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108 溶け合う




「――わあああああッ!?」

「ステラ!?」

「ステラ様!?」




 何故か空中に放り出されて、私とアルベドはそのままフィーバス卿の屋敷の中庭に落ちた。全く草のクッション早くに立たず、身体を強く打ち付けてしまった。先ほどの痛みに比べればどうってこと無いのだが、それにしても、空中から落ちるってどういうことだろうか。正確な高さは分からなかったけれど、一段踏み外した、とかそういう高さではなかったことは確かだ。




「いてて……」

「す、ステラ、大丈夫か」

「お父様!ええ、平気です。この通り大丈夫です」




と、手をひらひらと振れば、アルベドと繋いでいた方の手のひらをみせてしまったようで、フィーバス卿の顔が歪む。先ほどまで心配していたのに、みるみるうちに顔色が変わっていくものだから恐ろしい。


 そうえいば、アルベドの方は? と見れば、彼も尻餅をついたように腰を痛めていたが、両足で立っているところを見ると大丈夫らしい。ほっとしていれば、フィーバス卿が私に顔を近づけてきた。整った顔がすぐ側にあるので私は思わずひょっ、なんて変な声を上げてしまい、フィーバス卿に驚かれる。しかし、彼の顔は依然として、その眉間に皺が寄せられていて、怒っているようだった。




「何があったんだ。ステラ」

「ええっと、こっちも何があったか聞きたくて。さっきの靄は?」

「……ステラたちが戻ってきた途端、霧散するように弾けた。粒子になってまた何処かに行ったのではないかと探したが、その痕跡すらない。まるで、何か強い力に当たったみたいだった……ステラたちがやったのか?」




 そういって、フィーバス卿は何処か怪しむように見てくる。どうやら、靄は完全に消えたようで、気配も消えてしまったらしい。光と闇……その二つの合体技が、エトワール・ヴィアラッテアの怨念を打ち砕いたのだと。実験は成功したのではないかと、私が喜んでいれば、フィーバス卿は笑っている場合か、というように私の方を見てきた。そして、私の傷ついた方の手に手をかざし、魔力を注ぎ始めたのだ。




「あ、あの、お父様」

「じっとしていろ。どうしたらこんな風になるんだ」




と、フィーバス卿がいるので好奇心から自分の手を除いてみると、それはもう、みせられないほどグロテスクなことになっていた。もしかしたら骨が見えているんじゃないかと言うくらいの大やけど。皮膚は溶けて、中の血肉が見えているような状態。


 優しい魔力が流れ込んできて、だんだんとその傷口は塞がっていくのだが、如何せん、傷が大きかったのかかなりの時間がかかってしまった。聖女であっても、同じぐらい時間がかかったのだろうか。それとも、聖女が特別で、あの魔法は治癒に特化しているのだろうか。

 完全に元通りの手に戻り、私はその手のひらを見つめ、グーパーグーパーと繰り返し、それからフィーバス卿の方を見た。まるで、手間をかけて……と呆れているようだったが、その顔には心配の色が浮かんでいた。どれだけ心配かけたか、あの靄に包まれていた時間はどれほどだったのか。詳しく聞かないことには始まらないと思った。

 しかし、自分の手が戻ったことで、同じように傷を受けたアルベドは? と彼の方を見れば、私と繋いでいた方の手に黒いグローブをはめようとしていた。傷を隠す気だろうと私は走って、アルベドの手を掴んだ。




「な、何だよ。ステラ」

「傷、みせて」

「ねえよ、そんなもん」

「私があったんだから、アンタにもあるはずだし。てか、誰もアンタのこと治癒してくれないんだから、アンタの傷が塞がっているはずないのよ」

「……」




 アルベドは自分の弱いところを隠す癖があるんだな、と私は瞬時に見抜き、彼の手を捻りあげるようにして覗き込んだ。アルベドは痛いと叫んでいたが、今はその痛みよりも、手のひらの痛みの方が痛々しいに決まっている。




「やっぱり……」

「みんなよ。気持ち悪いだろ」

「痛いでしょ。治してあげるから、ジッとしてて」

「……おい、反発がまた起きたら」

「大丈夫。分かったじゃん。さっきので。だから、私を信じて」




 アルベドの手のひらも私の手のひらのように、骨が見えそうなほどの大やけどを負っていて、真っ黒に焦げていた。止血しているものの、ぐにょぐにょとした感触があり、このまま方っておいたら危険だということは誰が見ても分かることだった。それを、隠そうとしたアルベドは正気じゃないと。私だって痛いのに、アルベドも同じ人間で、痛覚遮断なんてしてないだろうからいたいに決まっているのだ。そんなところを隠す方が強がりに見えて格好悪いと私は思う。心配させないようにっていう配慮だってことは分かっているけれど、私にだけは弱みをみせて欲しかった。信じて欲しいから。

 フィーバス卿も駆け寄ってきて、よせ、と私を制止する。




「光魔法の人間が、闇魔法の人間の治癒なんて聞いたことないぞ。ステラ。アルベド・レイを思うならやめた方がいい。アウローラに応急処置でもさせる。それか、公爵邸に戻った方が早いだろう」

「大丈夫です。お父様。後で報告しますけど、あの靄を追い払ったのは私達の魔法なんです。光魔法と闇魔法は共存できます」

「何だと」

「話は、後でいいですか?このまま放っておくわけにもいかないので、アルベドを治療させて下さい。お願いします」




 一刻を争うわけじゃないけれど、もしこの傷がずっと残るなら。そのたび私は思いだしてしまうだろう。自分がいいだした方法でアルベドが傷を負って、それが残ったとしたら……アルベドはそれに対して何も言わないかも知れないけれど、私が嫌だから。アルベドの、自分がしたくてやった事だ、と変わらないように思えた。アルベドの気持ちが今ならちゃんと分かるような、そんな気がした。

 私は、フィーバス卿からはなれ、アルベドの手に自分の手をかざした。

 あの反発ははじめこそ本当に互いの魔力を押し返そうと殺意が籠もっていた。けれど、私達が問いかけるようにして魔法に訴えかけると、少しずつ、お互いを理解するように、光魔法と闇魔法が解けだしたのだ。


 光魔法と闇魔法は交わらない。それがこの世の理だった。また、それが決壊したらどうなるかそれも誰にも分からなかった。だからこそ、誰も試さなかったのだ。そうやって、光魔法と闇魔法は相容れない存在であると私達は思わされ、互いを毛嫌いするようになった。幸せばかりではいけない。悲しみもあってこそ、降伏がある。そう此の世界の神さまにいわれているように、それを受け入れて、幸せには悲しみも憎しみも必要である、とすり込まれてきた。

 けれど実際は違う。皆が皆笑顔になる世界なんてない訳だし、悲しみで溢れた世界なんてない訳なのだ。

 だから、光魔法と闇魔法は……私達が持っている先入観を全て取っ払った先に手を取り合えるものなのだと。反発なんて起きない、痛くも無い。混ざり合えば大きな力になると。協力し合うことでその境地に達せるのだと。




「アルベド、痛かったらごめん」

「結局痛いのかよ」

「信じてくれたら大丈夫。さっきみたいに……きっといける」




 怖くないわけじゃない。またアルベドを傷付けたらって。でも大丈夫だと自分に言い聞かせて、私は魔力を注ぎ込んだ。小さくパチッと音はしたけれど、その後はすぅっと透明な光が漏れ出し、アルベドの手を包み込んでいった。それを見て、フィーバス卿もアウローラも驚いて言葉を失っていた。けれど、アルベドだけは、嬉しそうに笑っていて、何だか気の抜けたように私の名前を呼んだ。




「ステラ」

「何?」

「やっぱり、お前を信じて正解だったな」

「でしょ?治癒できるって思ってたの。これ、皆に伝えて――あ、アルベド!?」




 傷がすぐに塞がったのは、わたしのこのからだが聖女のものだからだろうか。それとも、光魔法から闇魔法の治癒は早いのだろうか。そんなことを考えている暇もなく、私はアルベドに真正面から抱きしめられた。宙を切る手は行き場を失ってその場でふわふわとしているしかない。

 アルベドは私を抱きしめて、これ以上ないほど幸せだというように、ありがとな、と呟いている。治癒しただけなのに、大げさな、と思ったけれど、多分アルベドのありがとうは、それについてのことじゃないんだろうなと私は察した。

 彼の理想に一歩近付いた。ということなんだろう。彼が喜ぶなら、それしかないと思ったから。そう思うと何だか私も嬉しくなってきた。絶対に無理だといわれ続けてきた、その不可能を、可能に覆したその瞬間に立ち会えたのだから。

 私は、アルベドを抱きしめ返した。




「信じてたよ。私もアルベドを」





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