132 瞬きの金粉
(リース……)
金粉が舞ったような、そこだけスポットライトが当たったようなそんな感覚を覚える。黄金の彼。ルビーの瞳に、黄金の髪の毛。しかし、その隣を歩いているのは私ではなくて、銀髪の聖女。お似合いだとは思わなかったのに、それが普通で、当たり前で、そうでなければならないような、そんな気持ちにさせられる。
(エトワール・ヴィアラッテア……)
私を、いや、世界を恨み、愛されないことを嘆いた末に、暴挙に出た悪女。この物語の悪役。私から、身体を奪った、私が身体を奪った、私の宿敵。彼女は、お淑やかと言う言葉をそのまま体現したような歩き方で、それでいて、少し高圧的な笑みを浮べて、リースにリードされながら会場の真ん中へと行く。踊ろうとしていた男女のペアは、彼らが中央に来たことで、去って行き、あっという間に、彼らを囲う円ができた。彼らのためのステージのように。
そうして、選りすぐりの演奏者たちが、彼らのためのワルツを奏でる。
音楽が始まると、彼らは愛しそうに見つめ合って、音楽に乗りながら、手を取り合い、くるりと回った。リースに抱きしめられて嬉しそうに微笑む彼女は、私が知っていた彼女の表情ではなくて、こんな顔もできたのだと少しだけ驚く。
(でも……)
私のお腹の中はグツグツと煮えたぎっている。それが怒りなのか悲しみなのかは分からないけれど、とても気分が悪かった。そして、自分がどうしようもなく醜いものに思えて仕方がなかった。あんなにも焦がれていたリースが、エトワール・ヴィアラッテアと幸せそうにワルツを踊っているのをみて、私は――
「ステラ」
「大丈夫。大丈夫だよ、アルベド……分かってたことだもん」
彼らは、視線を独り占めする。誰もが、彼らに注目し、祝福と感嘆の声を上げる。私と、リースでは貰えなかった、その祝福の声に、さらに胸が締め付けられる。エトワール・ヴィアラッテアが改変した都合のいい世界。だから、その買えた世界の主人公である彼女は祝福される存在なのだ。ここにいる貴族に魔法をかけている、というよりかは、元からそういう世界だったと、世界そのものを偽り、騙している……本当に凄い芸当だと思うし、それほど、この世界を憎んでいたということなのだろう。それを魔力に変換して、自分だけが愛される世界を作ったと。
ぎゅっと、胸の前で手を握れば、その手をアルベドは包み込むようにして握った。
「アルベド?」
「俺は、あんなやつの魅了にかかったりしねえから大丈夫だぞ。お前しか見てない」
「い、いきなり……恥ずかしい台詞言わないで」
「恥ずかしいって思ってんのか。じゃあ、脈あるかもな。俺にも」
「冗談を……てか、ないから」
「へいへい……にしても、楽しそうな顔してるなあ。皇太子殿下は」
アルベドは、感心したようにそう声を上げたが、私には全くそんなふうに見えなかった。アルベドには分からないのだろうが、私には分かる。見てきていないといったくせに、でも、他の人より、リースを見てきたから分かることなのだろう。
(ううん、楽しそうじゃない。周りにはそう見えるかもだけどあれは――)
エトワール・ヴィアラッテアと手を繋いで踊っているリースの顔は、確かに笑っているように見えた。けれど、そのルビーの瞳には影が差していて、瞳の奥に本人が閉じ込められているような気もしたのだ。違う誰かを探しているような、そんな不安な彼の顔が私には見えてしまった。怯えて、探して、迷子になっているようなそんな顔を見ていると、胸が締め付けられる。皆、お似合いだわ、とか、将来安泰ね、とか、口々にいるけれど、彼らの本質を理解できていない。洗脳されているからか分からないが、そう見えてしまっているのだろう。可哀相に。いや、可哀相なのは、彼らじゃなくて、リースで。
(許せるわけがないのよ。あんなの……)
嬉しそうに、エトワール・ヴィアラッテアも笑っているけれど、彼女の笑みは邪悪そのもので、まるで、誰かに見せつけているようだった。私が帰ってきていることなんて知らないはずだろうに。なんで――
「ステラ?大丈夫か、顔色悪いぞ」
「アンタには、リースが、楽しそうってうつっているだろうけど、私は、そんなふうに見えなくて。なんで、あんな、悲しそうに……洗脳されているんだよね」
「どうみても、楽しそうだろ。エトワール・ヴィアラッテアしかみえてねえよ。多分、お前の声、今、届かねえと思う」
「……」
と、アルベドは、少し諦めたようにいった。確かに、客観的に見れば、届かないだろう。どれだけ私が声をかけても無関心かも知れない。でも、本当にそれは、彼の中から私の記憶がなくなった場合の話だ。
大丈夫だと、私は言い聞かせる。彼の記憶は奪われたんじゃなくて、鍵をかけられただけ。他の人と一緒だろうと。けれど、エトワール・ヴィアラッテアの近くにいるから、それは油断ならない。だから、この後、どうにか、リースと話せる機会を作れれば……
「アルベド、少し力を貸してくれる?」
「いいが。喋りに行くのか?大丈夫か、一人で」
「でも、そうじゃないと、きっと、エトワール・ヴィアラッテアから引きはがせないと思う。アルベドを、彼女の元にむかわせるのは、少し怖いけど、でも、今はその方法しか思いつかないから……ごめん」
「あやまんなって。いいぜ。俺は。だが、お前が心配だ、ステラ」
そういって、私の頬を撫でるアルベド。その顔には、確かな不安が浮かんでいて、私も、不安になってしまう。いや、ずっと不安だ。あの二人をみてから。ずっと。
「心配してくれてありがとう。でもう大丈夫。このために戻ってきたんだから」
「そうだな」
と、アルベドはそれ以上何も言わなかった。私が何も言わないって決めたからだろう。彼も気を遣ってくれて、いっているのだから、これ以上、互いが不安になる事は言わないでおこうと思った。私達は、これだけの会話で成り立つ関係だからいいけれど、他の人だったら、ここまで上手く進めることはできないだろう。
作戦は、曲が終わって少ししたら。私達は、タイミングを見計らいながら、彼らが踊りきるのを待っていた。すると先ほどまで静かだった、アウローラとノチェが私の方へ寄ってきた。
「ステラ様、大丈夫ですか?」
「え、何が?まだ、私、顔色悪い?」
「そういうわけではないのですが……いえ、顔色悪いです」
「い、言うだ……でも、大丈夫よったとかそう言うんじゃなくて、私、こういう人混み嫌いで。でも、今日は色々あるからって頑張ってここに来たから」
「そうですか……本当に心配です。ステラ様、自分が頑張りすぎていることに気づかない人みたいなので。アルベド様みたいに……」
そういったのは、ノチェで、視線を漂わせ、最後には目を伏せた。本当に、人のことを見るのが上手いメイドだなと改めて思った。こうやって、気遣ってくれるから、私も頑張らなきゃと思える。
一方で、アウローラはノチェの言葉を受けて、私にこそりと耳打ちした。
「全部持ってかれちゃいましたね。せっかく、ステラ様と、アルベド・レイ公爵子息様のダンスを披露したっていうのに。ぜーんぶ、皇太子殿下と、聖女様に」
「あはは……それは、仕方ない、かも。だって、あっちの方が目立つし」
「自分に自信を持って下さい。ステラ様。ステラ様だって素敵です!」
「ありがとう。アウローラ」
自分に自信を持て……か。持って、何かが変わるのなら……ううん、心の持ち方で、変わることはできるのは事実だと、私はもう一度前を向く。煌びやかなシャンデリアの下。美しく舞う、金粉と銀粉は、私の目には毒のようにいたく、目の奥を刺してきた。




