112 光にも闇にも
「本当ですかお父様!」
「こんなこと、嘘をついてどうする。ステラ……それに、ステラの方が喜んでいるようだが、アルベド・レイはどうなんだ」
「いい……のか、と思って。ああ、いや、別に、俺でいいのかってわけじゃなくて、俺はアンタにまけ……てはねえけど、決着がついたわけじゃなかっただろ?アンタは白黒つけるタイプだから……なんか、そこが腑に落ちねえっていうか」
「貴様たちの姿を見ていると、過去の自分と重なった。互いを信じ、互いを助け合う姿を見ているとな」
「……ッチ。また、昔話かよ」
「いやなら撤回してもいいぞ。俺はかまわない。確かに、アルベド・レイのいうとおり、決着はついていないわけだ。まだまだ、貴様が未熟であることは分かった」
「チッ」
アルベドは、舌打ちを繰り返して頭を掻いていた。それでも、耳が少し赤くなっていたから、認められたことに対しては喜んでいるのだろう。素直じゃないなあと私はアルベドを見て思う。でも、確かに、勝負で決めるみたいなことを言っていたのに、フィーバス卿は自分と重なるという理由で私達を認めてくれたのが引っかかった。いや、疑いすぎで、フィーバス卿の心を尊重すべきではあるけれど。
「ほ、本当にいいんですか」
「ステラまで俺を疑うのか。いっただろう。あの靄の一件……光魔法と闇魔法の共存、調和……そんなことをした魔道士は今まで一人としていない。いや、一人ではどうにもならないから、二人だな。それを達成させた。俺にとっても希望となったんだ」
「お父様の希望?」
フィーバス卿がそこまで感銘を受けているなんて思いもしなかった。だから、その言葉が飛び出したとき、喜びよりも先に困惑と驚きの感情が生れた。何ていったって、フィーバス卿は顔に出ないから分からない。というと、失礼なので絶対にいわないが、喜ばしいといっている割には、あまり嬉しそうじゃなかった。
「どうして、お父様の希望なのですか?」
「……俺は、若い頃に妻を亡くしたといっただろう。その時妻は、闇魔法に侵されていた。いや、闇魔法に転換してしまったといえば良いか」
「闇魔法に?光魔法の魔道士がですか?」
「ああ。にわかには信じられない話だろう」
と、フィーバス卿は肩を落としていう。私は信じられなくてアルベドを見ると、アルベドは心当たりがありそうな顔をしていた。そんなことが果たしてあり得るのだろうか。酷く誰かを恨むとか、負の感情が増築した場合にのみ、魔法の属性が変わるものだと思っていたから、フィーバス卿の話を聞く限り、どうやらそうじゃないらしいようで、私はさらに困惑する。
そんなことがあり得るのか。あり得るのだとしたら、光魔法の人達は気が気ではないだろう。
「そ、それは前例があるのですか。お父様の妻以外にも」
「いや、分からない。だが、前例があったとしてもそれが公になることはないだろうな」
「な、何故?」
「こんなことが知られれば、また光魔法の人間が闇魔法の人間を恨むきっかけとなる。国も分裂して、さらに光魔法と闇魔法の亀裂は深まるだろう。それを、光魔法の頭のいい奴らは考え、公にしていない」
「た……確かに」
亀裂を生む結果になるからいわない。どれだけ恨んでいたとしても、それを公になれば戦争になる。国を分裂しかねない戦争。どちらかが消え去るまでその戦争は続くだろう。そうなったとき、罪のない人達も巻き添えになる。公にしなかった人達は賢明な判断だっただろう。
アウローラの顔を見る限り、彼女も深刻そうにしていたので、どうやらこのことは知っているらしい。そのため彼女は落ち込んでいるのだ。
(呪った……ってこと?闇魔法になるように?)
本当ににわかには信じられない話で、もしそれが本当だったのなら、フィーバス卿は闇魔法の貴族を恨んでいるのではないかと思った。けれど、今回、フィーバス卿はアルベドを認めた。闇魔法の魔道士を、貴族を恨んでいるなら絶対にあり得ないはずなのだ。なのに何故? 新たな疑問が浮上し、さらにパニックになる頭。一度整理したいけれど、考え始めた頭止らなかった。
「それって、本当に闇魔法の魔道士がやった事か?」
「あ、アルベド?」
口を開いたのはアルベドで、彼は何か引っかかるといった感じに、フィーバス卿に話し掛けた。アウローラは反論しようと口を開いたが、それをフィーバス卿が制する。フィーバス卿は冷たい青い透明な瞳でアルベドを見ていた。そこに怒りも悲しみも何も感じられない。ただ吟味している、そんな風に見えた。
アルベドが何を思ってそんなことを言い出したのか分からなかった。闇魔法のことを悪く言われて腹が立った、ということでもないだろう。だったら何故? 彼が引っかかることは何だろうと。
「それは、どういうことだ。アルベド・レイ」
「フィーバス卿も気づいているんだろ。闇魔法の魔道士がやったことではないと」
「……根拠はあるのか」
「聞いたことがねえから……っつっても、俺の知る範囲では。だが、闇魔法の奴らが光魔法の奴らを上書きすることはできねえんじゃねえか。不可能とは言えねえけど、ただひかかるっつうか。いや、話し始めたのに、あたまんなかまとまってねえな」
「あ、アルベド、もう少し考えて話した方が……」
いきなりいいだしたかと思えば、頭の中がまだ絡まっているという。そんなのでよくフィーバス卿に言い出せたなとその度胸だけは誉めてあげようと思った。でも、確かに、闇魔法の人がそんなことをできるなら、光魔法の人もその逆を出来るのでは無いかと。
まあそれもそれで、光魔法の人間育成計画みたいな運動が出てしまうだろうから無理だろうけれど。それに、反発が起きるのに、そんなことが可能なのだろうか。フィーバス卿の妻だから、というとんでもない根拠の薄いことから考えて、フィーバス卿の妻は魔力をそこそこにもっていたのではないか。そんな人が闇魔法に上書きされるなんてことがあり得るのだろうか。
そもそも、そんな魔道士をフィーバス卿が野放しにしているとは思わないし……
そう思って、フィーバス卿を見れば、アルベドのいいたいことを理解したように小さく頷いていた。
「そっちのメイドはそもそも勘違いしているかも知れねえけど、闇魔法、闇魔法いうけどな闇魔法の力の源は負の感情だ。つまり、嫉妬や怒り、悲しみといった感情……それらを糧に魔法を生成する。逆に、光魔法は、正の感情……善の感情か。信じる気持ちや、喜びを魔法に変換するんだ。持っている性質が違う」
アルベドは、アウローラに諭すようにいうが、彼女はイマイチぴんときていないようで、それがなんだといわんばかりの顔をしている。私も忘れていたが、確かにそんな感じだった気がする。性質が違うというか、イメージとか、湧いてくるものが違うというか。まあ、誰もがそんな感情をわけて魔法を使っているわけではないだろう。戦争に使っている時点で、光魔法が喜びを糧にしているわけでないことは確かだし。
アルベドは、理解できないアウローラを置いて、フィーバス卿の方を見た。
「フィーバス卿は少し前まで戦争に参加していたんだよな?」
「ああ、そうだな」
「その戦地……フィーバス辺境伯領の近くだったんだろ?」
「……っ」
「あたりだな。じゃあ、その闇魔法への転換の原因は、闇魔法の魔道士が関わってるものじゃねえ」
「ど、どういうこと、アルベド?」
「ステラ、ピンとこねえか。いや、まあ、これ自体も前例がないからあれだが……兎に角これは、魔道士が関わってるわけじゃねえ。人間の干渉しやすい感情に悪い感情が結びついた結果だ」
と、アルベドは私にいう。まだピンとこずにいれば、フィーバス卿はその通りだ、とあっさりとアルベドの話を認めたようだった。
「つ、つまりどういうこと?」
「フィーバス卿の妻……辺境伯夫人が死んだのは、戦争が原因。もともと、夫人は人の感情や空気に敏感だったんだろう。だから、戦争で生れた感情に当てられ、そのまま病んで、闇魔法に侵されていった……人を信じられなくなっちまったら、光魔法の効力は薄れるしな。それに、弱っていったところに、マイナスの感情は群がる……」
「戦争で溢れた感情が、夫人を闇魔法に転換させたってこと?そんなことって」
「――ありえる」
そう口を開いたのは、フィーバス卿で、彼は酷く傷ついたような顔で、その拳を振るわせていた。
「辺境伯領の近くといったが、実際、領地に侵入された。そこで、大勢の犠牲者が出た。それに妻は心を痛めた。戦争には勿論光魔法の魔道士も、闇魔法の魔道士も参加していた。俺達の戦いが、妻を苦しめたんだ」
そういって、フィーバス卿深く項垂れてしまった。




