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118 混合する世界




「――今、なんて?」

「やはり、信じられないだろう。俺も……信じられない」

「ではなく、えっと……つまり」




 頭が混乱していた。そんなことあっていいのかっていうことと、そんなことあって欲しくないって言う思いがあって。彼女の名前を聞くだけでも、嫌な気持ちになるのに……




(いや、別にフィーバス卿は悪くない。でも……)




 もしもの可能性がある場合、私はこの不安な気持ちを抱えたまま生きることになるだろう。




「つまり……あの靄が、お父様に話し掛けてきたってことでいいですか」

「ああ、そう言うことだ」

「……何を、言われたんですか」

「先ほどもいったが、憎い、愛して欲しい、なんで……と、自分を悲観し嘆いているようだった」

「お、お父様はそれを聞いて何を感じたのですか?」




 恐る恐る聞けば、フィーバス卿は、頭が痛いというように額に手をついた。もしかしたら、あの靄は、エトワール・ヴィアラッテアの怨念は関わるだけで、その相手を洗脳できる力を持っているのかも知れない。と、そんな可能性が出てきたのだ。もしそうなら、フィーバス卿が頭が痛い、のはそのせいなのかも知れない。

 けれど、フィーバス卿と、エトワール・ヴィアラッテアは関わりがないわけだし、そんな人にも影響が出るのかどうか。




(いや、出るかも知れない。分からない……分かんないから怖い)




 フィーバス卿の答えを待っている間も不安だった。フィーバス卿が防御魔法に優れているからとはいえ、あの靄はそれらを貫通できるであろう力を持っているように見えたから。そうなると、フィーバス卿も……




「俺は……そうだな。そいつがどこの誰だかも分からないのに、同情はできなかった。ただ、内側に入ってくるような痛みはあったな……」

「お父様、大丈夫ですか?その、何かされたりとかは」

「それはない。彼奴は触れることすらできなかったからな」

「触れようとしたんですか!?」




 ああ、それの何がいけない、的な顔で見てきたため、私は飛び跳ねてしまいそうだった。そんな無謀なことをフィーバス卿がするのかと。いや、あの靄がフィーバス卿をおかしくしたという可能性もあるので、それは否定できない。もし触れられていたら……アルベドみたいに取り込まれてしまったのだろうか。考えるだけで恐ろしい。

 兎に角、今無事であるならそれでいい、と思うことにし、話を切り上げようと思った。しかし、フィーバス卿はまだ何か引っかかるというような顔をしていたため、私は首を傾げる。




「あの、まだお父様何か?」

「……いや、危険だな。ああいう感情はよくない」

「でも、お父様はそれに触れようとしたんでしょ?自ら危ない道に……」

「そうなんだ。それがおかしいんだ。触ろうとなど普通は思わないのに、勝手に身体が動いた感じだった。だからこそ、恐ろしいと言えば分かるか?一瞬意識が持っていかれるようなそんな感覚がしたんだ」




と、フィーバス卿は恐ろしいと言わんばかりに話なす。初めての経験だっただろうし、彼が驚いているの無理がない。


 負の感情を纏い、そして、引きつける能力というか、性質というか。というか、私達が完全になきものにしたっていうのに、まだあの粒子が残っていたというのが驚きだった。倒せたと思っていたのに……それでも、しぶとく残っていたなんて。




「お父様は、あの感情……靄の正体が何だと思いますか」

「あの靄の正体か……」

「知っている人でしたか?それとも、知らない人?」

「何故人だと思うんだ」

「……お父様の反応から」




 というのは嘘だが、そういって押し切らなければ話して貰えないと思った。混乱している人に対して言って良いのか分からなかったが、取り敢えず、フィーバス卿には話して貰えるところまで、話してもらわないと、これからのこともあるし。

 アルベドと話し合って、その事についてどうにかしなければと思った。どうにかなる問題じゃないことは分かっているんだけど。




「知らない人物だと思う……俺はそもそも領地から出ることが少ないからな。だが、女性だったのは、分かった。何となくだが……」

「そう、ですか」

「ステラは、その人物について何か身に覚えがあるのか?」




と、フィーバス卿に尋ねられ、私はどう答えるべきか迷った。本当のことを言えばいいか、それとも知らないフリをするのがイイか。フィーバス卿は、エトワール・ヴィアラッテアのことを知らないようだったし、このままでもいいのかも知れない。




「いえ……身に覚えはありませんが。それほど、強い怒りとか、悲しみとかを抱えている人がいるってことが恐ろしいですよね。ヘウンデウン教とかが好みそうな感情ではあります」

「確かにな。彼奴らは、混沌を復活させようとしているんだ。そして、この世界を――」

「どうしました?お父様」

「少し、思い出したことがあった。いや、そんなはずない……といいたいが」

「ん?」




 フィーバス卿はいきなり、口をもごもごとさせ、何か言いづらそうに私の方をちらりと見た。また、辻褄が合わないみたいなそんなかおをしている。




「ええっと、何か?」

「以前……皇太子殿下が俺のもとを尋ねてきたことがあった」

「り、殿下が?」

「ああ……だが、そんな記録はここにないのだ。別世界の記憶というべきか。たまに見る。何だか違う、そんな気が。上手く言えなくてすまないが」

「い、いえ……そう、そんなことが」




 それってもしかして、前の世界の記憶が流れてきているからじゃないかと思った。フィーバス卿とは関わりがなかったが、リースがフィーバス卿の元を訪れるっていう話は私の死刑が決まる前にあったことだし。でも実際は、リースはフィーバス卿に会わなかった。尋ねてくる前で終わってしまったのだ。それからどうなったのかは知らないし、私が死んだ時点で世界がまき戻ったのだから、それはないだろう。それとも、私が知る前から何度も繰り返している? そんなことってあるのだろうか。

 取り敢えずは、フィーバス卿の頭の中に、前の世界に記憶があるということは確実らしいし、様子を見るといった方がいいか。




「ステラは、何か変わったことがないか?」

「変わったことですか。とくには」

「……取り敢えずはだな、パーティー気をつけろ」

「パーティー、気をつけるって、振る舞いをということですか?」

「違う、だから、その、胸騒ぎがするんだ。靄のこともあった。もしかすると、その靄の主が出席している可能性も考えられるからな。俺がついていけるのが一番いいが、そうもいかない。アルベド・レイに任せることになるだろうが……」




と、フィーバス卿は言い終えるともう一度、青く透明な瞳を私に向けた。心配しているというのがそれだけで分かる。


 靄の主が主席しているというのはあながち間違っていない。勘が鋭いのか、それとも、前の世界の記憶が流れ込んできているからか。どちらにしても、私が警戒することには変わりない。私は、フィーバス卿を落ち着かせるために、いまできる笑顔で微笑んだ。




「分かりました。お父様、忠告ありがとうございます」

「ああ……こんなことしか言えなくてすまないな。だが、気をつけるんだぞ。ステラ。どうやら、災厄は、すぐにでも訪れそうだ」

「その事なんですけど、聖女様は……」

「どうした?」

「いえ。聖女様がいるのに、そんなに気負うことないでしょう。私は、この辺で失礼します。ありがとうございました、お父様」




 私はそれだけいってその場をあとにした。

 正直、エトワール・ヴィアラッテアが、召喚された聖女が本物かどうか聞きたかった。フィーバス卿の答えを。でも、フィーバス卿が、聖女のことを崇拝しているかも知れないと思うと怖くて聞けなかった。

 とりあえずは、先ほど話した内容を、アルベドと共用するところからだ、と私は部屋から出て、アルベドの元にむかうことにした。

 嫌な胸騒ぎ。確かに、嵐の予感がする、と。





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