120 出発前に
「アウローラ変じゃない?」
「変じゃありません。最高傑作です!」
「そ、そんな作品みたいに……」
「ある意味、ステラ様は作品というか、鑑賞物じゃないでしょうか。だって、フィーバス辺境伯の令嬢なんですから。フランツ様の顔を潰さないようにお願いしますよ」
「本当に、お父様が好きなのね」
着飾って貰ったのは、夜色のドレスだった。落ち着いた青紫色の生地に、星が散りばめられているようなデザインで、髪飾りには、透明な青色の薔薇をつけて貰った。フィーバス卿の色だなあ、なんて思いつつ、真っ白な初代聖女の容姿に似合うドレスだった。チョイスは申し分ない。それに、この色だからこそ、闇色の彼と隣に並んでも、見劣りしないのではないかと思う。まあ、彼の髪の毛とは対比色みたいになってるけど、それもまたいいんだろう。
(白もいいけど、目立つのもあれだからね……)
多分、エトワール・ヴィアラッテアは白でくるだろうから、そういう意味も込めて、この色でよかったと思う。目立ちすぎるのは帰って危険だから。
「これなら、イチコロですね」
「だ、誰が?」
「えーあの人しかいないじゃ無いですか。あっ、フランツ様にも見せに行きましょうね!絶対に喜ばれるので」
「よ、喜ぶって……別に結婚式とかでもないんだし……」
私以上にはしゃいでいるのはアウローラで、キャーキャー言いながら騒いでいる。一応、アウローラもついてくることにはなっているが、あまりはしゃがないでというようにはいってある。何というか、アウローラは目立つから。
それと、アルベドから聞いた話、ルチェも来てくれるみたいで、久しぶりに彼女に会えるのはなんだかんだで楽しみである。ただ、少し不安なのが、ルチェとアウローラは相性が悪い気がするのだ。冷静なルチェと、感情的なアウローラ。ぶつからないことを祈るばかりだ。
「それじゃあ、見せに行きましょう!ステラ様」
「そ、そうだね。時間も来ちゃうことだし」
アウローラは、ぴょんぴょんと兎が跳ねるようにして部屋を出ていった。全く、私のことを何だと思っているのだか。多分、私を上手に仕立てることができたから喜んでいるのだろう。フィーバス卿に誉められると思って。フィーバス卿の反応も気になるところだが、私はこの色で、彼に見つけて貰えるかというのも気になっている。目立たなくても、彼の記憶が無くても、その箸に映してくれれば、それだけで私は――
「お待たせしました、お父様、アルベド」
「……っ、ステラ綺麗だな。アウローラ、貴様の目に狂いはないようだな」
「はい!もう、それはもう腕によりをかけさせて頂きましたから!」
「ステラ、似合っているぞ」
「ありがとうございます。お父様」
しっかりと、アウローラを誉めるところを忘れたないのが、フィーバス卿のいいところだと思った。使用人のことも大切にできて、尚且つ私も誉めて。抜け目がないなと思った。
そうして、その隣にいたアルベドは目を開いたままこちらを見つめているだけで、何も言わず突っ立っていた。まさか、似合っていないなんて事はないだろうが、何かリアクションが欲しい。あ、でも、う、でもいいから。
「アルベド?」
「……っ、あ、ああ。ステラ。その、何だ、にー……」
「に?」
「馬子にも衣装ってヤツだな!いてっ!」
多分照れ隠しに出した言葉がいけなかったのだろう。頭に、フィーバス卿のもの凄いスピードのげんこつが落ち、アルベドはせっかくセットした頭を抑えながら、「おいッ!」と腹の底から出したような声で、フィーバス卿を睨み付けていた。フィーバス卿は、「素直にいえ」とアルベドを睨み付けていたし、その後ろで「そーだ、そーだ」とヤジをアウローラが飛ばしている。本当に、仲が悪いなあ……と感じながら、私は「どう?」とアルベドにもう一度尋ねれば、彼は、ゴクリと喉を上下に動かし、頭を掻きながら答えた。
「似合ってるよ……すげえ、似合ってる」
「ありがとう!」
「……っ、ああ、もう、なんで俺が」
ツンデレだ。珍しい、デレだ! と思いながら、彼の本来の設定を思い出していた。全然ツンデレっぽくなくて、寧ろ俺様で、横暴で……少し、本来のリースの設定と被っているところがあった。でも、実際のアルベドは、ツンデレのツン、も、デレ、もあまり感じないし、まあたまにデレるところで、ツンデレっぽい要素があるのかな、と思ったりもする。まあ、彼の性格についてはどうでもよくて、単純に誉めてくれたことは嬉しかったし、そのまま受け取ることにした。
彼の耳は真っ赤になっていて、照れているのは十分に分かったから。
「ありがとう、アルベド」
「二回も言うなよ。ほら、いくぞ。メインはそっちだろう」
「待て、アルベド・レイ」
「何だよ、邪魔しやがってよ。クソ老害」
「また、その口の利き方か。今度は、本気で氷付けにするぞ」
「やれるもんならやってみろよ。ステラが悲しむだけだぜ?」
「私を引き合いに出さないでよ……」
売り言葉に買い言葉。もはや、口を開かない方がいいのではないかと思うくらい、フィーバス卿とアルベドの仲は悪い。ヤジを飛ばすアウローラ。そんな構造は見ているだけで、頭が痛くなるものだった。一応、婚約者とその家族のはずなんだけど……それが、かりそめの関係だからか、あまりそんなふうに見えなくて。まず、家族というものを定義づける方がおかしいのかも知れないけれど。
はあ、と私はため息をつきながら、慣れないドレスに少しソワソワしていた。別に、ドレスを着ていないわけじゃないし、普段から、それ相応の日常ドレス? 的なものを着ているわけだけど、こうやって着飾って社交の場に出るというのは久しぶりで、そのパートナーがアルベドということも新鮮だった。だからか、少し緊張している。ダンスは、直前まで頑張ったけど、上手く踊れないかも知れない。踊らないという選択肢はあるがここまで来たんなら踊るしかないと思ってしまっている自分もいる。頑張った成果を出したいというのもあって。
「……」
「ステラ、どうした?具合悪ぃのかよ」
「あ、ああ、ううん。そういうんじゃなくて。不安だなあと思って」
「だそうだ。アルベド・レイ。俺の娘がお前がパートナーだったら不安だといっている」
「んなこといってねえだろうがよ!ったく、不安なのは分かるが、そう不安、って顔に出したら、もっと不安になるぜ、な?」
と、アルベドにどうどう、と慰められてしまう始末。別にこんなはずじゃなかったんだけどなあ、と苦笑いしていれば、アルベドがむにっと私の口角を無理矢理押し上げた。
「な、なにふんの」
「笑ってた方が可愛いぞ?お前は、いつも好戦的で、笑顔が似合うからな」
「こ、好戦的って……」
「あ、アルベド・レイ公爵子息様が、ステラ様を口説いています。フランツ様!」
「ああ、そのようだな。何だ、そういうふうに最初から言えば良いものの」
「だー外野うるせえよ!ステラも何か言ってやってくれ」
「え……プッ」
「おい、わらんなよ」
別に笑うつもりなんてなかったのに、あまりにも変なことをいうものだから、おかしくて、温かくて私はつい笑みがこぼれてしまった。プッ、って笑みじゃないかも知れないけれど、アルベドはまわりに笑われて、また真っ赤になっていたけれど、アルベドのおかげで不安が解消されたのは全くそうなので、私はアルベドの名前を呼ぶ。
「アルベド」
「な、んだよ。ステラ。また俺を笑うのかよ」
「じゃなくて、ありがとう。いつも私のことちゃんとみてくれていて。パーティーでも、ちゃんと私のことみててね」
「お、おう……お前も、俺から目を離すなよ」
こんな会話、きっと前の世界にきたばかりの私だったら考えられなかっただろう。でも、彼とそこまでの信頼関係を創り上げられたことも事実であり、彼と対等な世界でいられるのもまた事実。彼が私を見ていてくれるから、その余裕から、彼をみることができて。相乗効果としては最高だろう。
そんなことをしていれば、出発時間となり、私達は馬車に乗り込んだ。ルチェの方は、現地で合流らしい。
「楽しみなのか?」
「え、ああ、ルチェに会うのは楽しみかも。なんだかんだいって私の面倒見てくれていたわけだし。あいたいって思ってたから」
「ああ、ルチェのことか……じゃなくて、皇太子殿下の事だよ」
「あ、ああ……まあ、楽しみだけど。不安の方が大きいかな。考えないようにしていたのに」
「わ、悪ぃ」
しまった。また微妙な空気が流れ始めた、と私は慌てて話題を変えようとする。でもいい話題が見つからなくて、ただ手を動かしてわたわたと世話しがない人になってしまっていた。ドレスの美しさに、見合わない行動で、アルベドは微妙な顔を浮べている。貴族令嬢になったとしても、私は私のままなのだ、というのがこれでよく分かる。
なんか嫌だなあ……としょんぼりしていれば、アルベドの方から話題をすり替えてくれた。
「そういや、前の世界と大分違うんだよな」
「え、ああ、うん。うん。そうなの。だって、こんなイベント……じゃなかった、パーティーなかったから。エトワール・ヴィアラッテアの影響なのかなって。もしかしたら、世界が滅びるとか、この世界ではないのかも」
「いや、あるだろう。俺はそう踏んでいる。あの偽物野郎が、癇癪でも起こせば、この世界は崩壊するだろうしな」
「え、それじゃあ、どうなるの?」
「さあ」
「さあって」
強烈な発言を死たくせに、全く責任力のないことを言い始め、私は、呆れてものも返せなかった。ただこういう時の勘は結構当たるので馬鹿にできないのが、怖い。それも、アルベドの勘だし。
「星流祭の方はどうなってんだろうな」
「た、確かに星流祭気になるかも!」
前の世界でビッグイベントだったし、一応歴史物だから、ないということはないだろうけど。アルベドは、一応その話はもう出ているといってくれて、あることは確定した。でも、一人だけ願いが叶うというあれはどうなるのだろうか。私は願いが叶って少しナイーブになったけど。
「ほら、見えてきたぞ、ステラ」
「皇宮……いつみても大きい……」
アルベドにいわれ、顔を上げればそこには黄金に輝く城があった。いつぶりか……もう拝むこともないだろうと思っていたそれは、そこに鎮座していた。私は、ゴクリと固唾を飲み込んで、窓の外から見える黄金城を落ち着かない気持ちで眺め続けた。




