114 運動音痴で躓いて
「本当に大丈夫かよ。パーティーまでもう少し何だぞ?」
「あ、足、足が痛い」
「そんなんで、ダンス踊れると思ってんのか?」
「アルベドに言われたくないんですけど!?」
皇宮で行われるパーティーを直前に、私は、ダンスの指導をつけて貰っていた。フィーバス卿の計らいで、色々と準備は進められていっているのだけど、ドレスとか、髪型のセットはともかく、ダンスは私が習得しない以上どうにもならないので、私はダンスの練習に明け暮れていた。けれど、如何せん、身体を動かすことに対しては下手くそを極めているので、なかなか思うように動くことができなかった。躓くし、足を踏むし、ステップを間違えるし。こんなんだったかな? と、自分の運動音痴を恨む。ようやく、アルベドと練習できるところまで来たが、男女のダンスとなると、また合わせるのが辛くて、あと顔を見るのも恥ずかしくて上手くいかなかった。そうして、アルベドの足を踏んで怒られ、キレられまくった挙げ句今に至る。
アルベドは、長いポニーテールをお団子にしており、その状態で椅子に足を広げて座っていた。ダンスはできるんだけど、どうも貴族らしい感じがしない。アルベドは、アルベドという属性なんだ、と言い聞かせているけれど、それでも態度が悪い。滅茶苦茶に貶してくるし。
「お前、マジで下手だな」
「心に刺さること言わないで!こっちだって必死に頑張ってるもん」
「そんなんで、よく、皇太子と付合ってたよな。もしかして、皇太子殿下は、お前がダンスへたの知らなかったんじゃね?」
「口を開けば、ぐちぐちと……知らないわよ。踊ってないし。そもそも、リースが踊れるかすら知らないんだから!」
私が反発すれば、アルベドは耳が痛いといわんばかりに両手で塞ぐ。本当にイライラする。でも、イライラしているのはできない自分だった。
どうしてこんなに下手なんだろうか。上手く出来ないんだろうか。色々と……上手くやってきたはずなのに、これだけ上手く出来なくて。
泣きそうになったのは久しぶりだ。こんなことよりも辛いことが一杯あるはずなのに、踊れないのが悔しかった。アルベドにもけちょんけちょんに言われるし。いいことない。でも、アルベドとパーティーに参加する以上、パートナーに泥を塗るわけにはいかないのだ。それが分かっているから、さらにプレッシャーだった。
「最悪……」
「まだ時間あるんだし、練習すりゃあいいだろ。俺だってはじめは苦手だった」
「嘘だあ……」
「何で嘘つくんだよ。俺だってできない事の一つや二つぐらいあるぞ?それに、こんなことで、同情とか、嘘ついても仕方ねえだろ」
「確かにそうだけど、信用ならない……だって、アルベド器用そうだし」
「そりゃどーも」
「はあ……いやになる」
前の身体が、転生ボーナスついているんじゃない? と思ったけれど、別にそんなことはなくて、最低限のマナーができた程度の転生ボーナス。しかし今は、そういったボーナス的なものはなく、自分が元から持っていた運動音痴というところが、明るみに出ている。恥ずかしすぎるのにもほどがある。幸いにも、フィーバス卿にこの姿を見られていないだけマシと考えた方がいいのか。アウローラにも恥ずかしいから、アルベドもいるし、という理由になるか分からない言い訳をして出ていって貰っている。それはいいが、アルベドの前で醜態をさらし続けているのはどうにかしたい。
アルベドは何でできるんだろうか。
「その、練習したの?アルベドは」
「一応、教養の一つだから。女性のことをエスコートできねえ貴族はいねえだろうよ」
「誰でも?」
「ああ、大抵は。できても、しねえ奴とか、なってないやつはいるがな。俺だって、別に社交界に出ることねえし、知っている程度だが」
「それで、そんなにできると」
「慣れじゃねえか?」
「知っている程度って言ったじゃん。嘘だあ……」
嘘だあ……が、口癖に成る程私は追い詰められていた。どうしてもダンスができない。励ましてくれる人がいないから、モチベーションを保てないのもある。リュシオルにもっと教えて貰うべきだった。でも、彼女はいないわけだし。
(そういえば、リュシオルはどうしてるんだろう……)
彼女は、エトワール・ヴィアラッテアの侍女として働いているのだろうか。私との記憶も忘れて。そうだったら嫌だな、とか、前世の記憶を持っている人達は、そもそも私と前世であったことすらも忘れているのだろうか。そこまで、エトワール・ヴィアラッテアの力は壮絶なのか。色々考えると頭が痛くなってくるし、もしそうだったらと考えると、胃がきりきりと軋むような感覚を覚える。このままじゃダメなのは分かっているのに、ダンスで躓いて、モチベーションが地におちている。
やめたい、という想いも出てきて、思考がマイナスになっているのを感じる。ズブズブと沼の中に落ちていく感覚。たかが、ダンスで。でも、嫌いなものは嫌いで、運動ができないことは、今も昔も変わらない。
「いやなら、やめてもいいんだぞ?」
「ダメ。お父様の顔にも、アルベドの顔にも泥を塗ることはできない。ただ養子になって満足じゃ、ダメなの。スタート地点に立っただけ」
「焦ってるのか?」
「別にそういうことじゃなくてつまり……は」
「ん?」
焦っているのはその通りだし、言い返す言葉も何もない。それでも、私の中に少しだけあるプライドと、努力は報われるべきであり、努力することは最大の勲章なのだと私の中の私が言う。だから、ここでやめるわけにはいかないのだ。
言いだしたことを途中で投げ出すわけにも行かないし。
「せっかくパーティーに出席するんだもん。こういう機会はあまりなかったし、それに、踊れるようになりたい。あとは、アルベドも、そういうの似合うと思ったから」
「似合うって何だよ」
「だから、アルベドの、その――」
言葉で言い表すのが難しくて私はアルベドの髪を指さした。アルベドは戸惑ったように自分の髪の毛を見ると、これが何か? と言わんばかりに首を傾げてきた。リースの黄金の髪の毛も好き。キラキラと光を帯びて、金粉が舞うような彼の髪の毛が好き。サラサラと、でもフワッとしていて、けど、ツンともしていて。それでいて、その髪の毛は強くたくましい彼に似合っている。ルビーの瞳もよりいっそその髪の毛によって輝いて見える。でも、アルベドの髪の毛は長く尾を引くようで、印象に残る、一度見たら脳裏で思い出せる鮮明な赤で、美しい紅蓮。そんな髪の毛がダンスを踊っている最中に靡けば、きっと彼に視線が集まるに違いない。ダンス映えするというか、リースもアルベドも、攻略キャラだからっていう理由だけじゃないくらいに、人の視線を集めるのだと思う。だから、アルベドを輝かせるための、プロデュースとしても!
(――って、別に、アルベドは望んでないかもだけど!)
別に、推しているキャラでもなかったのに、彼の魅力に気づいてからは、彼がその魅力ばかりに頼らず、というか無頓着なせいで、それが勿体ないと思い始めたのだ。だから、アルベドの良さを知って貰って! とか一人躍起になっている。
何というか、その……そう言うところからでも、闇魔法の貴族というレッテルを剥がせると思ったから。
「俺の髪が?」
「綺麗だから。その、ダンス映えすると思ったの。アンタの髪の毛好き。男のくせに馬鹿長くて鬱陶しいと感じたときもあったけど、でも、アンタのトレードマークでもあるじゃん」
「と、トレードマークな。それをいえば、ラヴィだって彼奴だって同じ色だろ」
「アルベドはまた違うの!」
私がそう言えば、アルベドは困ったように頬を引きつらせていた。ラヴァインは彼の弟だけど、ラヴァインの髪色と、アルベドの髪色は少し違った。髪質もそうなのだろうが、何というか、アルベドの魅力はそこな気がする。どんな風に手入れしているか気になるところだけど。
「大丈夫、頑張れるから。私のこと信じて」
「やる気だなあ。じゃあ、ステラ――」
と、彼は言うと私の手を取った。まるで、ダンスに誘うようなそんな仕草で満月の瞳を私に向ける。
「ステラ嬢、わたしと一曲踊ってはいただけないでしょうか」




