123 目を合わせたらバトル!
ヤバい、ヤバい、ヤバい――!
そう思った時には、もう既に、戦いの火ぶたは切って落とされたようなものだった。睨み合う、女に物理的には挟まれていないけれど、精神的には挟まれたような感じになって、私は目がぐるぐると回りそうだった。さっきの一件から、絶対に二人を合わせてはいけないとそう思っていたのに、それが敵わず、結局、二人が鉢合わせることになった。ノチェは煽り耐性とか高くて、冷静……と思っていたのに、彼女も彼女で、譲れないプライド的なものはあって、というか、元より、彼女たちの相性が最悪だったという話だ。
(ば、爆竹女と、怪力女って……)
酷いネーミングセンスに、罵倒だ。と私は怖くなった。女の喧嘩は、男の喧嘩とはまた違った怖さがあるが、まさにそれがこれなのだろう。指示語ばかりで分からなくなりそうだが、とにかく、水と油。合わせてはいけない女たちだ。
それに、一応だけど、彼女たちは強いわけであって。個々では暴れないと思うが、これが周りに何もない空間とかだったら、真っ向からぶつかっていただろう。危険すぎる。
私は、ノチェの服をきゅっと握って、やめよね? ということを、遠回しに伝えたつもりだったが、ノチェはそれを無視して、アウローラの方を見ていた。アウローラもアウローラで、差別はやめようといったばかりなのに、このザマだ。
「爆竹女って酷くないですか?てか、ネーミングセンスなさ過ぎで、語彙力三歳児ですね」
「そんなふうに、ぶつかってくる方が、品性も知性も欠けているように見えるのですが?」
「……な、何ですって!?」
これだから本当に……
どっちかがやめれば良いものの、どちらも譲る気はないし、あっちが言いだしたんだから、こっちも言い返す権利がある、見たいにぶつかっているから拉致があかない。というか、さっき二人をおいていったが、怪力というノチェの戦闘スタイルや、爆竹というアウローラの戦闘スタイルを互いに理解しているところから、もしかして、会場外で暴れていた? ということが予測され、さらにひゅっと寿命が縮まる思いをした。さすがに、皇宮の敷地内で争うことは、一応、一応……常識のある二人はしないと思うけど。
(じゃあ、やっぱり魔力を感じ取って?とか?)
魔力によって感じられるものは実際にあるわけだし、だったとしたら、相手がどんな魔法を使うか、得意なのか、彼女たちならかぎ分けられるはずなのだ。まあ、それは良いにしても、自分が得意とする魔法を貶されるような形でいわれるのは嫌だよなあ……と、私は二人が落ち着くのを待っていた。本来なら、元仕えてくれていたノチェを止めるのも、今仕えてくれているアウローラを止めるのも私の仕事ではあるんだけど。怖すぎて入っていける自信がないのだ。でも、こんなことで目立ちたくないし、喧嘩は嫌だし、仲裁に入ろうと思う。
「ふ、二人とも……ね?」
「ステラ様、やはり、私は異動願いを出してステラ様の侍女になりたいです。この女には任せておけません」
「へえ、そんなことできると思ってるんですか?アンタは、闇魔法の魔道士なんで、そもそもフランツ様は選んでくれません!アルベド・レイ公爵子息様が特別だっただけですー!」
「その差別するいい方が気に入りません。そもそも、ステラ様が、そういうのを嫌っているのを知りながら、そんなふうに言うのですか。闇魔法が、と」
「……っ」
これには、アウローラは何も言い返せないようで、私の方をバッと見た。そんなふうに見られても困るんだけどなあ、と、自分が蒔いた種なのに、私に回収させようとしているのかと、すこし、肩を落とす。根付いた価値観がすぐに変わらないって言うのは分かっているし、アウローラが過去に受けてきた仕打ちとか考えたら、闇魔法の人間が許せないって言うのは分かる。同情はされたくないんだろうけれど、それでも、私とアルベドが婚約者になったと言うことは、そういう可能性も考えて欲しいわけで。
だからといって、アウローラだけを悪者にするつもりはない。ノチェが言っていることが、すぐに敵わないこともまた事実なわけだし。
「分かってるから。アウローラ、ね?」
「す、ステラ様ぁ……」
「ノチェ、嫌な気分にしてごめん。アウローラは、色々あって……簡単に、光魔法と闇魔法が手を取り合えないのも、理解し合えないのも、私も分かってるから。それでも、努力はしたいし、しているつもり」
メイドの失態は、自分の失態だ。私は、そう重く受け止め、ノチェに謝った。ノチェはそれを受けて、ハッとしたような顔で首を横に振った。
「いえ……ステラ様が謝ることではありません。私も、ついカッとなって」
「ノチェも謝らなくて大丈夫だから。はあ……えっと。多分、二人とも、互いのこと嫌い何だろうなって分かったから、その……でも、こういう場では大人しくしてね?」
「はい」
「はーい!」
重すぎる返事と、軽い返事。まあ、もしまたぶつかって暴れるようなことがあれば、私の見えないところで、人に迷惑をかけないように……ということだけ、守ってくれればいいだろう。私は、仲直りさせた、と思っていたけれど、やっぱり、目を離した瞬間睨み合っているし、火花散っているしで怖い。触れないでおこう、と思いながら、私は辺りを見渡した。
「アルベド様は、他の貴族に挨拶に行っています」
「あ、えっと……そ、そうなんだ。なんで、ノチェが?」
「アルベド様の魔力を辿って……心配なさらずとも、何もしておりません」
「な、何も?」
「もめ事を起こしたりとかです」
と、ノチェはサラッと言った。言ったのだが、それって裏を返せば、アルベドって何かやらかすことで定評があるって事になるし、ノチェもそれを知っていったのだろう。それに、私が心配していることがバレてしまっているのが恥ずかしい。
唯一ばれなかったと言えば、私が帰ってこないことに不安を覚えているということだろうか。ここは、見透かされてしまったら、恥ずかしいどころの騒ぎではない。一人でも大丈夫だって、大丈夫だからこそ、アルベドは離れていったんだろうに……
(いや、メイドを置いていっている状態だから、私のこと気にしているんだろうな……)
心配性なのは、私だけじゃないようだ。
ただ、アルベドは、あまり社交界に顔を出したことがないとか言っていたのに、挨拶をしてまわるとか、そんなに時間がかかるものなのかなとも思った。出ていないからこそ、挨拶をしなければならない、ということかも知れないけれど、アルベドはそう言うのいやが理想だし。けれど、そうしなければならないのが、貴族社会とかそういう……
「ううぅぅ……」
「どうしました?ステラ様」
「唸らないで下さい。せっかくの衣装で、ステラ様!」
「……だって。やっぱり、こういうの苦手なんだもん。こういうしゃれた場というか。皆私を見ているっていうか」
「見ていないのでご安心を」
「見ていないに一票で!」
「ひ、酷すぎない!?二人とも」
こういう所は、気があうのか、と嫌な一面を見た気がする。陰キャに容赦無いところは、この二人の共通点なのかも知れない。いや、もっといい言い方に言い換えるとするのなら、私だからそんなことが言えるのかも知れない。
(い、いや、あまりいいことじゃないんだけど……)
今や、貴族令嬢。そして、貴族令嬢としての誇りというか、何というかを、一気にズタボロにされた気分だった。とはいえ、こんなことで傷ついていても仕方がないので、アルベドが帰ってくる前に、何か出来ることは無いかと探すことにした。といっても、話す人なんて誰もいないわけで、ここで二人と一緒にいるのも……いや、また一緒にいて喧嘩なんてされたらいやだから、やっぱり離れて。
「ステラ様?」
「……ブライト?」
しんしんと降り積もる雪のような落ち着いた淡い声に、私の身体は反応した。振返るとそこには
漆黒の髪を持った、アメジストの瞳を輝かせ私を見て驚いている、ブライト・ブリリアントの姿があった。




