、最悪のタイミングじゃん……)
今日はとことんついていない。色んな気持ちを持ってここまで来たって言うのに、収穫がないわけじゃないけれど、かなり、痛い目を見ている気がする。さすがに、ここまでエトワール・ヴィアラッテアが関与しているとは思わないけれど、私の運のなさを呪うことでしか今この場で自分の感情を整理つかせることは無理だと思った。
紅蓮の彼が現われ、私を見ると同時に、グランツの方を見て、目を細めた。そして、ハッと鼻で笑うように、そして挑発的な笑みで、グランツを見るのだ。グランツがそんな目を、態度をとられて怒らないはずもなく、ピキッと筋を立てて、アルベドを睨み付ける。
(なんで、火に油注ぐのよ……)
前の世界じゃないんだから、グランツが、アルベドがやった事に対して、どういう意味があって、グランツを守る為だった、ということを覚えているはずもない。だからこそ、アルベドは、余計なことをするべきじゃないのだ。
というか、心配すべきはそこではなくて、彼とエトワール・ヴィアラッテアが一緒にいないということだろう。
「アルベド・レイが何故ここに?」
「むかえに来たんだよ。婚約者を。な?」
「婚約者?」
なっ、と微笑まれ、私の方を見たアルベドの視線を辿り、グランツも私の方を見る。先ほどまで、冷ややかながら、少し興味のあると言った顔から、一気に怪訝なものに変わり、汚物でも見るような、それでいて、殺意の高い目で私を見てきた。
私は、そんなグランツの視線から逃れようと、スッと目線を逸らし、あはは……と苦笑いすることしかできない。また嫌な汗が体中から噴き出て、きもが冷えたようなそんな感覚になる。遅かれ早かれこうなるとは思っていたけれど、先ほどあげた好感度が下落しないことだけを祈るしかない。
アルベドは、ステラ? と、私の名前を呼ぶが、私は首を横に振る。すると、アルベドの方から、ムスッとした、少し怒ったような空気が漏れて、私はアルベドの方を見た。満月の瞳は私を真っ直ぐと捉えていて、不満ありげ、と睨んでいる。
グランツにもアルベドにも睨まれてしまい、私は萎縮しながらも、グランツの服を無意識に握ってしまった。
「ステラなんですか」
「あ、ええっと……」
「アルベド・レイと婚約関係にあると。それは本当ですか?」
「嘘ではない……かな」
「はっきりして下さい」
「嘘じゃねえよな。歴とした婚約者だよな。ステラ」
「アルベドは黙ってて!」
「……」
アルベドがいらぬ口を挟むから、さらに、状況は悪化して、グランツは私に疑わしい目を向けてくる。先ほどから、嫌な予感しかしなかったが、こうなると、もう手がつけようがないんじゃないかとすら思った。ここから抜け出す方法はない。
グランツの好感度が下落したか、それすら確認する余裕がなくて、誰か助けて欲しいところだった。話を逸らそうとおもい、私は何とか口を開く。
「あああ、アルベドは聖女様と話していたんじゃなかったの?」
「ああ、聖女様と話してたぜ。だが、話が続かなくてなあ」
「あ、あっそう」
「酷えな。婚約者が戻ってきたっていうのに、冷たい態度とってさあ」
「その、婚約者って言うの強調するのやめてくれる?」
「事実だからな」
と、アルベドは言ってべっと舌を出した。わざとやっているのが分かり、しかし、その真意が読めずに私は混乱する。グランツを煽っているようにしか見えないから。もしかしたら、そうすることで、記憶を思い出させるアルベド自身の作戦なのかも知れないけれど、荒療治が過ぎる。今すぐやめてと言うべきなのか。
「あ、アルベド、そのへんにしておこうよ……」
「その辺にって何だよ。俺の婚約者様がとられたら、こっちも嫌だろ?」
「そ、それはアルベドの思いであって、グランツも何か言ってよ!」
「俺、ですか。何故……というか、ステラ、もしかして、こうなることが分かってて黙ってました?」
グランツは、私の掴んでいる手を見て冷たくそう言い放った。騙していたわけじゃない、黙っていたわけだけど、家族だから話して欲しかったという彼の心は本当らしかった。申し訳ないことをしたと思うと同時に、ふと彼の頭上を見ると、彼の好感度がチカチカと光っていた。もしかしたら下落するかも知れない。けれど、今何を言っても逆効果にしかならない気がして、私は口を結んだ。
騙す、嘘をつくという覚悟はできていたはずだし、グランツは好感度が上がりやすいって思って、凄く話しかけていた過去の自分を呪いたいくらいには。少し反省している。
グランツの言うとおり、こうなることが分かっていながら、私は、アルベドと婚約者だと黙っていた。そして、逃げようとしていた。いつかはばれるだろうし、そもそも、噂を耳にすれば、私の知らないところで、グランツが傷つくわけで。結局傷付けることになるのなら、私の口から言うべきだったんだろうと、そんな反省の気持ちが強くなる。
傷付けたいわけじゃないし、黙っていたいわけじゃない。けれど、受け入れてくれなさそうだっていう、私の彼への信頼のなさからきた結局は逃げなのだ。
私は、彼から手を離し、アルベドの方へスッと寄った。グランツは、待ってというように少し手を伸ばしたが、すぐにその手をぶらんと中へと投げて、私とアルベドをまるで敵だというようにして睨み付けた。それは、自分の敵、としてみたのか、エトワール・ヴィアラッテアを守る為の敵としてみたのか。どっちか分からないけれど、私が、味方ではない、というように見えてしまい、心が痛む。全部自分で招いたことなのに、傷つくのはおかしいのかも知れないけれど。
「ごめん、グランツ紹介するね。私……ステラ・フィーバスの婚約者、アルベド・レイ公爵子息様。婚約者になったのはついこの間。今日は、アルベドが呼ばれていたから、婚約者として一緒に参加したの。始めにいうべきだった。私が、貴族になったことも、アルベドの婚約者だってことも。それで傷付けてしまったのなら、本当にごめん」
「……」
「けど、アンタが嫌いだからとかそういう理由じゃない。それに、アンタが、闇魔法を、貴族を嫌っていること……薄々気づいていたから、いわなかった。いったら、嫌いになると思ったから」
本音だった。言わなくてもよかったかも知れないが、この際言った方が、楽になると思った。さすがに、これを言って傷ついてしまったら、もうグランツは見切りをつけるしかない。いや、そんなことをしたくないし、皆の記憶を取り戻したいと常に思ってはいるけれど、どうしようもないのなら仕方がないと。
「俺が、嫌いに?」
「うん」
「そもそも、俺が、ステラを好きだったことなんてありましたか」
「え……いや、別に、好きとか嫌いとか……家族として、とか」
「家族」
「アンタがそう言ったから、そうなのかなと思って」
「モアンさんたちはそうですね。でも、あの人たちの優しさにつけ込んだ、ステラは結局貴族になったわけじゃないですか何で、彼らをおいて、フィーバス辺境伯の養子になったんですか。聞きたいこと、一杯あります。さっきも我慢していたのに……もっと、他に理由があるのかと。例えば、記憶を思い出したとか」
「ああ……」
そう言えば、そんな設定だった気がする。私は記憶喪失でーみたいな。それを、グランツは律儀に覚えていてくれたのだ。私は、それすらないがしろにして。
「でも、何でですかね。俺」
と、グランツはそこできってくしゃりと髪を掴んだ。
「怒れない……怒るような立場じゃない、って、そう思うんです」
彼の翡翠の瞳には、私ではなくて、あの頃のエトワールだった頃の私がうつっている気がした。




