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110 乗っ取りの可能性




「それって――」




 心当たりがあった。いや、フィーバス卿がみたその靄の女性……少女というのが、エトワール・ヴィアラッテアだったら。靄が形を取って? もしかして、私の今の体すらも乗っ取ろうとしているのではないか。そんあ不安が一気に駆け巡った。それまで喜びで満ちていた身体も、不安に駆られ冷たくなって震えていく。聞かなければよかったが、聞いておいた方がよかっただろう。




「そ、それって……私の身体を乗っ取ったってことですか。その靄が」

「いや……違う。と言い切りたいが、分からない。未知のことが多すぎてだな……はっきりとしたことは言えないが、重なっていた」

「重なっていた」

「ステラの輪郭が見えつつも、そこに何かが重なっているような。言葉にするのが難しいな」




と、フィーバス卿はいうと頭を抱えた。彼も見たものをそのまま教えてくれようとして躓いているんだと私は取り敢えずそこで納得することにした。


 乗っ取られたわけではない……とは言えないが、今のところ、勝手に身体が動くとか言う変かはない。それに、エトワール・ヴィアラッテアに私の存在はバレていないだろう。アルベド曰く、あれは怨念が漏れ出したようなものだし、あれ自体に、エトワール・ヴィアラッテアと関連はない。いや、関連というよりかは繋がり、あれに直接、本体であるエトワール・ヴィアラッテアに繋がっているわけではないと。だから、あの靄を通して、私の存在がバレたわけではないだろう。もしバレたら……そう考えると恐ろしい。でもいずれは、彼女と対峙して、その正体がばれるわけだから。けれど今じゃない。




(でも、怖すぎる……)




 あれが、エトワール・ヴィアラッテアの怨念だったからこそ、姿が重なるだけでも怖かった。震える身体を押さえていれば、ふと一つの考えが頭によぎった。

 もしかして、そういうパターンもあり得るのではないかと。いや、でもこれは都合のいい妄想に過ぎない。




(もしかして、その姿が重なったのって、もともと私がその身体に入り込んでいたから?)




 過去、というか本来……ともいえないけれど、エトワール・ヴィアラッテアの身体にいたから、その時の姿を映したものじゃ、と思ったのだ。でも、これは都合のいい妄想が過ぎるのだ。それに、そんなことして靄に何の意味があるのだろうか。だったら、エトワール・ヴィアラッテアが私の身体を乗っ取ろうとしていると考えた方が辻褄が合うんじゃないかと、せっかく浮かんできた考えを捨てることにした。

 しかし、本当に恐ろしいし、不思議なことである。




「そ、それで、そんな風に見えていた……なら、アルベドの方は?」

「彼奴の方は、完全に靄に覆い隠されていたな。足下すら見えなかった。ただ、お前たちの周りにだけ靄があった。それ以外はない」

「そう、ですか……」

「だが、何かに引き寄せられるかのように、黒い蛍のようなものが、お前たちの周りに集まってきていたな。吸収されているような感じだったぞ」

「黒い蛍みたいな……それって、靄の一部、みたいなものですか」

「そう考えるのが普通だな」

「……」




 そこまで話し終えたフィーバス卿は、全く頭がいたい話だ、といわんばかりに眉間を抓んでいた。不思議なことが起こりすぎて、彼の頭でも対処しきれないのだろう。

 それに、私達が来てから、異変ばかり起きて、もしかしたら厄介者みたいに思っているかも知れない。災厄もあるから、そういう風に考えてもおかしくないと。彼らも、此の世界で生きているのだから、災厄の、マイナスの影響も受けるわけだし。

 彼の養子になって正解だったのかな、なんて、私までマイナスになりかけて下を向いた。すると、フィーバス卿の大きな手が私の頭を優しく撫でたのだ。




「お父様」

「ステラも疲れているだろう。ゆっくり休むといい」

「え……ああ、いや。そうじゃなくて」




 不安に思っていることは口にした方がいいだろうか。でも、厄介者だと思われたくないし、面倒くさいって思われたくない。今の関係を壊すのが怖くて何も言えなかった。頼って欲しいというようなことを言われたはずなのに、どうしても心を開けなかった。

 怖いのだ。自分をみせるのが。みせて嫌われるのが。




「……」

「ステラ」

「な、何ですか、お父様」

「何か悩んでいることがあればいえ」

「ええ……はい」

「別に俺はステラのことを厄介者だと思っていない。勿論、色々とやらかしてはくれるが、アルベド・レイのこ共だ。お前たちが来たから、不思議なことばかりが起きるとは全く考えていない。このご時世だ。災厄の影響も関わってきているだろう。それにくわえて、ヘウンデウン教の動きも。だから、ステラのせいではない。そう、自分を悲観しすぎるな」

「お父様……」




 声色は、いつも通り温度を感じないのに、言葉の節々に優しさを感じた。それと同時に、全て見透かされているだなと、恥ずかしい気持ちにもなる。いわなくても、くみ取ってくれて、気遣ってくれる。本当に、彼が父親だったら……いや、フィーバス卿は私の父親なんだ。此の世界では――




「お父様には、敵いませんね。どうして分かったんですか」

「顔を見れば分かる。ステラは……俺と同じで、顔色ばかりを気にするからな。本音を言おうと思っても、他人のことを考えて立ち止まる癖があるとみた。昔は俺もそうだった……いや、今もそうかも知れない。だから、周りに人がいないんだろうな」

「お父様……」

「兎に角、俺は何とも思っていない。だから気にする必要はない。気軽に言ってくれれば嬉しいが……何度も言うが、無理して言う必要はないからな」

「はい……でも。でも、心配してくれてありがとうございます。不安だったのは正直、そうですから」

「そうか」




 距離感というのは、かならずしも嫌いだから離れるとか、好きだからくっつくとかじゃないんだなと感じた、フィーバス卿の心遣いを受け、私は温かい気持ちになりながらお礼を言った。本当にこの人には敵わないなと思うと同時に、まだ日が浅いのに、ここまで信用してくれるのは何でなんだろうかと思った。娘だから? 家族だから? 理由は分からない。教えてもくれないだろう。

 そんなことを思っていると、いつの間にか、足下に、黄金の毛玉がすり寄ってきた。




「ルーチャット?」




 キャン、と返事した毛玉は、私の足の周りをぐるぐると回っては、落ち着かない様子で私の方を見上げる。何か言いたげなルビーの瞳を見ていると嫌でも彼を思い出した。




「何?構って欲しいの?」




 そういえば、ルーチャットは、くーんと何だか悲しげなこえをあげた。お腹が空いているのかなとも思ったけれど、そうでもないらしくて、分からない。フィーバス卿は、ルーチャットのことが気になるのかじっと見ているし。




「そうだ、ステラ。アルベド・レイが気になるんだろう。行けばいい。俺も、気になることがあるしな」

「では、お父様一緒にいきませんか」




 ルーチャットを抱き上げながらいえば、フィーバス卿は目線をルーチャットから私の方へ映した。青く透明な瞳は、どこを見ているか正直分からない。グランツのような、空虚感は無いものの、見透かされすぎて、何を見ているか分からないといった感じだ。

 ルーチャットは私の腕のなかでようやく静かになった。犬の気まぐれだったのだろうか。




「いや、俺は後で行く。この荒れた庭をどうにかしなければならないからな」




と、フィーバス卿は目線を後ろにやった。確かに、綺麗にそられた芝生は燃えていたり、凍っていたりと散々な状態になっていた。でも、それを治すのはフィーバス卿の役目ではないのでは? と思いつつも、フィーバス卿がやるといったら、それを止める理由もないので、私は先にいっていると伝え、庭を後にした。





「――そろそろ出てきたらどうだ」




 フィーバス卿の一声で、庭に冷たい風が吹く。そして、その風に誘われるように、先ほどの黒い靄が、形となってあらわれた。




「どこの誰の念だか知らないが悪趣味にもほどがあるぞ」

『……して、愛して……』




 その黒い靄は、とある少女の形を取って、「愛して」と呟いていた。





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