136 親友の解雇
(よし、食いついた)
魚の餌とはまさにこれだと思った。一か八かではあったけれど、気を引けたのはよかった。ありがたいことに、誰にもこの言葉は聞かれていないようで、聞えていたのは、リースだけだったみたいだ。ただ、いったはいいものの、その後を考えていなかったのは、大きい。
(ばっか~~~~また、やらかした!)
アルベドとか、ぐら……んつは、多分止めてくれないし、放置だろうけれど、リュシオルと書いたら、私が余計なことを言う前に止めてくれただろう。でもそう言う人達がいないまま、私は私の言った言葉に責任を持たなければならないと思った。それほど、重大な……リースにとっては、大きな秘密でもあることを私が口走ったのだから。
「それで、殿下、お話がしたいんですけど、場所変えませんか?」
「……」
にこりと、私は習得した笑顔をリースに向ける。これで、少しは彼への圧制になっただろう。リースもここまでこれば、馬鹿じゃないから分かるはずだ、と私は彼を信じ、首を少し傾けて、笑顔を保ち続けた。
何も言わないリースに対し、不思議に思ったのか、ルーメンさんは、リースの顔を覗き込んだ。彼の顔は、若干暗くなって見えなかったが、戸惑いの色をみせていた。
「殿下、大丈夫ですか。顔色が優れないようですが……おい、遥輝」
「……ルーメン、少し、この女と話してくる。何かったときはたのむ」
「おおお、おい、何かあった時って。怖いこと言うなよ」
「ステラといったな。場所を変える。彼奴らは……庭園の方にいったんだろう。俺達は、人のいないテラスにでも出るか」
「はい。お気遣いありがとうございます」
さすが、リース。エトワール・ヴィアラッテアと鉢合わせないようにしてくれたのはありがたかった。でも、多分、私を警戒しているからこそ、エトワール・ヴィアラッテアに近づけたくないという思いの表れなんだろうなと思った。彼のとっている行動は、誰かを思ってのもの。けれど、私という、自分を知っているかも知れないという人間に対し、動く好奇心と、不安感というのは、それよりも大きいだろう。私を、異端を排除しようとしにかかるのは、分からないでもない。私はそれを利用しただけ。
ルーメンさんに、殿下、と引き止められていたが、殿下は、私の横を通り、ついてこいという無言の圧を送った。さすがに、手を繋いではくれないか、と肩を落としつつも、これくらいではへこたれないと、私は殿下について行こうとした。すると、後ろから、待って下さい、とルーメンさんに声をかけられる。
「ええっと、貴方は、殿下の補佐官の方ですよね」
「……っ、何故、俺……いや、私のことを知っているんですか?」
「見ていれば分かります。殿下と親しい間からに見えたので。それで、何でしょうか」
「いえ……どこかであったことがないかと、少し不思議に思ったので。以前何処かで……」
「さあ。私は初対面ですけど、ルーメン・フェヌアさん」
「……そうですか。ええっと……ステラ・フィーバス辺境伯令嬢でしたよね。初めまして」
「ぷっ……挨拶が最後になっちゃいましたね。はい。ステラ・フィーバスといいます。フィーバス卿の娘……といっても、養子ですけど」
これまた驚いた。ルーメンさんから声をかけてくるとは思わなかったからだ。彼は、攻略キャラでもないし、もしかしたら、洗脳が浅いのかも知れない。でも、明確な思い出すポイントがないというのは少し痛いところか。
ルーメンさんは、私の正体を探るような目で見てきていた。本当は、色々話したいところだけど、リースは短気だから、早くいかないと怒られそうな気がした。話を聞いて貰えないことが一番まずいので、私はルーメンさんに頭を下げて、その場を離れようと思った。でも、その前に一つだけ聞きたいことがあった。
「あの、聖女様の……エトワール・ヴィアラッテア様の、侍女って今、いるんですか……」
「聖女様の侍女ですか?」
「間違いだったら申し訳ないのですが、水色の髪のメイドでは……」
リュシオルのことが気になっていた。ルーメンさんがここにいるということは、聖女殿でリュシオルが働いているに違いないと思ったからだ。彼女にも会いたい。いや、帰ってきたってことを伝えたかった。そして、現状を……といっても、記憶を取り戻してからの話ではあるが、ゆくゆくはそうなっていけたら、と思った。しかし、ルーメンさんの顔は何処か暗く、そして、視線を落とした後に首を横に振った。
「リュシオルさんは……解雇されました」
「え?」
「……聖女様は、自ら連れてきた奴隷の少女を侍女として起用するといって。聖女様の意向に従い、そうなりました。それで、何もしていない……とは思うのですが、リュシオルさんは解雇されたのです」
「な、なんで?何もしていないのに?」
ルーメンさんの言っている言葉が信じられなかった。だって、あんなに熱心で、ちょっとお節介だけど、気配りができるリュシオルが、何故解雇されなければならないのか。理解が追いつかなかった。でも、ルーメンさんの言っていることが嘘には聞えず、そう言えば、ルーメンさんは、リュシオルの……蛍のことが好きだったと思い出し、落ち込んでいるのも納得できた。ルーメンさんの気持ちは、前の世界と変わっていない。エトワール・ヴィアラッテアの事は、聖女として認めているけれど、彼が恋している人間は、エトワール・ヴィアラッテアではないと、伝わってきたのだ。
だったら何故、エトワール・ヴィアラッテアは、リュシオルを解雇したのか。それも、奴隷の少女をメイド年適用するなんて発想が斜め上をいっていた。そんなこと、許して貰えるのか。いや、聖女だから許して貰えるのかも知れないけれど。
「……そうですか」
「でも、ステラ嬢が何故その事を知っているんですか?」
「風の噂で。といっても、本当に風の噂で、そういうしっかりしたメイドがいるなあと聞いたくらいで。他には、何も知りませんけど。私が、口を出すことでもなかったでしょうし」
「……いいえ。私も、あの件に関しては、今も――」
と、ルーメンさんはそこで言葉を句切った。握っていた拳が震えていたことから、かなりショックを受けているに違いないと。でも、今私にできることは何もなかった。
リュシオルがどこに行ったのか、それを突き止めることができれば何か変わるかも知れない。彼女は、どこの出身だったか。ただのモブだといっていたから、そこまで私は覚えていないし、彼女が持っている情報といっても断片くらいで。探すのは困難だろう。ルーメンさんが、知っていればいいのだが、でも、私なんかに教えてくれるだろうか。今ですら、なんで知っているんだという顔で見られたし。
(でも、私の親友を、意味の分からない理由で解雇したなんて許せないし……)
どこまで彼女は、気に入らないものを排除しようとしているのだろうか。それとも、私のことを思い出すから、わざわざリュシオルを解雇したというのだろうか。
「あの、ルーメンさん、初対面で悪いのですが、そのメイドがどこに行ったのか知りませんか?」
「リュシオルさんがどこに……ですか。全く知らなくて。追い出されたことしか……すみません」
「謝ることないです。私も、力に慣れたらと思ったのですけど……」
「ということは、フィーバス卿の元で雇うということでしょうか」
「え、あ……はい。そういうことになりますね。何だか、可哀相なので」
親友に対して可哀相などというのは間違っているのかも知れないが、それでも、彼女の行方さえ掴めれば、私は彼女を今すぐにでも迎えに行くだろう。
ルーメンさんは、私をすこし疑いつつも、悪い人ではないと判断したようで、答えてくれた。前の世界の記憶があるためかも知れない。何にしても、使えるものは使っておいた方がいいと思ったので、私はルーメンさんに対して微笑んでおく。
とはいえ、ここでルーメンさんと話しているわけにもいかないので、ここら辺で話を区切ろうと思った。
「ありがとうございました。色々と教えて頂き。では」
「あの、ステラ嬢」
「何ですか?」
「はる……殿下に気をつけて下さい」
そう言った彼の目は、すこし淀み、また不安が滲んでいるようにも思えた。




