130 自由に踊って
右に、左にステップを踏んで。頭で考えるのと、実際に身体が動くのは違う。だから、理想があっても、その通りに動けないのが、運動だったり、ダンスだったりというもので……
「これ、踊れてる?大丈夫?変じゃない?」
「いってやろうか?今、足踏んだ回数、三回だぞ?」
「うっ……」
「顔あまり歪めんなって、誰が見てるかも分かんねえのに。ほら、しゃんとしろ、しゃんと」
と、アルベドにいわれ、苦虫をかみつぶすように、私は唇を噛んだ。低音の響くダンスの曲は、止ることなくしっとりと、それでいて軽やかに流れている。私が、アルベドの足を踏んだところで誰も気に留めたりしないだろう。しかし、あれだけ練習して、やっぱり足を踏んでしまうって、申し訳ないなあと。それでも、アルベドは顔を歪めることなく付合ってくれて、だんだんと身体に染みついてきた音楽に合わせて踊れるようになった。
きっと、頭で考えるより身体を先に動かした方がいいのだと。踊っていると楽しくなった。いつかみた、お姫様と王子様が舞踏会で踊っている時の絵本を思い出した。あの時は、綺麗とかそんなちっぽけな感想しか出てこなかったけれど、今なら分かる。踊るって楽しいんだって。そう思いながら踊っていれば、またアルベドの足を踏んでしまう。他の人も踊っていたから、私が足を踏んだところを見られていないだけで、もし見られていたら、本当にみっともないんだろうな、と思う。
「いた……っ」
「やっぱり、痛いじゃん。ごめん、アルベド」
「いーや。さっきよりはいい顔になってるし、何も考えずに踊った方がいいぜ。皆見てる」
「う、うん……てか、アンタ、こういうの苦手じゃなかった?」
「ステラと踊れるのは嬉しいと思うが?」
「何それ。また、足踏まれないように、リードしてよ」
「偉そうに。踏む前提かよ」
そういいつつも、アルベドは強引に腕を引っ張って、私をリードした。器用な彼だからこそ、できる芸当だな、と彼にリードされながら思う。靡くドレスも、煌めく髪も……目の前で揺れる紅蓮には劣るかも知れないけれど、美しい。
先ほどまで、ダンスにはさほど興味なさそうに喋っていた人達の視線も、自然とこっちに集まっているような気がした。見られるのは嫌だけど、ここでみせるのはありだと思った。
(本当に恥ずかしいけど!)
ここに来た目的は、婚約者として、このパーティーに出席しているということを今一度考え直さなければ、と私はダンスが終わるその瞬間まで、力を抜くことはなかった。そして、曲が終わると、会場に拍手が巻き起こる。私達への? と思ったけれど、自惚れないようにしなければと背筋を伸す。疲れ切ったこともあって、足が少し痛い。
「よく頑張ったな」
「偉そうに」
「さっきのお返しだ。でも、好調じゃねえか?これだけ多くの視線を集められたら」
「集めるのが目的というか……アルベドと……光魔法と、闇魔法の異例の婚約……とかそう言うのをみせるためであって」
「ああ、まあ、そうだな。これだけ、視線を集めれば、自ずと彼奴らも顔を出すだろう」
と、アルベドは何処か嬉しそうに口角を上げていた。確かに、これだけ目立てば、リースや、エトワール・ヴィアラッテアの視線をこちらに向けることもできるだろう。
パチパチとまばらな拍手になってきた中、数人の貴族が、私達の元にやってきた。初めて見る顔だと私をジロジロと見たが、「美しいですね」と、お世辞か、本気か分からない言葉をかけてくる貴族。見る限り若いし、もしかしたら婚活中かも、なんて考えてしまう。
年配の貴族も、珍しがって私の方へやってきた。
「貴方が、噂に聞く、フィーバス卿の娘さんですか」
「え、ええ。まあ。あ、えっと……ステラ・フィーバスと申します。以後お見知りおきを」
いきなり喋りかけられるものなので、動揺し、上手く言葉が出なかった。でも、挨拶をしなければ失礼だと、頭から直接指令が下されたように、にこりと、ドレスを抓んで挨拶をする。上手く出来ていたようで、おお、と感嘆の声が漏れた。
(ほんと、いやぁ……)
表では、笑顔を貼り付けているけれど、実際は今すぐに逃げたい気持ちが強くて、本当にどうにかなってしまいそうだった。それでも、ここで粗相をしでかしたら、フィーバス卿の株が落ちるので、それだけは絶対に阻止せねばと、さらに背筋を伸す。
といっても、話される内容は、当たり障りの無いもので、世間話といわれるものなのだろうが、何を言っているかあまり理解できなかった。目の前にいるのは、中年過ぎたくらいの男性貴族で、物珍しげに私を見ると、にこりと微笑み、その本性を隠すようにつらつらと言葉を並べていた。どこの誰かも分からないし、爵位も不明。というか、これだけ貴族がいても、知っている人が殆どいないという状況に、もっと、貴族社会、社交界について学んでおくべきだったと後悔した。しかし、それがバレれば、また無知であると馬鹿にされるかも知れないため、私は、なあなあと、返答を返していくが、これでいいのかすら分からない。すると、話題と、視線は隣に立つ、アルベドへとうつっていった。
「それにしても、前代未聞ですな。レイ公爵家と」
「ええっと、私は、その」
「今まで前例がない。それに、子供を作るとなった時、その子供はどちらの性質を持って生れてくるのかも分からない。はたまた、生れてきても、育つかも分からないですなあ」
と、勝手に話を進めてしまう。私への侮辱でもあり、アルベドへの侮辱でもあった。
(というか、子供をって……!)
顔が赤くなりそうなのを抑えつつ、私は、咳払いをする。貴族女性の仕事といったら、家門を支えることと、子供をなすことなのだろう。この年配の男貴族はそれが女性の仕事だといわんばかりに押しつけてきた。この世界で、男女の差が大きいのは知っているが、実際に言われたら、私の感覚として嫌な気持ちになるほかなかった。これを、許せるほど度量はないわけで。でも、ここで言い返しても、私が前の世界で受けた差別と一緒で、根付いた価値観というのはそう簡単に振りほどかれないのだろう。ここは、我慢して、と私は「そうですねえ」と取り敢えず言葉だけ紡いでおく。
「アルベドは……アルベド・レイ公爵子息様は、私に優しくしてくれるので。それに、お父様が認めた婚約者ですから」
「フィーバス卿が。ご隠居だと聞いていましたが、考えが甘くなったんじゃないですかねえ」
「……お父様のことを今侮辱しました?」
「いえいえ。丸くなったといっているのですよ。ええっと……」
「ステラ・フィーバスです。私の名前を忘れるのはいいですが、お父様のことを侮辱することだけは許しません。貴方は、侮辱ではないと言いましたが、私にはそう聞えてならないのですが」
「これは失礼。フィーバス卿は、自分の領地から出てこない上に、会議にも出席なさらないので。我々もよく分かっていないんです。彼のことは」
と、全く謝る様子もなく答える。結局、どう転んでもその言葉が侮辱にしか聞えないため、私は気分が悪かった。アルベドの、闇魔法への差別。フィーバス卿への侮辱。私が、力のない小娘だと思っているからこその態度ではないかと思った。耐えなければならないけれど、言い返したかった。魔法で、氷づけにすることだって私にはできるのに。事を荒立てるのはよくないからしないけれど。
アルベドは? と、私が隣を見れば、彼はよそ行きのニコニコとした笑顔で、その貴族の方を見ていた。ああ、怒ってるな、と私はおもいながらすっと身を引く。
「……はあ、こちらが間違っていました。すみません」
「いえいえいえいえ!誰にでも間違いはあるでしょうし。それに、ステラ嬢は、身元も分からないながらに、フィーバス卿の養子になったのですが、そこは誇るべきですよ」
と、その一言を言った瞬間、ピシと、空間に亀裂が入った気がした。笑っていた貴族の顔は、かたまり、次の瞬間には恐怖に震えだしだ。
「ステラが、何だって?」




