124 珍しい行動に
(ブライト……そう、だよね。まあ、くるのはおかしくないか)
彼だって、エトワール・ヴィアラッテアに呼ばれているだろうし、こないと言うことはないだろう。それに、一応、今のラスター帝国を背負っている光魔法の魔道士の即戦力で。けれど、その実、彼の父親は、帝国を裏切ってヘウンデウン教についてしまった人で。どのように、ブライトの父親が裏切って、彼がどう対処したかは未だに分かっていない。混沌との最終決戦のことはあまり覚えていないというか、色んな所で別れていたため、彼だがどこでどのように戦っていたかは、彼らしか知り得ないのだと。
まあ、そんな感じで、ブライトがこちらに近寄ってくるのを呆然と眺めていた。珍しいというか、私達はあだ浅い関係なのに。彼は、人をあまり信用するというか、さらけ出すタイプではなかったから、以外だった。彼の好感度は8%だし、十にもみたない。まだ、興味があるくらいの関係だ。だからこそ、私も距離を作らなければと思った。エトワール・ヴィアラッテアの息がかかっているからこそ、彼との接触は、慎重にならなければならない。こちらの素性が、エトワール・ヴィアラッテアにばれるのも不味いし……
「久しぶりです。ブライト」
「……っ、えっと、久しぶりです。ステラ様」
「どうしたんですか?」
「いえ。何だか、距離を取られた気がして。こちらの気のせいですね」
「あっ……えっと、いっつもの感じでいいのかな……これ。一応、正式な場というか、パーティーで」
「はい。ですが、僕としてはいつもの感じで接して貰える方がありがたいというか」
と、彼は開口一番に言ってきた。本当に珍しいこともあるもんだなと思った。表示されている好感度と、彼が私に抱いている好感度というのは違うのだろうか。
(いや、もしかして、元あった好感度の上に今の好感度が上書きされているとしたら……その、元の好感度に引っ張られつつある?)
これは、あくまで私の仮説だし、これがあっていない場合だってある。でも、そうとしか考えられないような、距離の詰め方なのだ。それか、もしくは、そういうふうに装って私に近づこうとしているのだろうか。エトワール・ヴィアラッテアの命令で?
(あまり、深く考えちゃダメかも。こんなに疑うのもよくないし)
「ステラ様?」
「ああ、ちょっと考え事をしてて。久しぶりに顔を見たなという感じだったから……あはは」
笑って誤魔化してみたが、ブライトは少し眉間に皺を寄せていた。これが嘘だって賢い彼にはバレてしまったのだろう。まあ、それもいいとして――
「ブライトは、もう他の人に挨拶をしたの?」
「はい。一通りは。僕も、こういう場が苦手なので、必要以上にはしていませんが……ステラ様はお一人なのですか?」
「あ、えっと……婚約者が」
「婚約者?」
「あ……し、知らない?私、婚約者いて」
まさか知らないなんて、とこちらも驚いた。でも、一番驚いていたのはブライトの方で、彼は開いた口が塞がらないというような顔でこちらを見ていた。やはり、噂は広がっていないのかと。フィーバス卿の……辺境伯にいては、この話はあまり広まらないのかと思った。閉鎖された空間ではあるし、フィーバス卿が変に噂を流すような人でも、流させるような人でもないから。でも、こんなビックニュースは、フィーバス卿が養子を取ったこという以上に広まるものだと思っていたが、どうやら違うようだった。
どこから説明すればいいかと、悩んでいれば、ブライトは恐る恐るといった感じで口を開いた。
「もしかしてなのですが、レイ卿と……ですか?」
「え、なんで分かったの?そう、アルベドと」
「……」
「どうしたの、ブライト?そ、そんなにびっくりした?」
「いえ……いえ……いや、何だかしっくりくるような、こないような。すみません。祝うべきなのでしょうけれど、少し整理がつかなくて」
と、ブライトは困ったようにそういうと、私の方を見た。アメジストの瞳に映っていたのは、はたして私なのか。彼は、私じゃないいや、私の中、私自身を見ている気がしてならなかった。見透かそうとしても、見透かせないみたいな。でも、本質を見抜いているみたいなそんな彼の瞳に、こちらも強ばってしまった。
別に悪い意味じゃないのだろう。その目に映るのが、ステラではなくて、エトワールだった頃の私……そんなふうに見えるのだ。もしそうなら、彼の――と、私が好感度を見れば、彼の頭上の好感度がチカチカと光り、透けるようにあの南京錠が現われた。下手に刺激すると、帰って彼にダメージを与えそうで、私は何も言えなかった。いってしまえば気が楽になるのは分かっていたけれど、それでもいう勇気はなかったというか。
「確かに、びっくりしますよね。私は、フィーバス卿の養子で……娘で。あの光魔法の魔道士の娘……そんな私が、闇魔法の筆頭格であるアルベドとって、びっくりするのも分かるかも」
「はい……まあ、そうですね」
「み、認めるんだ」
「あっ、すみません……そういうわけではないのですが。そうですね、それも前代未聞で驚きました。まさか、フィーバス卿が認めるなんて……と、そこからなのですが」
彼は誤魔化すようにそう言いながら頬をかいていた。認められないのも分かるし、まあ、それを先に突っ込んでくるものだと思っていたから、意外、だった。大凡、彼の元の記憶が戻り始めている証拠なのだろう。だとしたら、私の隣はリースだと、そうブライトは認識しているということなのだろうか。
(でも、彼は今……彼の隣は今私じゃない……それが事実)
「――、とりあえず、といういい方あれですが、おめでとうございます。ステラ様」
「まだ婚約者の段階だから。上手くいけばって感じで。ああ、でも、仲良くはやってるつもり!」
「何だか微笑ましいです」
「ぶ、ブライトの方はどうなの?前気になる人がいるっていってたから」
「前?ですか、そんなこと言った覚えが――」
「ああ!そんな気がしただけ!いや、ブライトって顔に出ないタイプだけど、何ていうか、そのそんなふうに見えた。恋に悩む男子というか!」
慌てて私は訂正した。そういっていたのは、前の世界の話だったから。今の世界で、この話は通じないだろうと、私はそれっぽい理由を並べた。それを、ブライトは、ああ、またか……みたいなふうに見ていたけれど、それに対しては特に突っ込む様子はなかった。
確か、前の世界でそんなことを言っていた気がしたのだ。
ブライトの気になる人、っていうのも気になるけれど。でも、彼の表情を見る限り、きっとエトワール・ヴィアラッテアなのではないかと思った。
「ふふーん。やっぱり、その様子じゃ悩んでいるようじゃない?」
「分かりますか?」
「……っ、わ、分かる!ちょーわかるから!」
もう、挙動不審すぎて、一周まわって怪しくないのかも、と自分では思っていたが、ブライトの方はどうやらそうではないようで、不思議そうに、私を見つめていた。そんなに見つめられても何も出ないし、穴が開くなあ、と私は苦笑いすることしかできなかった。確かに、大げさなのは分かるし、それで気を悪くするのも。本人はいたって真面目に考えているわけだし、失礼だったかも、と私は思い直し謝罪した。
「ご、ごめん。馬鹿にするつもりなんて全然なくて。気を悪くさせちゃったら……ほんと、ごめんなさい」
「いえいえ。大丈夫です。ステラ様も、関心を持つんだなと」
「そ、それって悪口!?」
私が恋愛のことに興味を持っていけないとでも言うのだろうか。いや、本人はそこまで言ってはいないが、何となくそんな雰囲気を感じてしまうのだ。確かに、私はそう言うのに興味を持たないわけだけども。
少しくらいは乙女になりたいというか。いや、本当に好きな人がいるのに、なんで婚約者を……と言われたら、いわれないけれど、そう言うことなのかも知れないし。
何だか、そう考えると複雑だな、と感じながら私が少し視線を外していれば、思い出したかのように、いや、元から聞こうとしていたように、そのタイミングを見計らっていたブライトが口を開いた。
「何故、ステラ様はレイ卿と、婚約者に?」
「それって深い理由が必要なのかな……いや、政略結婚的な意味で聞いているんだったら、ちょっとお答えしかねるけど」
お答えしかねるけどとかいう意味の分からない日本語を使いつつ、私はちらりと彼の出を伺った。聞きたいのはそっちではないようで、彼も少し戸惑ったように私の方を見ている。
こういうところは、そう……彼の悪いところだと思った。踏み込んでこれば良いものの、優しさからか、彼は踏み込んでこない。彼の良い点でもあり、悪い点でもある。今回の場合は、別にどうとも感じないのだが。
そう思っていれば、ブライトは意を決したように唇を固く結んだ後、ほどいた。何を言われるんだろうと、こちらも気になっていたこともあり背筋が伸びる。アウローラとノチェはちらりとこちらに視線を向けたが、彼女たちは私の見えないところでまだ言い争っている。そんな彼女たちを背に、私はブライトから何を言われるのだろうか。
「……ステラ様は。その、失礼で申し訳ないのですが、レイ卿にはそういった――恋愛感情を持っていないのですよね」




