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97 俺が惚れたから




 もの凄く重い雰囲気。


 どうしたらこんな雰囲気に、空気感になるのか教えて欲しいぐらい、緊迫していた。

 私とアルベドは隣同士で座り、その前に、フィーバス卿がドンと構えている状況。そして、後ろにはアウローラがいる。メンツも謎なのだが、誰も何も話さないこの状況が、本当に息苦しくて、喉に何かが詰まっているような空気感だった。




「ちょっと、アルベドから何か言ってよ」

「言えるような雰囲気かよ」

「言わないと、認めて貰えないでしょうが!」




 昔だったら、こんな風に、僕にお嫁さんを下さいとか言うために、男性がーとか……いや、古いんだろうけれど、実際それと一緒。この世界にそういうものがあるか分からないがフィーバス卿に承諾を得ないことには何も始まらないだろうと思った。

 アルベドと私の中では完結したが、それを、フィーバス卿に伝えなければならないという地獄は残っていた。そして、今まさにそれ。

 アルベドも、言いにくそうに私の方を見るばかりで、私に言えと言っているのか、コツンと私の肩をつついてくる。だから、こっちもやり返してやったしで、そのまま何も進まない。しびれを切らして、フィーバス卿がダメとか言い出したらどうするんだと私はひそかに思っているが、まだ、そんな空気ではないようで安心した。とはいえ、この空気感が続くのは辛すぎる。




(早くいってよ、もぉ……)




 分かってる。アルベドも、フィーバス卿が苦手だってこと。フィーバス卿が怖いのは、私もそうだし、この手の話題に、彼が敏感なことも、理解している。だから、私から言うのも辛かった。




「おい、何か言え」

「お、お父様」




と、最初に口を開いたのは、フィーバス卿だった。もしかして、しびれを切らして云々かんぬん? と思っていれば、ちらりとフィーバス卿は私の方を見た。私は、表情筋が固まって

何も言えなかったので、そのまま視線はフィーバス卿に移る。本当にひやっとした。ユニーク魔法を使っているわけでもないのに、心臓が凍るようだった。


 確かに、今の状況では、誰がどう固まっても仕方がないし、心なしか、部屋の温度が低い気がする。顔に出ない分、彼は漏れ出る魔力に感情が映り込むようで、フィーバス卿が何を考えているか大体分かる。というのは、どうでもよくて、寒くなってきたので、早くこの場から逃げたい一心だった。




「フィーバス卿、ステラとの婚約を認めて下さい」




 はい、よくいった!


 心の中で拍手を送りつつ、問題は、この後なんだ、と私はフィーバス卿の方を見る。一応、頷いて、同意ですという意思だけは伝える。アルベドも、言うのに相当戸惑っていただろうなと言うのは容易に想像できるので、私は黙っておく。




「ステラとの、婚約か」

「はい」

「ステラのことを大切に出来るのか?貴様が」

「はい」

「……」

「…………」




 耐えがたすぎる空気感が続く。早くこの場から逃げたい、逃げたいと、身体が叫んでいる。だが、意に反して、その場に氷付けにされたように動けない私もいるわけで。

 フィーバス卿の答えを待つしか無かった。

 アルベドなら、許して貰えると思ったのだけれど、これとそれとは話が違うようだった。フィーバス卿の後ろに控えている、アウローラも何も言わないし、珍しく、彼女の表情は動いていない。こういうの、楽しみそうな性格をしているのに、フィーバス卿がいるから猫でもかぶっているのだろうか。




「貴様が、どれほどステラを思っているか俺には分からない。だが、ステラを利用しようとしているのならやめろ。いや、俺が許さない」




と、フィーバス卿は低い声で、唸るように言った。その透明な青い瞳と、気迫から、もしかして私達の会話が盗み聞かれていたんじゃないかと恐怖に包まれる。でも、アルベドの厳重な魔法を破ることが果たして出来るのだろうか。いやフィーバス卿なら出来るかも知れない。


 いや、そもそもに、盗み聞いていなくても、フィーバス卿ならその答えにたどり着くかも知れないと私は思った。どうするべきか。

 私と、アルベドが婚約した理由が、アルベドの理想……ということがバレていたとしたら、フィーバス卿は許さないかも知れない。だって、そんな……フィーバス卿からしたら、闇魔法と光魔法が手を取り合える世界を創る為の、第一歩。エゴに巻き込まれた、可哀相な娘、という風にうつるかも知れないから。

 私は、アルベドの方を見た。アルベドは、狼狽えはしなかったし、驚いた様子もなかった。もしかしたら、彼もそれがバレることを勘付いていたのかも知れないと。

 私だけがまた取り残されている。




「何のことでしょうか」

「とぼけるのか。この場で」

「いっている意味が分かりませんが?俺は、ステラのこと、心から愛してますけど」




 アルベドは、少し挑発的に笑った。何故、そんな風に笑って言えるのか謎だったが、彼も彼で、何か策があるのかも知れない。私が何か言えたことはないし、アルベドに巻かせるしかないのだ。と思っていれば、フィーバス卿がこちらを向いた。




「ステラはいいのか」

「え、えっと、私ですか。私は、アルベドとの婚約には賛成で……」

「こいつに利用されるとしても?」

「……あの、私も言っている意味が分かりません」




 私がそう返せば、はあ……と大きなため息をつかれる。ごめんなさいね、こんな娘で! と叫びたいが、気分を害してしまうと不味いので、口を閉じる。

 今のは私の意思を確かめるために、聞いたのか。それとも、私も疑われているのか。どちらにしても、今の目は……冷たくて。




(前世のこと思い出す、いやだなあ……)




 親に向けられる冷たい目。私のことを、娘だって、そもそも家族だって思っていないような目。お前さえいなければって思ってしまう。そんなマイナスな気持ちになってしまう目を。

 私は思いだして辛くなり、俯いた。

 フィーバス卿からすれば、私もアルベドの共犯者で、自分を巻き込んだのは、私達のエゴのせいなのだ、と思っているのかも知れない。さきほどよりも、空気が重っ苦しくなる。




「ステラは関係無いです。俺が、ステラに一目惚れしてた。でも、公爵家の養子にしちまったら、結婚できねえだろ?だから、アンタを頼った」

「……」

「ステラは何も関係無い。俺が俺の意思で、アンタの所に、ステラをよこした。それだけの話だよ。まあ、アンタの考えているように、ステラと結婚できりゃあ、闇魔法と光魔法が結婚したっつう、前代未聞の関係にはなれるがな。娘のこと、信じられないようじゃ、父親っていえねえんじゃねえか?」




 アルベドはそう言うと鼻で笑った。ピキッと、フィーバス卿の周りの空気が固まる。嫌な感じがして、私は膝の上の拳をギュッと握った。アルベドがわざと、挑発するようにいったのは、私から関心を逸らすためだろう。けれど、あまりにリスキーすぎた。アルベドが、それじゃあ悪になってしまうから。




「俺が、ステラのことを、信じていないと?」

「そうだよ。アンタは、俺だけじゃなく、ステラも疑った。どうせ、共犯者だとでも思ったんだろう。だが、残念だな。その推理は外れだ。ステラが、知ってるわけねえだろ」

「……」

「アンタは、外の世界にでれねえから知らねえかも知れねえが、人を信じること、覚えた方がいいぜ。疑うより先に、こいつなら信じれるって奴、一人ぐらい作っておかねえと。寂しいだけだぜ。クソ老害」




 勝ち誇ったような笑み。まるで、自分にはそんな相手がいるような発言。アルベドだって、人のこと信じていないのに、と私は思って彼を見れば、彼の満月の瞳と目が合った。

 ああ、違う。ううん、違う。私だ、アルベドがいっているのは私のことだろう。

 私だって、今誰も信じられないし、頼れないけれど、彼がいる。だから今ここにいるんだと思った。

 私の周りには、人間不信の人が多いし、災厄の性で皆疑心暗鬼になってるかも知れない。でも、その中でも、信頼できる人はいると。アルベドは、挑発と、自分の過去との決別もかねていったのだろう。それが、フィーバス卿に刺さった。




「……アルベド・レイ。いいたいことはそれだけか」

「ああ、そうだよ。ステラは関係ねえ。俺が、ステラに一目惚れした。俺が、ステラを欲しいと思った。アンタの娘を、欲しいって、そういってんだよ」

「……ステラは」

「…………私も」




 振られた言葉に対して、私はすぐに答えようとした。でも、ピタリと身体がとまって張り付いた言葉が喉から出てこなかった。


 アルベドがいい……


 そう言えればいいのに。今、この状況だったらそれをいうのが正しいのに、頭をよぎった彼のせいでそれを言えなくなった。

 いったら嘘になる。

 分かってるけど、いわないと進まない……分かってる。フィーバス卿を騙すことになるかも知れないし、蓋をする事になる。


 考えないで。

 いえ、いって、いうんだよ、私。


 私は、ギュッと爪が食い込むぐらい拳を握って真っ直ぐと前を向いて口を開いた。




「……私も、私を選んでくれたアルベド・レイがいいです」





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