142 堂々巡りの質問
墓穴に、墓穴を掘るようなことをする。それでも良い。興味を持ってくれるのなら、きっと好感度も上がるだろうという安直な策である。だから、この際聞きたいことはこっちからも聞いてやるという意思で、私はグランツと対峙した。グランツも、私が言い返してくるなんて思ってもいなかったようで、目を丸くして、え、みたいな顔をしている。彼は表情筋が死んでいるのではないかと思うくらい動かなかったが、こうして見てみると、動くものだなあ、なんてちょっと感慨深い。
ともあれ、こんなことを聞いたからには、きっと、何か言われるに違いないと、私は構えることにした。自分の発言に責任を持たなければならないのは、前々からそうで、口走った言葉が戻ってこないように、今この瞬間も――
「俺が、ステラのことを……?」
「だって、そんなに聞いてくるってことは、私のこと知りたいってことでしょ?」
「俺は……別に……そんなつもりじゃ」
と、グランツは、自分で色々と聞いてきたくせに、違うと口にする。しかし、それは相手に対して無礼だと思ったのか「ごめんなさい」と謝罪を一言付け加えた。あくまで、彼が興味があるのは、エトワール・ヴィアラッテアだと、そういいたげな表情で。リースもそうだけど、どれだけ彼女に毒されているというのだろうか。魅惑……洗脳なんだけど、同じ顔で、同じ声で、身体は前の世界の私だと思うと、何だか不思議で仕方がない。中身に惚れているのか否かでも変わってくるような気もするけれど、そう言うわけではないだろうし。
論点がズレたな、と思いつつグランツを見れば、彼も論点がずらされたことに対して物申したいことがありげな顔で私を見ていた。
「それで、ごめん、話ずらしちゃったね」
「全くです……でも、今の質問は、俺も少し思うところがありました」
「ええっと、何が?」
「何故俺は、貴方について知りたいと思っているのか……ステラについて知りたいと思うのか、俺自身分からないんです」
「ま、まあ、家族みたいなものだから、気になって当然というか……そういうんじゃなくて?」
「いえ、もっと前から知っていたはずなのに、そのピースが抜け落ちてしまったようなそんな感覚なんです。だから、その……知りたいというか、思い出したい、に近いですかね」
「そ、そう」
思い出してくれたら、一番いいのだけど、きっとそう簡単にはいかないだろう。少しでも、意識をしてくれているのだから、それだけでも喜ぶべきなのだろうが、その引っかかっているものをどう取り外すかが、重要になってくるのではないかと思った。前の世界では、グランツの攻略は簡単……とか思いたくはないけれど、好感度が上がりやすかったのもあり、この世界でも、それが継続されているのならいい……と思った。それでも、エトワール・ヴィアラッテアが及ぼした影響のせいでそう簡単にはいかない。
グランツは、何処か遠くを見るような目で私から視線を外した後、再び私の方を見た。
「な、何か思い当たることでもあった?思い当たるというか、思い出したことというか」
「いえ。本当に貴族になったんだと思って」
「ま、また……その話?」
「俺にとっては重要なことです。ですが、魔法を使えたので、遅かれ早かれ、誰かに見込まれ、是非養子にと声がかかりそうでしたし。俺は、魔法が使えないので、魔法が使えるからという理由で、優遇されるのは嫌ですね」
「魔法が使えるから、か」
「普通は、平民は魔法が使えないんですよ」
と、グランツは言うと目を伏せた。
しかし、グランツは魔法が使えないわけではなくて、魔法を無力化する魔法を使える。またの名を、魔法を切ることができる魔法である。ユニーク魔法であるから、隠しているのだろうが、私には、それを隠す理由が分からなかった。いや、私だから、警戒して教えないのかも知れない。貴族になった私を、魔法が使える私を、一瞬で地獄にたたき落とすこともできるから。さすがに、そんなことはしないと思いたいが、グランツの場合分からないから怖い。
(でも、もうグランツって、ユニーク魔法が使えることは、近衛騎士団……知ってるんじゃなかったっけ?)
あれは、私のせいでする事になってしまった決闘のこと。そこで、卑怯にも魔法を使った騎士がいた。しかし、その魔法をグランツは真正面から切り落としたのだ。そこで、彼のユニーク魔法が分かり、彼は、魔法が使えないわけではないと示された。
そのイベントがこの世界で起きているか起きていないかはかなり大きいと思う。でも、エトワール・ヴィアラッテアが好きな彼なら、彼女に隠しごとはしないだろう。もしかしたら、そもそもエトワール・ヴィアラッテアは知っているのかも知れない。だから、わざわざ聞かないというか。
「どうしましたか?」
「ええっと、本当に魔法が使えないのかなあって思って。そのことは、その、聖女様は知っているの?」
「エトワール様は……………」
目が少し泳いだ。私には、魔法を切ることができる魔法を教えていないだけで、エトワール・ヴィアラッテアには教えたのだろう。大体予想がついていたが、ここまで来ると凄いなとも思う。何にしろ、さらに私が疑われてしまったので、私は、大人しくしているしかない。
(てか、ほんとアルベド~~~~!)
唯一の頼みの綱であるアルベドと合流できない。グランツと離れて、庭園を探し回ってもいいけれど、エトワール・ヴィアラッテアと鉢合わせたくない。でも、アルベドとグランツが鉢合わせた方がもっと面倒くさいことになるのは見えている。なら、どうするべきか。
グランツをちらりと見れば、まだ私をここから離さないと言わんばかりに睨んでくるし、まずい。悪いけど結構ネチっこいから、面倒くさいのだ。
さて、どうするべきか。
「グランツ、私そろそろ帰らなきゃかも……」
「そうですね……」
「そ、そうですねって。グランツ、聞いてる?」
「何をですか?」
「わ、私、ああ……えっと、何でもない」
「婚約者がいるんですか?」
と、グランツは鋭い瞳を向けてきた。ああ、知っているんだ、と思うと同時に、また背筋が冷たくなる。もしかしたら、その相手を知っているかも知れない。だから、ここから逃がしてくれないのだろうか。
「こ、婚約者……そー婚約者がいるの」
「……誰、ですか」
「ぐ、グランツの知ってる……知らない人かも」
「教えてくれないんですね」
「噂になっていると思ったから、教えなくても分かるかなあって」
「家族なのに、教えてくれないんですか。紹介は?」
「何か、そこでそれ持ち出すのせこくない?」
また、新たに、私の弱点をつつく攻撃をしてきたな、と私は眉間に皺を寄せる。けれど、知らないというのは驚きだった。その目から見ても、本気で知らないようだ。ここは、少し、話題を逸らして、退散できれば……
(――って、絶対無理だよね!?グランツから逃げるってどうすればいいのよ!?)
何か堂々巡りをしている気がする。しかし、知らないというのは大きい。アルベドだってバレなければ、この状況を上手く利用できて……
「ステラ」
「……っ」
しかし、そう簡単にはいかないもので、後ろから声をかけられた。ビクンと大きく身体が飛び跳ねた。本能的にまずいと感じたから。それまでぽけーっとしていたグランツの雰囲気も一気にぴりりとしたものに変わった。
その声は、聞き覚えのある、あの紅蓮の彼のものだったから。
「アルベド・レイ」
低く唸るようにしてそう口にしたのは、殺気を垂れ流したグランツだった。




