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104 紅蓮の記憶




 バチバチ! と何かがスパークする。しかし、その反発はどうもアルベドのものではないような気がして、私は顔をしかめる。

 どういうことだろうか、底にアルベドがいるはずなのに。もしかしたら、エトワール・ヴィアラッテアの念が妨害してきているのかも知れないと。私はそう思い、さらに手を伸ばした。指の先から焼かれていくような感覚におそわれる。このまま手を伸ばし続ければ、身体も焼けてしまうかも知れない。闇に手を伸ばしても、その反応は返ってくることがない。どうして、なんでいないのか。

 本当に意味が分からなかった。あの靄は何なのか。アルベドは飲み込まれてしまったのかとか。




(ううん、アルベドは大丈夫。こんなんでやられるような人じゃないから)




 そう信じるしかなかった。私の信じた紅蓮が柔じゃないことを。私が信じてあげないと誰も信じてくれないような気がしたから。




「……ッ、アルベド、お願い、返事をして!」




 私は暗闇の中問いかける。

 あの肉塊にいるときよりもさらに深い闇。同じ黒のはずなのに、その黒の中に怨念が詰まっているようなそんな感覚がするのだ。これら全て、エトワール・ヴィアラッテアのものだったら……どれだけ彼女は抱えているのだろうか。だからといって、人の幸せを奪った人が幸せになれるわけがないのだ。

 そう、私は思ってる。

 負けない。




「……えっ」




 そんな風に魔力を流し込んでいれば、急に開けた場所に出てきた。真っ白な空間。いや、目の前が白くなっただけで、周りはまだ暗闇に包まれていた。

 前にこんなことがあったなと思い出す。リースの時だったか。相手の記憶が見えるようになってしまったという現象。目の前にふよふよとシャボン玉が浮く。その中には、アルベドの姿が映っていた。




『……クソッ』




 壁に思いっきり拳を打ち付け、項垂れている彼の様子。夜の光が降り注ぐ塔の中? で、彼はくしゃりと髪の毛を掴んでギリギリと歯を噛み締めていた。




「アルベド……?」




 それがいつのアルベドのなのか、次の言葉が出るまでは分からなかった。ただ、とても悔しそうで、悲しそうで、初めて泣きそうな彼の顔を見た。誰がそんなかおをさせているのか……そう考えていれば、彼の口から私の名前が出る。




『エトワール……』

「私……?もしかして……」




 場面は変わる。私に見せつけるかのように流れたその映像は、私の処刑前夜のものだった。

 アルベドが私の為に助けに来てくれたのに、巻き込みたくない。もう放って置いてっていう思いから彼を拒絶してしまったときのこと。




『それで、何しにきたのよ……』

『いっただろ、助けにきたって』

『誰もそんなこと頼んでないじゃない』

『……俺がしたくて、してる』




 暗がりで、彼の顔がよく見えなかった。あの時も、こう……泣きそうな顔をしていたんだと。

 気付けなくてごめんという気持ちが、とても強くなる。彼は記憶があるわけで、私の拒絶を全て無かったことにはできないだろう。彼はずっとその胸に傷を残したまま生きている。それでも、私を受け入れてくれているのだ。




『迷惑なのよ』

『エト……』

『私は逃げない。いいの、私が殺した。私が台無しにした。私が悪い。私が、偽物聖女なのが悪いの。もう、罪は消えない。これは私だけの罪だから。アンタが背負う必要ない』

『エトワール、なあ……っ』

『もう、いい。帰って。アンタの顔なんて見たくない。大嫌い。帰って。もう二度と、私に関わらないで。私は、ここで死ぬから』




 我ながら、よくあんなに酷い言葉を言えたものだと思う。冷静になれれば、もっと違う言葉が出たかも知れない。でも彼と逃げていたら、彼を苦しめることになりかねない。だから、結局はあれが正解だったんじゃないかと自分を正当化してしまいそうになる。




『ああ、そうかよ。勝手にしろ』




 二度も彼からそんな言葉を聞くとは思わなかった。過去の私に言っているんだとしても、それは私に向けられた言葉だった。私はそれを噛み締めて、先ほど浮かんでいたシャボン玉に目を移す。




『クソ……俺は』

『兄さん』




 彼に声をかけたのは、弟のラヴァインだった。そう言えば、ラヴァインとの約束も全く守れずにいたのなということを思い出したのだ。

 ラヴァインも心配してくれていた。彼らがどんな会話を交して、どんな風に私の死を見届けたのかは知らないけれど。私の知らないところで、悲しんでいたのだろう。




『エトワールに会いに行ったんじゃないの?』

『拒絶された』

『拒絶されたって。俺も手伝ったじゃん。兄さんのこと信じてたのに……』

『は?』




 アルベドは、ラヴァインの胸倉を掴んだ。

 アルベドの魔力を持っても、地下牢に来るのはかなり骨が折れるのだろう。そして、厳重な結界を、警備をかいくぐるには、ラヴァインの魔力も必要だったと。多分一回こっきりの命がけの救出作戦を彼らの間で立てていたんだと思う。けれど、私が拒絶したことによってそれがダメになった。

 ラヴァインはただ失敗しただけだと思ってアルベドに詰め寄ったが、私から拒絶の言葉を聞いた彼がそうではないと怒りをぶつける。怒りの矛先を向ける相手は違うのに、ぶつけるのはラヴァインしかいないと。




(私のせいか……)




『俺だって分からねえよ。エトワールなら、俺の手を取ってくれると思ってた。俺は覚悟を持って彼奴にいった。国を追われることになっても、爵位を剥奪されても。それでも俺は、彼奴を守るってそう覚悟していた!』

『兄さん……』

『それを、エトワールが拒んだんだ……俺達にはもう何も出来ねえよ』

『処刑日に、助けることは?』

『しねえ。もう俺の手なんて取りたくねえんだろ……エトワールは、自ら死を選んだ。分かってるよ……』




 そういってアルベドはラヴァインを突き放すように歩いて行く。

 そこでシャボン玉が弾け、私は反射的に目を閉じた。

 何も知らない。私のあの言葉が彼らにどんな影響を与えていたかなんて。知るはずもなかった。けれど、こうやって、悪いとは思いつつ彼らの過去を、記憶を見て、私の選択は正しかったのだろうかと思ってしまう。もっとやれることがあったんじゃないかと。

 私がもっと機転を利かせることが出来る人間だったら。私がもっと魔法について熟知していれば。もっと、私は偽物じゃないっていっていれば……

 全部過去の事だ。変えられるわけじゃない。

 だから、今変わろうとしているんじゃないかと。




「……言い訳かもだけど」




 そう言いつつ私が再び顔を上げると、また大きなシャボン玉が私の目の前に浮かび上がった。そこには、儀式場のようなところに、赤い魔方陣が描かれており、その中心にアルベドがいた。

 彼の魔力によって浮かび上がったものだと思っていたが、目を凝らせば、それが血で書かれた魔方陣だということに気づく。




「な、何これ……ッ」




 ラヴァインと別れた後なのだろうが、底には手から血を流し、まるで命をかけてその魔方陣を描いているような姿のアルベドが立っていた。ふらふらとぎこちなく歩き、魔方陣を書き終えたところで、息を吐く。今にでも倒れそうな彼は、踏ん張って悲しそうな笑みを浮べている。

 そこで、私は彼が何をしているのか、気づいてしまった。




(ベルがいっていた……記憶を保持する方法……?)




 アルベドだけが偽物の世界が偽物だって、前の世界の記憶を覚えていた。でも、それは代償が必要で、彼はその為に死を選んだと。それが、この儀式だったのではないかと思った。




「アルベド、ダメ、お願いやめて!」




 もうすんでしまったことだけど、過去の事だけど、目の前でアルベドが死ぬ恐怖に、絶望に耐えられなかった。そこに追い込んだのは私のはずなのに、ダメだと手を伸ばす。しかしシャボン玉をすり抜けるばかりで、そこに映るアルベドには手が届かない。

 床に書かれた魔方陣が赤く光り出す。魔道士の命を吸い上げるような赤い色に変わり、爛々と生き生きと輝き出す。発動したのだ。魔道士に死をもたらす魔法が。




『エトワール』

「……っ」




 その時だった。かすかに聞えた彼の声。シャボン玉の向こうのアルベドが、私の名前を呼んだ。





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