109 不完全な成功
凄い、本当に出来た。
信じていた、けれど、本当にそれが目の前で成功したときの感動は想像以上だった。先ほどの攻撃とは違う。今度は治癒なわけで。でもそれが成功した今、私達に怖いものなんて何もない、みたいな感情になっていた。
アルベドは、喜んだ後、すぐに照れ隠しのように顔をさらした。彼の耳は真っ赤に染まっていたし、治った方の手で、頭を掻いていた。問題も何もなさそう。
「やったね、やったねアルベド」
「ああ、お前のおかげだな。ステラ」
それでも、まんざらでもない清々しい顔で私を見つめてくれる。ふと吹いた風は冷たかったけれど、彼の真っ赤な紅蓮を揺らし、風も私達を祝福してくれているみたいだった。
そんなムードの中、信じられないな……と、本当にその言葉通りの感情を出した、フィーバス卿が私達に近付いてきた。
「お父様」
「……本当に、今起こったことは、現実なのか?」
彼は、すぐには受け入れられないような、態度を取っていた。珍しく、何度も瞬きをして、その銀白の髪の毛を掻上げて、青く透明な瞳を私達に向けていた。前例がないのだろう。分かる。だって、これまで一度も成功したことがないようなことだろうから。
「ステラが、アルベド・レイを治癒したのか」
「え、ええ。そうです。そうなんですよ。お父様!」
「光魔法が、闇魔法の魔道士を……前例がない」
と、やはり信じられない様子。見たものは信じる派のフィーバス卿でも、信じられないことがあるんだと同時に、それほどまでに大きなことを私達が成し遂げたんだという達成感もあった。これで、少しは、光魔法と闇魔法のいざこざが解消されるのではないかと、気持ちが大きくなっていた。
でも、冷静に考えれば、こんなことですぐに、仲がよくなるわけないし、信じない人の方が多いだろう。現に、フィーバス卿も信じてくれていないようだし。
(まあ仕方がないと言えば仕方がないんだけど……)
感動を共有できないのは悲しいけれど、この感動は、アルベドと私の中にあればいいと思った。しかし、フィーバス卿は、アルベドの方を見て、少し顔をしかめた。
「アルベド・レイ、身体に何も異常はないのか」
「フィーバス卿が心配するなんて珍しいな。明日は、隕石でも降るのか?」
「……真剣に聞いているんだ。答えろ」
「は?見ていただろ、ステラが俺の傷を治したところ――ッ!?」
「アルベド!?」
いつもの調子で、フィーバス卿に突っかかれば、アルベドは、口元を抑えて膝をついた。フィーバス卿が何かしたのかと、疑ってしまったが、彼から魔力は検知できず、アルベドの身体に異変が起きたと、私は直感でそう思った。
黒い手袋の間から、たらりとした血が流れているのが見え、それが鼻血であることに気がついた。いったい何故? と思っていると、アルベドは、鼻を押さえたままフィーバス卿を睨み付けた。
「テメェか」
「何でも疑うのはよくない。体内に光魔法の魔力が入ったからだろう。細胞を壊しつつあるな」
「んなわけねえだろうが。成功したんだ。闇魔法と、光魔法は調和し合える。今、そう照明したじゃねえかよ……ぐっ」
「アルベドッ!お、お父様どうすれば」
「少し休めばどうにかなるだろう。アウローラ」
はい! と後ろで控えていたアウローラが返事をする。アウローラは、アルベドに風邪魔法をかけ浮遊させると、そのまま連れて行ってしまった。医務室にでも連れて行ったのだろうか、と私は不安になりながら彼らを見送る。本当はついて行きたかったけれど、後ろの視線が私を離してくれなかった。
「お、お父様なんですか?」
「無茶をしたなと思った。お前は大丈夫なのか、ステラ」
「は、はい……えっと、アルベドは何で?」
「お前の魔力が内側に入り込んだからだろう。表面的には傷を治せたとしても、その際送った魔力がアルベド・レイの中で暴れている。だから、彼の身体は今不安定な状態だ。といっても、入った量でいえば少ないだろうし、問題はないだろう」
「ええっと……それってつまり」
「完全には、調和しきれていないということだ。そもそも、魔力量が違う人間であればなおのこと……ステラの魔力量を量っていないから分からないが、見る限り、アルベド・レイよりも多いと思う……」
と、フィーバス卿は答えてくれた。成功したと思った私達の実験的な治療は、不完全な成功で、まだまだ改良の余地がありそうということか。
(単純に、アルベドがそれまでに魔力を使いすぎて、調和しきれなかったんじゃない?)
私とあの靄の中から脱出するまでは、フィーバス卿と戦っていたわけだし、あそこでかなり魔力を消費したことだろう。そうじゃなかったら、完全調和ができたかも知れない……いや、この身体じたいが、初代の聖女のものなのだから、もしかしたら完全調和はできないのかも知れないけれど……
まだまだ問題はあるな、と感じつつも、今はこれが精一杯だと思う。少しでも希望が見えればそれだけで私達は……
同じ魔力量のものであれば大丈夫と言うことが分かったし、となると、魔力量が釣り合わないと、インフルエンザとかのウイルスみたいに中に入ってきて、中にある免疫が戦うためにねつをだす、みたいな現象が起きるということだろうか。そうなるとやはり、光魔法と闇魔法は相容れないということになるし……
(ううん!ワクチン接種みたいなものだって考えればいいの!)
ワクチン接種で考えれば、わざとウイルスを取り込むことで免疫をつけるんだし、そうやって慣らしていけばいけるのではないかと思った。これも私の憶測に過ぎないけれど。
「私の魔力量、確かに多いかも知れません」
「今度はかりに行くか?」
「え……あ、いや、大丈夫です!それに、アルベドも魔力使ってばっかりで、疲れてただけだと思いますし!」
フィーバス卿にいわれ、思わず頷いてしまいそうだったところを私は何とか止めた。もし、この身体が初代の聖女のもので……とはバレずとも、魔力量が無限であることがバレたら面倒くさいことになるのではないかと思ったからだ。また騙す形になってしまって悪いと思っているが仕方がない。
「そ、それで、お父様の方は大丈夫なのですか」
「俺の心配か?ああ、なんともない。それより心配なのはステラの方だ」
と、フィーバス卿はいうと、私の頬をスルリと撫でた。
フィーバス卿の顔は少し悲しそうで、前髪が額に張り付いている。汗が出ていたということだろう。こんなにも冷たい人が汗を掻くほど必死だった……そんな状況。
(――って、忘れてたけど、私達の見込まれたんだったよね!?)
さっきの感動で全てが吹き飛んでしまっていたが、私達はあの靄に飲み込まれてしまっていたのだ。一体どれくらいの時間あそこにいたのか、周りから見たらどんな感じだったのか、怖いけれど知る必要はあった。私が慌てだしたことに、またフィーバス卿は心配そうに私を見る。この人を心配させたいわけじゃないんだけどなあ……と思いつつも、私はフィーバス卿の顔を見た。私よりも大きくてたくましい人。でもそんな人が泣きそうな顔で私を見ているのだ。何だかほっとけない。
「あの、聞きたいんですけど、私達どうなっていたんですか。あ、あの、靄に包まれていたと思うんですけど」
「ああ、そうだな……靄に包まれていたのは確かだ。助けにいこうとしたが、結界のようなものが張ってあって近づけなかった。それに、靄を掴もうと思っても、すり抜けたしな。まるで意思を持ったような靄だった」
「お父様の力を弾く、結界……」
こっちもにわかには信じられない話だった。まあ、防御魔法専門だから、それらを解除する力はないのかも知れないけれど。それにしても、あの雲谷にはそんな機能までついているなんて……驚きだ。
それも、触れられなかったと。私達の時は絡みついてきて、物質になっていたのに、フィーバス卿の時は違ったと。
(意思を持った……ね……)
もしかしたら、あの靄……エトワール・ヴィアラッテアの怨念が狙ったのは攻略キャラや、彼女を知る者達限定なのではないかと思った。エトワール・ヴィアラッテアに少しでも関わりがあるか、興味があるかする存在……そんな存在にしか触れられないのではないかと。これは単なる仮説ではあるが。
「それと、ステラ」
「はい、何でしょうか」
「……いいにくいがあの靄……女性の形を取っていたんだ。いや、お前の身体と重なって、別人が浮かび上がってきた」
そう、フィーバス卿は、深刻そうに私に告げた。




