127 感情コントロール
「はあ~~~~やっぱり、ドレスって肩こる」
「ステラちゃんには似合わないッスね」
「何が?ドレスが?せっかく選んで貰ったヤツなのに」
「ああ、そういうんじゃなくて……ステラちゃんって元が、こっちの人間じゃないから、違和感があるんすよね。あるっつーか、貴族っぽくない」
グサリと刺さった言葉は抜けることはなかった。確かにその通りだし、そう言われれば、全くそうなので反論はしない。だが、やはり事情を知っている人からも、そうじゃない人からもその言葉を言われるのは辛かった。
(貴族らしくないことは私が一番知ってる)
それでも、それっぽくしようと心がけたことはあった。でも、アルベドとかも、無理しなくていいといったし、私は私のままいようと思った。確かに、貴族令嬢の中に混ざっていったら、変かもだけど、無理矢理自分を取り繕うのはやめようと思った。心のモチベーション的にもきっとよくないから。
夜風が当たるバルコニーに出て、私は大きなため息を吐いた。結局ブライトと思った以上に話せなくて、横やり入れられた感じだったから、あまり気分がよくない。まさか、この悪魔がここまで来るなんて想っていなかったから。ベルはしてやったりといった顔をしていて、それがまたむかついてしまった。
「アンタ、誰かに頼まれてこんなことしたの?」
「こんなことってなんすか」
「だから、ブライトと話していたのに……」
「あーあの、アメジストの。いーや、だから気まぐれっていったじゃないっすか。確かに、邪魔しちゃったのは、すこーしくらいごめんって思ってるっすけど」
「全然思ってないじゃない。もう……」
本当に気まぐれ。悪魔の名はダテじゃないなと思った。ベルって本当に自由でいいなと思った。何も考えずに過ごせるのは、とても平和なことだと思う。
「平和ッスかね」
「心読むのも禁止。てか、ベルの力で、ブライトたちの記憶を取り戻すことできないの?」
「ええ、無理っすよ。何かやってみようとはおもったんっすけど、鍵みたいなのがかかってて。悪魔の俺でも介入できないみたいな領域で。なんすかね、あれ。俺もわからないっす」
と、ベルはお手上げというように肩をすくめた。
ベルが無理なら、きっと誰がやっても同じ結果になるだろう。あれは、きっても切れないものなのかと……私にしか、解除不可能なのだろうか。
(記憶を思い出させる鍵になり得るのは私しかいない……私が、彼らに接触しなければ、皆の記憶が戻ることはない……)
じゃあやっぱり、当たって砕けろの精神で話しかけに行くしかないのだろうか。メンタルにくるんだよなあ、なんておもいながら再度ため息をつく。
ベルが介入できないということは、乙女ゲーム本来の力なのだろう。作者の力というか、外部のゲーム側の力というか。そう思うと、彼らは、いちキャラクターであるとそういわれているようでならなかった。確かにそうなのかも知れないけれど、彼らは個々で生きていて、考えて、動いて……個人個人に意思はあるわけで。
考えても仕方がないことなのだろうが、ベルもまた、設定されているキャラクターであるということなのだろう。だから、彼の力でもどうにもできなかったと。乙女ゲームで、攻略キャラの心を溶かすのはヒロインか……それ以外か、ということなのかも知れない。
「まあ、ゆっくりやっていけばいいんじゃないっすか?」
「ゆっくりはしてられないの。アンタも分かるかも知れないけれど、長いこと洗脳魔法をうけていたら、脳にダメージが入るらしいじゃない。もしそれで、リースが本当に思い出さなくなったら……皆が、って考えたら、ゆっくりなんてしていられない」
「でも、全然前進してないじゃないっすか」
「……してるわよ。少しずつ」
「俺には関係無いことっすけど」
「アンタが敵にならなければいいとは思ってる。敵にならないでよね」
私はそれだけいってうーんと、後ろに伸びた。ベルを敵に回したら厄介、というか終わりなのは目に見えている。悪魔と聖女は対立する存在といっていたから、本来であれば敵であることが正しいんだけど、混沌であるファウダーが私の味方をしてくれている以上、ベルが、敵側に行くとは思えない。でも、この気まぐれ悪魔がいつ手のひらを返すかも分からないので、それも注意が必要だった。
「敵に……ね。ステラちゃんと一緒にいるのは面白いんで、一緒に痛い所っすけどね」
「含みのあるいい方しないで。絶対敵にならないこと!」
「そういえば、なんすけど。ステラちゃん、あの紅蓮の婚約者になったってほんとっすか?」
「あ、アルベドの……うん、まあ」
ベルが珍しく、そんなことを聞いてくるものだから、少し戸惑いながらも返した。まあ、気になるというか、その話は以前彼にしていたから気になって当然なのかも知れない。でも、改めて、婚約者なのか、と聞かれるのは初めてで少しドキドキしている。響がやっぱり尋常じゃないのだ、『婚約者』は。
「なんか、意外というかあっさりしてるんすね。ステラちゃんは」
「意外とか、あっさりとかどういう意味で言ってるのよ」
「だって、好きな人がいるのに、婚約者なんてつくらないでっしょ?だから、そこが不思議何ッスよ。踏みとどまるのかなあーとか思って」
「一応、理由は話したと思うけど。ベルだって分かってると思うけど、エトワール・ヴィアラッテアに近付く方法がこれだった。周りを固めて、真正面からぶつかっても大丈夫なよう二って。確かに迷ったよ。アルベドは私のこと……だから。でも、今この方法が最善策だと思ったから」
「ふーん人間って面白いっすね」
と、全く面白みもないようにいわれてしまい、こちらとしても、少しムッとしてしまった。私達が考えて出した答えを馬鹿にされている気がしてならなかったのだ。ベルには理解できなかった。ただそれだけでいいはずなのに。アルベドまで踏みにじられたような気がしてならなかったのだ。でも、ここでなにかをいったとして、彼の心に響くわけないと踏みとどまる。感情に流されてはいけないのだ。少なくとも、ベルの前では。
「感情のコントロール上手くなったんじゃないっすか?」
「そりゃどうも。アンタに流されてばかりじゃダメだって思ったから」
ベルはクシシと笑っていた。全部分かっていて、私を煽ったんだろう。本当に性格が悪すぎる。そう思うと、自分は少しだけ煽り耐性がついたのかな? とも思った。こんな耐性ついたところで何だという話だったら、まあそうなんだけど。でも、少なからず精神統一は魔法を使う上で必要になってくることだから、冷静に物事を対処していく上で必要となってくるスキルというか。
「ステラちゃんが感情的になっているところは素敵だと思うんすけどね。人間って感じがして!あとあと、何か勘違いしているかも知れないっすけど、感情をコントロールするだけが魔法の威力を上げることになるわけじゃないんすよ?」
「何、それ……でも、イメージが途切れたらそこで魔法は使えなくなるんじゃ」
「だから、本能的に、感情的に魔法を使えるようになったら……まあ、これは暴走状態みたいなもの何すけどねー」
などと、ごにょごにょと彼は濁した。いったい何が言いたかったんだと、呆れてみてみれば、ベルはまたパッと顔を上げて話題をすり替えた。
「それに、それに。あの紅蓮、結局バレたんすね。ステラちゃんのためにやったこと。ぜーんぶ。恥ずかしかったでしょうね」
「だから、アルベドの事は馬鹿にしないで。アルベドは、自分で考えて行動して――」
「――俺が何だって?」
「あ、アルベド!?」
振返ればそこに鮮やかな紅蓮の彼が立っていた。何だか、怒っているような、そんな顔つきで。




