107 白と黒の透明な光
「嫌な予感しかしねえんだけど」
「まあまあ、私も初めて知恵を絞って出した方法なんだから試してみるのがいいと思うの」
「……いや、命の危険を感じるんだが」
アルベドは私からの提案を聞いてはくれたものの、聞いているうちに、その顔はだんだんと眉間にしわがより、異物を見るような目で見てきた。せっかく考えた方法なのに、試すしかないでしょ、と私は言うが、アルベドはあまり乗り気じゃなかった。別に、否定まではいっていないのだが、まだ成功したことの無いものに挑戦するというのはリスキーと考えたのだろう。
効率とか、利益とか考えるアルベドにとっては、ハイリスクなものは避けたいと。私だって、これが成功するとは思っていない。でも、可能性がないわけじゃないと思っているので試したかったというのが本音だ。
それに、これが成功したら、アルベドの理想もただの夢話じゃなくなるわけだし。
「やろうよ」
「……それしかねえならな」
「それじゃあ!」
「だが少し待て。もう少し、この空間について知る必要があるんじゃねえか?」
「もしかして、問題先延ばしにしようとしてる!?」
「してねえって……」
いや、このタイミングで言い出すってことは、私の意見に反対なんじゃない? と思われても仕方がないだろう。まあ、アルベドのことだし、それにアルベドのいっていることに一理あるわけだから、私もそれを蹴り飛ばして、自分の意見ばかりを優先することはできなかった。とはいえ、この空間にいたら、肉塊の中に居たときのように、苦しくて辛い思いをして、飲み込まれるんじゃないかと不安もある。だから、ここに長居し続けることは危険だと思うのだ。
それも、アルベドは理解しているはずだから、彼は何がしたいのだろうかと。
(まあ、この空間が、エトワール・ヴィアラッテアの怨念によって作り出されているってことは、彼女を倒して、世界を元通りにするための方法が見つかるかも知れないけど……)
彼女の心の中はできるだけ覗きたくなかった。どんな気持ちで、心境で私を陥れようとしたのか。彼女のドロドロとしたない面を見てしまったら、普通に戻れる気がしなかったから。それが怖いというのもある。
でも理解しな事には彼女を倒せないというのも一理あった。分かっている。怖いけれど知らなければならない。
アルベドも同じ気持ちなのだろうか。
「それって、エトワール・ヴィアラッテアを理解しようとしているってこと?」
ぽろりと漏れた言葉は本音で、アルベドは私の方を振返った。そりゃそんな反応になるのは納得で、私は、ごめん、といった。
アルベドは、別に、と返しながら何処か遠くを見ていた。その空虚な顔に、彼が何を考えているか分からず不安になる。星流祭の時に授かった人の心が読める能力というのは今私にはない。人の心なんて読めないほうがいいっていうのが本音だけど、読めたら読めたで理解できそうというものある。でも、結局そういう力に頼らずにその人の本音を聞き出すと言うことが一番大事なんじゃないかと思った。これも全部私の考えではあるけれど。
「いーや、知りたくはねえな。知ったところで同情できねえだろうし」
「もし、同情できたら?」
「何だよ。ステラ。俺があっちに味方するとでも思ってんのか?」
「味方するっていうか……もし、されたら困るな、とか思ってて。いや、エトワール・ヴィアラッテアにも事情があるのかなって。でも、それでも、私は……」
「何かはっきりしねえな。もっと、本音言っちまっても良いだろ?」
「うぅ……てか、アルベド、もしかして八つ当たりしてる?自分の過去が見られちゃったから、私に当たろうとか……」
「酷え、俺そんな風に見えてんのか。ああ、でも確かに知られちまったのは恥ずかしかったかもな。でも、だからといってステラのことを嫌いになるとか、傷付けようとかおもわねえ、格好悪いだろ?」
と、アルベドは笑った。
彼の言葉を聞いて、確かにそうだ、と納得した私は、アルベドの手を取った。私のいきなりの行動に、アルベドはビクンと身体を上下させた後「何だよ」と少しどもったような声で聞いてくる。
「ううん、安心したかっただけ。そうだよね。同情って簡単なことじゃないし、傷付けるかも知れない。アルベドなら、洗脳にかからないって何かそんな気がする」
「もっと信用しろよ、俺の事。頼ってくれると嬉しい」
「……珍しい」
「俺も不安なんだよ」
そういうとアルベドは私の手を握り返してきた。珍しい。アルベドは強いと思っていたからこそ、その言葉を聞いて彼も同じなのか、とそんな気持ちになった。アルベドでも不安になる事はある。だって人間だから。
彼の理想は果てしなくて、夢だって片付けられてしまう。それを達成するために一人藻掻いて、頑張っているんだ。不安になる事だってあるだろう。それに――
「ラヴィのこと?」
「は、いきなり何で、ラヴィなんだよ」
「もしかして、気にしているんじゃないかなって。きょうだいなわけだし。弟と距離が縮まったのに、また振り出しに戻ったこと……私だって、トワイライトと離れちゃって悲しいから。そういうのあるのかなって」
「……お前の想像だろ、それは」
「でも、そうなんじゃないかなって。私の想像だったとしても……私だって、ラヴィにあんな風に感情向けられたのいやだったから」
ラヴァインとは長いようで短い旅をした仲間だったけど、私の中にも少しだけ彼に対する思いがあったわけで、それが振り出しに戻ったのは嫌だった。
「やっぱり、早くここから出よう。エトワール・ヴィアラッテアのことは、こんな空間じゃなくて直接聞かなきゃ。ぶつからなきゃいけない気がする」
「そうだな」
「だってこれは、彼女から漏れ出たもの。だから、本当の彼女はこれ以上深い闇を抱えてるわけじゃん。い、いやだけど、今はここから出るのが最優先!」
私は自ら奮い立たせて、声を張り上げた。いきなり声を張り上げたものだから、アルベドは煩いと耳を塞いでいる。そんなアルベドを無視して、私は底知れない深い闇を見つめた。やることは先ほど話したとおりだ。
アルベドに私は手を差し出した。
「本当にやるのかよ」
「この方法がいいと思う。あと、アンタの理想、私が叶えてあげる」
「んな簡単に」
「私を信じて。私がアンタの星になる」
臭い台詞だと思った、我ながら。でも、そうして彼の気を引くことしか思いつかなかった。ちょっと面倒くさい女かも知れないけれど。アルベドは、紅蓮の髪をなびかせた後、黒い手袋を外して私の手を取った。その行動が、私達の間の壁を壊したみたいで、さらに私達の仲が深まった気がした。あっちがどんな風に思っているか分からないけれど。
「じゃあいくよ」
「お手柔らかにだな」
そういって手を握り込み、お互いに魔力を身体に集める。そして、結んだ手の隙間からバチバチと痛い音が鳴り出す。光と闇の反発。
手のひらが熱く、火傷するような痛みが走っていく。それだけじゃなくて、アルベドの魔力が私を押し返そうと、また、私の魔力がアルベドを突き放そうと藻掻いている。相容れない、水と油。それが、私達の繋いだ手のひらから漏れ出していく。
でも私達は手を離すことはしなかった。そうして、反発は大きくなっていき、私とアルベドを引き離そうとする。闇全体を巻き込んで、私達の間に白と黒の光がまたたきだす。
「離さない、絶対に離さないから!」
「ああ、そうだな。離してやるかよ。これは、俺の、俺達の挑戦だ――」
白と黒の光が私達を包んでいく。私達の周りを漂っていた闇がその力によって粒子よりも細かく砕かれていく。空が割れるような感覚を覚えながら、私達はお互いに感覚のなくなった手を前につきだした。
すると、先ほどまで喧嘩していた二つの光が混ざり合い、透明なものへと変化する。透明なのに、光っている、そんな目の錯覚を覚えるそれが私達の目の前ではじけ飛んだ。




