119 立ち回りを考えて
「アルベド!」
「うぉ……っ、びっくりした。何だ、ステラか」
「びっくりって、魔力で気づかないの?」
「ちょと、考え事してたんだよ……」
「珍しい。私の気配に気づかないほど没頭してたってこと?」
「ああ、まあそうだな」
読んでいた本を、パタンと閉じ、アルベドは私の方を見た。いつ見ても綺麗な紅蓮の髪は、振返るとふわりとなびいて美しい。満月の瞳も一瞬丸くなったものの、私の方を見るといつものような冷静さを取り戻した。
お取り込み中だったかな? と少しだけ申し訳ない気持ちになりながら、私は一応鍵をかけて部屋の中に入る。アルベドもそれを見て、防御魔法をかけたようで、外部に私達の会話が漏れることはないだろう。本当に何を言わなくても、てきぱきとやってくれて助かる。それに甘えすぎてはいけないってことは分かっているんだけど。
私が椅子に座れば、彼は足を組み直し私の方を見た。
「んで?話って何だよ」
「お父様に聞いたんだけど、アルベドの……ほら、あの靄の件なんだけどね。お父様、あの靄と喋ったらしくて」
「あの偽物の怨念とか?大丈夫なのか、それ」
「多分……別にそれに心を囚われているって感じじゃなかったし。ああ、でも自然と身体が動いちゃったとか何とか言ってた。だから、近付きすぎると飲み込まれていたのかも。私達ってある意味奇跡だったのかもね」
「奇跡なあ……確かに」
と、アルベドはフッと笑うと、机に肘をついて私の方を見た。
「そういえば、何か調べてたの?本なんて読んで」
「まあ、色々」
「隠すんだ。へー」
「別に、ステラに言えねえことじゃねえけど。ちょっとした調べ物だ。調べ終わったらまとめて言うつもりだ」
そういってアルベドは、今は言えない、と前置きした上で話を戻すよう促した。その調べ物というのが何か気になるが、アルベドの後ろに本を隠されてしまった今、それを確認することはできない。まあ、アルベドがその内いうっていったから、そのまま方っておいてもいいだろう。ただ、アルベドが危険な事をしようとしているのなら、それをいち早く察知して止めるべきだとは思う。たまに無茶するから。
(私の周りの人って、何も言わずに勝手に物事進めるから、嫌になっちゃうな……)
周りから見たら、私もその部類に入るのかも知れないけれど、特に男性陣のやることは私の想像を超えている。グランツとか、ブライトは……その言えない理由があったから仕方がなかったのかも知れないけれど。一人で抱えるのがダメだってことは誰でも分かるわけだし。
特にアルベドと、リースなんかは本当に。
孤独で戦うのは時に、人を不安にさせることにも繋がるから、信用出来る人がしっかりと話を聞いてあげた上で力になってあげなければと思う。それだけの、信頼関係を築くのがまず難しいっていうのはあるけど。
話がそれたな、と自分で思いながら、先ほどのフィーバス卿との会話をアルベドに引き続き話すことにした。
「あの靄は、完全に倒しきれてなかったというか、それだけ怨念が強いのかも知れないって思って。そうじゃなくても、あのエトワール・ヴィアラッテアの……だから。でも、やっぱり、知っている人を狙っている気がする」
「知ってる人?」
「あ、いや……そう、エトワール・ヴィアラッテアが関わりがある人というか、私に関わりがある人!それも、前のせかいでっていう限定で」
「確かに一理あるな。だから、フィーバス卿は取り込まれなかったと」
「た、多分そう。でも、私がこの世界に戻ってきているってことと、あとはそれに気づいて、私と関わりがある人に、同じことを思想で怖いなっていう話。で、問題はそこじゃなくてフィーバス卿の中に、前の世界の記憶があるみたいで」
「それ、本当か?」
アルベドは前のめりになって食いついた。よっぽど驚いたのだろう。立ち上がってしまっている。私がコクリと頷くと、アルベドは、参ったなあ、といわんばかりに頭を抑えた。そんなに重大な話なのか。確かに私も驚きはしたけれど、アルベドが頭を抱えるくらいヤバいとすると。
「いや……そうだな。別に、今すぐ対処しようとは思ってねえ。でも、前の世界の記憶があるのは厄介だぞ」
「なんで?あった方がいいんじゃない?」
「いや、だから……前の世界で関わってねえヤツが、記憶を持っていたらおかしくなるだろう。最悪、敵に回るかも知れねえし。ほら、俺達は騙しているわけだろ?」
と、アルベドは諭すように言って来た。確かに私達はフィーバス卿を騙して、婚約者を演じている。その理由がフィーバス卿にバレるのは非常に不味いのだ。前の世界の記憶があったら尚更フィーバス卿も混乱するし、私達の立ち回りも悪くなる。
知らない人は、ここが偽りの世界だって知らない方が幸せなのかも知れないと、そう言うことだ。私が記憶を取り戻したいって思っている人以外、この世界が偽りの世界だと気づかせないようにしなければならないと。そこからほころびが生れて、エトワール・ヴィアラッテアにバレたら本末転倒になる訳だし。
でも、フィーバス卿が前の記憶が断片的にあるからこそ、助言というか、忠告をしてくれたわけで。
「とにかく思い出させるな。フィーバス卿だけは厄介になる」
「わ、分かった」
「……こうなっちまったのは、この世界が不完全だからだな。めんどくせえ……やるならもっと徹底的にしろよ」
「魔力量が足りなかったんじゃない?だって、そもそも、世界を作るってこと自体がイレギュラーな技なわけだし。禁忌の魔法も、魔法である以上万能じゃないってこと」
「そうだな……まあ、様子見だ。ありがとな、教えてくれて」
「……っ、べ、別に。情報は共有しておいた方がいいと思って」
「照れてんのか?」
「いや、アンタが珍しくありがとうとかいうから!」
「お礼ぐらいは言うだろう。それに、共犯なんだし、当たり前じゃねえのか?」
「ずるいなあ……ほんと」
顔が熱くなっているのを感じた。アルベドが、ありがとうとかいうタイプじゃないのが悪いんだ、と彼のせいにして、取り敢えず落ち着くことにする。
問題が明るみになって、それに対する対処法を取りつつ、パーティーへ……ここが一番重要なのだ。
不安、心配反面、期待している自分もいた。多分、だって、そのパーティーにはリース以外にも攻略キャラが参加するから。一気にとは行かずとも、ゆっくりと好感度を上げればいい。ただ、グランツに関しては、鉢合わせになると色々面倒な事になりそうだと思った。
「グランツの事なんだけどさ」
「何だよ」
「あの、一回顔合わせているというか、姉弟関係になっているっていうか……ほら、あの村で過ごしてたときに……あー」
「何となく分かった。取り敢えず、鉢合わせしないように立ち回りゃあいいんだな?」
「ご、ごめん、お願いします」
「気楽にいえよ。共有できずに勝手に動き回る方がリスキーだからな」
アルベドはそう言うとうーんと後ろに大きく伸びた。話は以上だ。
私も、疲れた、と机で伸びながら、三日後に控えたパーティーのことを頭でシミュレーションする。
(やっと……やっと、リースに会える)
この間ちらりとその存在を確認した程度だ。でも、もし、エトワール・ヴィアラッテアと仲良くしているところを見てしまったら。私は耐えられるのだろうか。耐えられなかったとしても、耐えなければ……パーティーで悪印象は残せない。
(頑張らなきゃ……)
ペチン、と顔を叩いて、私は自分に活を入れた。




