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105 星々




「アルベド……っ」




 名前を呼んだ。彼が、紅蓮が。あの赤い星が。


 苦しそうに、でも愛おしそうな声色に、胸が張り裂けそうになる。彼は最後何を思って死んだのだろうか。いや、私を思ってくれていることを分かっているはずなのに、そんなに思われてたなんて知らなかった。だって、出会いは最悪だったじゃん。今でも怖かったもん。人が死ぬことを当たり前と思うようにはなっていないけれど、それでも右も左も分からない乙女ゲームの世界に転生してきて、悪役だっていわれて、それで推しは元彼で……そんな時に殺人現場で出会ったアンタを怖いって思わないわけがなかった。今でも鮮明に焼き付いている。あれが良い思い出になる事はないし、一生のトラウマかも知れない。けれど、ああいう出会い方でも、私達はわかり合えたし、協力し合える、信頼し合える関係になれた。


 赤い魔方陣が、彼の血を吸い取るように染まっていく、赤く、紅く――

 その中心で悶え、苦しみ、助けを求めるように叫ぶアルベド。絶叫が響く。やめてといっても、過去に起こった出来事をどうすることもできず、目を閉じればいいのに、それもしないで焼付ける。


 これは、私の罪なのかも知れない。いいや、罪だ。罪なのだ。私は、アルベドを……

 それでも、自分の中の一番が輝く黄金であることには変わらなかった。もっと早く出会っていれば、アルベドを好きになったのだろうか。分からない。

 比べたくはないし、比べる理由も、比べようもないけれど。ただ一途に彼らは思い続けてくれた。




『エトワール』

「アルベド」

『お前は俺の、唯一の理解者だ。俺が見つけた希望、星なんだよ。俺だけの星……だから、お前を忘れるなんて絶対に嫌なんだよ。何度死んでもな、お前の記憶だけは手放してやらねえ。絶対に』




 自分の頬に爪を立て、アルベドは、苦しみながらもそう言う。私に届くはずもないその言葉を吐いて、血を吐いて。それでも彼は、星に手を伸ばすようにして血だらけの手を挙げる。

 彼の身体を魔方陣が蝕む。

 死よりも辛い苦痛が彼には与えられているのかも知れない。彼の身体は何千回も何万回も死を味わっているのかも知れない。ベルがあの時、すれ違い様に怖いことを言っていた。一度死ぬくらいじゃ物足りないって。だから、その死を乗り越え、苦痛で、自我が保てなくなりそうになっても、アルベドは耐えたんだ。


 何万回の死を。

 何万回の生を。


 あの暗い空間の、魔方陣の中で。ろくに動くこともできず助けても貰えない。自ら飛び込んだ火の海で、藻掻いて、叫んで、耐えて、耐えて、耐えて。

 私だったら絶対に無理だ。神さまに助けてといってしまうだろう。命をかける覚悟は私にはない。でも、彼にはあるんだと。それを見せつけられているような気もした。

 彼の身体に棘が刺さる。魔方陣はありとあらゆる方法でアルベドを、何千も、何万も殺す。あそこでは自己再生の力が発動しているのかも知れない。あの魔法をどこで見つけたか分からないけれど、アルベドは発動させた。もしかしたら、あの魔法を発動させるために、全魔力を使ったのかも知れない。色んな憶測が飛び交って、私の頭の中はこんがらがる。


 私の為……




『死んでも、お前に付きまとってやるからな。エトワール。忘れてやらねえ。お前が忘れても。俺は、俺の星を地に落としたりはしねえ』

「……」

『……そのためだったら、何回でも死んでやる。こんな苦痛も……エトワールに選ばれないことよりも、拒絶されることよりも痛いって感じねえよ」




 カハッと、血の塊を吐き出す。

 そうやって自分を奮い立たせているのだろう。ここで行われていることは数分かも知れないし、数時間かも知れない。

 私が処刑された後か、その直後で行っている。私の処刑は彼は見ていない。それなら、少しだけ心が救われる気がした。これだけ思ってくれている人が、私の死を目の前で見たらどう思うだろうか。実際に、その人がいたわけで、その絶望からつけ込まれてしまった。

 だからこそ、正解といえば正解だったのかも知れない。




「……正解なんかじゃないよ。こんなの」

『星……』

「正解じゃない」

『俺の唯一の道しるべ』

「正解にしないで」

『輝いていてくれ、ずっと……エトワール』




 そういってシャボン玉は弾けた。

 私は弾けて数秒、数分、数十分か動けなかった。

 知ってしまった、見てしまった。ベルに言われたときですら衝撃を受けたのに、こんな風に彼が苦しみ、死んで、そして私に会いにきてくれたことを知ったから。

 立ち上がれないはずは彼なのに、私は一歩を踏み出す勇気がなくなった。どんなかおをして彼に会えばいいだろうか。

 彼が数週間来なかったぐらいで、何だというのか。彼は、彼は――




『動くな』

『初めまして、暗殺者さん。いや、公爵家の公子……アルベド・レイっていった方がいい?』




 二度目の出会い。

 シャボン玉ではなく、私の頭に直接映像が流れ込んできた。

 それは、二度目の出会い。あの最悪な出会いをやり直した時のこと。




『ステラ』

『ステラ?』

『うん、私の名前』

『………………ステラ、か』

『何?』

『いいや、何も。んじゃあ、ステラ。もうあうことはねえと思うが、気をつけて帰れよ』

『もうあうことはないって、会えるわよ。きっと』

『ああ?』

『会える。会いに行く』




「見つけた、星を」




 星はまだ落ちていなかった。


 ぷつんと切れた映像。私はうっすらと目を開けた。すると、暗闇の中で、赤い何かが光っていた。

 あれが、星なのだろうか。一等星? 一等星じゃないかも知れない。赤色の星……

 コツン、コツン、と何かが歩いてくる足音が聞えた。私は抵抗する気も、それを確認する気もなくて、ただその場でうずくまっていた。ごめんなさい。




「ごめんなさい……」

「何に対して謝ってんだよ」

「……ごめんなさい」

「ステラ」

「ごめんなさい」

「エトワール」

「……っ」




 サッと差し出された手に私は思わず顔を上げてしまった。あげれば、そこにいるだろうって分かっていたのに、私はあげざるを得なかった。だって、彼が私の名前を呼ぶから。




「なーに、辛気くさい顔してんだよ」

「アルベド……」

「ああ、アルベドだな。アルベド・レイ。自分でいうのも何だが、公爵家子息、時期公爵……アルベドレイ公爵子息。馬鹿みたいな理想と夢を追いかける男」

「……私のみせている幻?」

「んなわけねえだろ。つか、ステラは俺を追ってここまで来てくれたんだろ?ありがとな」




と、アルベドにいわれ、私はもう一度視線を下に落とした。ありがとうなんて言われる筋合いは全くない。寧ろ謝り倒しても許されないだろうに。彼は何故いつも優しい言葉をかけるのだろうか。


 私が彼の星だから?


 そんなの分からない。星になれてないよ。

 私が拒絶して首を横に振れば、悩ましいため息と共にアルベドが私の頭を撫でた。




「俺の見たんだろ」

「……」

「俺の記憶。前の世界の」

「……ごめん」

「謝ることねえよ。あーあ、墓場まで持ってくつもりだったんだがな」

「……」

「落ち込むなよ。いつもいってるだろ。俺がやりたくてやった。全部俺の責任だ。お前が悔やむことねえよ」

「それでも、アンタが私に出会わなければ、そうならなかった」

「だったら俺はずっと暗闇の中走っていなきゃいけなかった」

「……」

「だろ?俺の星」

「…………」

「顔を上げろよ。お前らしくねえ」




 アルベドは再度私に手を差し伸べた。

 こんな優しさに縋っていたら、私はダメになってしまう気がした。ここまで彼を突き動かしてしまった。彼が攻略キャラだから? ううん、違う。彼は生きている。そこで生きている。彼が考えて、そうして、私を星だっていってくれた。ただそれだけのこと。




「アルベド」

「何だよ、エトワール」

「アンタのこと何も知らなかったかも」

「俺も、お前の事何も知らねえよ」

「うん」

「お前が、どうして皇太子殿下をそこまで好きなのか。俺とそこまで変わらねえだろ。出会った時期は」

「ううん、ごめん、もっと前」

「そう」

「……だから、ごめん」

「別に怒ってねえよ。知らねえ。知らねえから、教えて欲しい。俺はしつこいからな。好きな女のこと知りたいっていう強欲さがあんだよ」




 そういうとアルベドは、私の手を無理矢理引っ張った。そのまま私は立ち上がり、泣きはらした顔を彼にみせるはめになった。




「ぷはっ、ぶっさいくな顔だなぁ。おい」




 でもそこには、安堵感に包まれた彼の幼い笑顔があった。





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