121 混ぜるな危険物!
「わ……あ、緊張してきた」
「今更かよ……って、おい、手」
「手?何?」
「エスコートしてんだよ。馬車降りるとき……何ならってきたんだよ。全く」
「あ、ごめん」
舌打ちした? コワっ、と馬車から降りる際、先に降りたアルベドは私に手を出しいた。私は緊張と不安のあまり、彼の方を見ていなくて、彼が手を出しているのに気づかなかった。さっき、あれだけ、ちゃんとみているからといったくせに、すぐにフラグを回収してしまい、恥ずかしい限りである。でも、もうちょっと言い方がどうにかならないかなあ、と欲も出てくる。まあ、アルベドだし、の一言ですませたらそれまでの話なのだが。
私が、ちらりと、アルベドを見れば、手を取らないのか? とムスッとした顔を向けられた。私は、おずっと少し身構えながらも彼の黒い手袋がはめてある手を取って馬車から降りた。こういうのが、貴族って面倒くさいよなあ……と、自分ができないことの言い訳をつらつらと頭の中で並べる。でも、アルベドは貴族社会ってあれだよな、といいながらも、こういうのができている時点で、彼は貴族なんだと思い知らされた。やっぱり、経験というか、これまで受けてきた教育に依存するというのはその通りだと。彼の染みついた行動というのはすぐにぬぐえるものではないと。それを否定するわけではないが。
「あ、ありがとう」
「……言い過ぎたな。悪ぃ。お前は、貴族でも何でもなかったしな。こういうの慣れてねえの分かる……からな」
「じゃあ、アルベドもちょっと慌ててたわけだ。もしかして、女性をエスコートしたことなかったり」
「……」
「え、ほんとなの?意外すぎる。だってアルベドが……」
一応メイン攻略キャラなのに!? モテモテのはずなのに!? と、思ったが、アルベド自体あまり社交の場に出てこないタイプで、闇魔法という差別されている魔道士で。そのうえ、暗殺者というコンボを決めているから、納得できないわけではなかった。けど、アルベドなんて女性の群れの中に放り込んだら、わんさか群がるようなタイプじゃん、と私は思う。特徴的な紅蓮の髪の毛も綺麗だし……こういう世界だから、別に男性の長髪……(アルベドの場合は、超長髪といったほうがいいかな)も、受け入れられているし。おしゃれさんだし。意外だ……と私が目を向けていれば、アルベドはジトッと私を見てきた。
「な、何?」
「今、どうせ、また俺の事を失礼な目で見てただろ」
「み、見てない!」
「ほんとかよ。公爵家の公子でも、女性慣れしてないとか、なんとか思ったんじゃねえのか」
「エスパー!?」
「やっぱり、思ってんじゃねえか!」
ひぃっ、と縮こまるように叫べば、悪ぃ、とそれなりの謝罪は返ってきたが、アルベドを見れば、まだムスッとした顔をしていた。そんなに私に馬鹿に……してはないけど、されたことが気にくわなかったのだろうか。
「言ったろ。俺は、ああいう場が嫌いだって。前に話しただろうが」
「た、確かにそうなんだけど。アルベドなんて、入れ食い状態じゃん。言い寄ってくる女性とか多いんじゃない。じゃんじゃん、ばりばり」
「何だよ、じゃんじゃん、ばりばりって……魚でもねえし。いや、入れ食いって、まあ……」
はあ、と大きなため息をつかれてしまい、いや、本当に申し訳ないことをしたなあ、と思いつつも、自分の魅力に気づいていないこの色男をどうにかしなければと思った。気にしていなかったし、婚約者だから大丈夫だろうと高をくくっていたが、思えば、こんな攻略キャラを貴族の中に放り込んだら目立たないはずがないのだ。赤だし、目立ちまくるに決まってる。
目立たないようにって思ってきたのに、アルベドのせいで目立ったらどうしてくれるんだと、私が睨み付ければ、何だよ、と同じような目で返ってきた。
「アンタ、気配消しなさいよ」
「無茶言うなよ。いや、マジで、無茶苦茶だな、おい。そういう魔法はねえわけじゃねえけど、何のために来たって話になるだろう。そんな、暗殺をしに来たわけでもねえし」
「確かにそうだけど!アンタ目立つの!忘れてたの!」
「はあ!?どう考えても、お前の方が目立つじゃねえかよ!」
ギャーギャーわーわー、周りに人がいないのをいいことに言い合いを始めてしまったが、私達の方がよっぽど幼稚だと思った。アルベドの口車に……いや、勝手に私が喧嘩をふっかけたようなもんなんだけど、それに乗るアルベドもアルベドだろう。これは……どっちも悪い。
収拾がつかなくなってしまい、言い合いを続けていると、私達の隙間に入るようにスッと、見知った魔力を持った人が近付いてきた。
「お二人ともやめてください。パーティーに出席するというのに、こんな所で言い合っていてどうするんですか」
「の、ノチェ!?」
「ああ、来てたのか。気配を消すのが上手くなったな」
「……ステラ様は、お久しぶりです。それと、気づいていたでしょう。誉めても何も出ませんからね」
ノチェはいつものように淡々と答えると、ススッと私の方によってきた。久しぶりだなあ、嬉しいなあ、と思っていると、ノチェは、私の身なりを確認し、うむ、と頷く。
「いいチョイスですね。ステラ様に似合ってます」
「あ、ありがとう。何だか誉められると嬉しいな。ノチェは、元気だった」
「はい。元気でした。ですが、ステラ様がいなかったので、少し寂しかったです」
「ほ、本当!?」
ノチェに、心が温かくなるような言葉をかけられて、思わず飛び跳ねてしまった。グギ……と嫌な音が足下からしたため、私はちょっと待って……と、足を確認しようとすれば、「ステラ様は全く」と、光魔法の治癒が脚にかけられる。
「アウローラ!」
「何ですか、そのいたんだ。ほっとしたーみたいな顔は。いますよ。ステラ様にちゃんとついてきているんですから」
と、ぷりぷりとしながらアウローラは私の元にやってきた。いつものメイド服と違うから、よりいっそ映えるというか、彼女も貴族だったんだなということが伺える。それはいいとして、また恥ずかしいところをみせちゃったなあ、と落ち込んでいれば、ノチェが私の前にサッと出て、庇うようにアウローラを睨み付けた。
「自分の主人に対して、口が軽すぎやしませんか?」
「え、誰?ステラ様、知らない人なんですけどー」
「……ええっと、彼女はノチェ。ノチェブランカ。アルベドの所のメイドで、私もお世話になったんだ」
「へえ、そうだったんですね。今は使えているわけでもないのに、態度がでかいことで」
アウローラは、メンチを器用にそういうと、フッと馬鹿にするようにノチェのことを笑った。彼女は顔には出なかったものの、完全に煽られ、と理解しており、冷たいながらも、その周りからは殺気のようなものが流れていた。やっぱり、この二人顔合わせたら不味い……と、私はどうにかしようと思ったが。ここまで来てしまうとどうにもできないと思った。多分、リュシオルがいたら緩衝材になってくれるんだろうけれど、彼女はいないわけで。
私は、火の粉がこちらに飛んでこないうちに、スススッとアルベドの方へ避けた。
「んだよ。寂しくなって俺のとこきたくなったのか?」
「そんなわけ……もう、違うから」
「わーってるよ。あれだろ?彼奴ら水と油だって話だろ?」
と、アルベドは分かったように、アウローラとノチェを指した。アルベドでも分かるんだ、ということは、皆もお察しの通りだよね、と私はこの二人と一緒に会場入りするのが怖くなってきた。別にどっちも嫌いというわけじゃないし、どっちも好きだからこそ、仲違いして欲しくないというか。
「あーでも、ありゃ、ノチェの嫌いなタイプだな」
「だ、だと思う……」
「人前で揉めなきゃ好きかってしてくれりゃあいい。俺達には関係無いしな」
「関係無いって」
「まあ、彼奴らはそこでもめさせておいて、俺らは中に入ろうぜ。時間は有限だ」
そういって、アルベドは再び私に手を差し伸べた。確かに時間は有限だ。こんな所で、些細な問題に気を散らしていたら、どうにもならない。
「そうだね、いこう」
私はアルベドの手を取って一歩前に踏み出した。




