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95 夢を見させてくれ




「……」

「…………」




 自室に連れてきたはいいものの、アルベドは一言も喋らなかった。先ほどの、フィーバス卿の言葉が響いているのか、怒っているのか、私と顔を合わせようとしない。私だって、そんな顔されたら、いい気分にならないのに、彼はずっとむすくれている。先ほど、私に、婚約を申し込んできた人と思えない態度だった。




(ほんとわけ分からないんだけど……)




 こっちから、聞こうにもなんて切り出せば良いか分からなかった。婚約を申し込んできたわけがきっとあるはずなのだ。もしかしたら、一週間……じゃなかったけれど、時間をくれと言ったのは、これが理由だったんじゃないかと、今になってそう思えてきた。

 心の準備は、アルベドであっても必要なんだ、と。そう思いながら私は、目の前の紅蓮を見つめることしか出来なかった。

 まあ、これはあくまで私の憶測でしかないし、実際彼が何をしていたかなんて私は知らない。だから、本人の口から聞くしかなかった。




「それで、その、いきなり婚約っていったわけ、聞かせてくれる?よね……防御魔法かけたみたいだし。外に漏れることはないだろうから」

「そーだな」

「機嫌悪い?」




 機嫌悪い相手に、機嫌悪いなんて聞いても、機嫌悪いとしか返ってこないだろう。それは分かっているんだけど、もう、不機嫌ですと顔に貼り付けたような顔で態度でいるものだから、私も困ってしまう。アルベドなのに、アルベドじゃないみたいな。どう話し掛ければ良いか分からなかった。彼の好感度は、この間から下がっても、上がってもいないからいいけど。




「あの、クソ老害のせいで、機嫌は最悪に悪いが、お前の顔見たら、そうでもなくなってきた」

「いや、普通に機嫌悪そうなままなんですけど……」




 老害なんて、まだそんな年じゃ無いだろうと思う。フィーバス卿は貫禄はあるけど、老けて見えないし、そもそも四十台くらいでそうだったら、世の中老人だらけになってしまうだろう。アルベドの口の悪さは、まあいいとして、機嫌が少しでも直ってくれたらそれでよかった。本題に入って欲しいところだけど。




「もう一回聞くけど、なんで私に婚約なんて申し込んだの。意味あるの?」

「意味があるからしたんだろうが」

「アンタにメリットがあるのは分からないでもないけど」

「お前の考えてるメリットは、メリットじゃねえよ。違うことだ」




と、きっぱり切り捨てられる。確かにちょっとは、恋愛感情かなあと思ったけれど、アルベドはそれを蹴っ飛ばした。


 一体何だというのだと、当てが外れて私がむすくれていれば、アルベドは、髪の毛を掻きむしって、結んでいた髪の毛を一旦ほどいた。




「あーかたっくるしくて、気が滅入る」

「ほんと、さっきまでと態度違うんでけど!?」




 まあ、アルベドが堅っ苦しいのが苦手なのは分かっていたが、緊張がほぐれたのか、素に戻ったところで、何となくこちらの気も少しは晴れた。はじめからそうしてくれればいいのに、彼はずっと難しい顔をしていたし。




「それで、ねえ、それで、何でなの」

「わーった、分かったよ。言えば良いんだろう」

「なんで、私そんな風に言われなきゃいけないの?一応、婚約申し込まれた側なんですけど!?」




 言い合いになってしまうのも、懐かしく感じるほどに、彼と離れていたと言うことだろう。何だかいつも通りという感じがして好きだ。

 アルベドは、髪の毛を結び直しながら、ぽつぽつと話し始めた。




「お前が思ってるとおり、一週間っつったのは、時間が欲しかったからだよ。まあ、何だ。こっちにも心の準備が必要だったわけだ。一応な?フィーバス卿の前で婚約を申し込むんだ、それなりの覚悟無きゃ、信じてもらえねえだろう」

「確かに、お父様、そう言うところは煩そうではあるけど……」

「だろ?で、まあ、色々準備してたら一週間以上経っちまったってわけだ。そこは悪かったと思ってる」

「経緯は分かったけど、肝心なところが抜けてるでしょ」




 私が突っ込めば、アルベドはまた言いにくそうに視線を逸らした。




「言わなきゃいけねえのか?」

「いや、そのために、こうまってるんだけど?」

「はあ」

「なんでため息!?」




 それも、もの凄く大きなため息をつかれた。本当にこっちのみにもなって欲しいと。そりゃ、裏のある婚約の申し込みなんだから言いにくいこともあるだろう。でも言ってこそ、話が進むというものなのだ。そこを、話さないで、何を話すというのだろうか。




「まーつまりはだな……つか、お前、俺の理想の話知ってるだろ」

「光魔法と、闇魔法が手を取り合える世界……貴族社会をぶっ壊す的な」

「ま、ざっくり言うとそうだな。で、だ。ここまで言えば分かるだろ?」

「全然」

「いや、マジでお前なあ…………だーかーら、俺とお前、闇魔法と光魔法。そこがくっつくつぅことはだな。前代未聞なんだよ」

「確かに、聞いたことないかも……」

「分かるだろ?」




と、半場無理矢理分からされたような形で、私は頷く。


 つまりは、私と、アルベドが婚約関係になれば、アルベドが目指していた理想に一歩たどり着けると言うこと。光魔法と、闇魔法は手を取り合って生きていける存在だって証明することにもなると。でも、この問題点は、世界が元通りになったとき白紙になると言うことだ。それを、アルベドは知っている筈。




「でも、それって」

「まあ、この作戦つーか、婚約にはもう一つ意味がある。公爵家と、辺境伯つう大きな盾ができる訳だ。あの偽物も手を出しづらくなるだろうな。皇族といえども、俺達二つの大きな貴族を敵に回すことは嫌がるだろうしって話だ」

「た、確かに」




 エトワール・ヴィアラッテアが私達に手を出しにくい状況になれば、冷戦状態になりつつ、身体を取り戻す作戦を練る時間が増えると。確かに、アルベドの言うとおりだと思った。そう思えば、これは、世界を元に戻すための有力な作戦となるだろう。

 そのために……といういい方はいけないのかも知れないが。




「お前には何もメリットねえだろ?まあ、問題は、あの老害が許してくれるかどうかだが」

「お父様はきっと許してくれる。でも、アルベドはそれでいいの?」

「何がだ?」

「だから、その、世界がまき戻ったら意味なくなる訳じゃん。この婚約は無駄……ではないけれど、作戦の一つだって。だから」

「いいんだよ、別に」




 アルベドは私の言葉に重ねるように言った。

 何だかそれが、強がっているように見えて痛々しかった。でも、それを私がとやかく言う資格はないと口を閉じる。だって、アルベドが立ててくれた作戦なんだから。




「少しぐらい、夢見させてくれてもいいだろ?それに、この方法が上手くいけば元に戻った世界でも、役に立つだろう。無駄じゃねえよ」




 そう言って、アルベドは垂れた髪の毛を耳にかけた。

 本当に、どれだけ私の為に動いてくれるんだろうか、と嬉しい反面少し不安になる。彼にここまでして貰ってもいいのだろうかと。彼はメリットはあるといったが、本当にアルベドにメリットがあることなのだろうか。

 アルベドの理想をしているからこそ、まき戻るにせよ、少しでもその理想に近付きたいという気持ちが分からないわけでもない。彼の理想が叶その時を、隣で見たい気持ちもある。だからこそ、本当にそれでいいのかと思ってしまうのだ。

 それに、『夢を見させてくれ』というのが、何処か引っかかってしまう。彼が夢見がちなタイプじゃないことを知っているからこそ、その言葉に引っかかりを覚えてしまったのだ。いや、目を瞑ってあげてもよかったのかも知れないけれど。




「ありがとう、アルベド。私の為に」

「いーや、俺の為でもあるから別に感謝される筋合いはねえし」

「本当にそれだけ?」

「あ?」

「いつも、私の為だってやってくれるのは嬉しい。でも、アルベドのさっきの言葉引っかかったの。夢を見させてくれって、アンタが夢見がちなタイプじゃ無いって思ってるから。私にはとってもメリットがあるけど、アルベドは?」

「言葉の通りだよ。夢を見させてくれって」




 そう言って、アルベドは何処か悲しそうに私の方を見つめる。




「かなわねえものを、一時的にでも手に入れたいって思うことは、そんなに悪いことなのかよ」

「……っ」




 多くは語らなかった。でも、何となく分かった。私は、それに応えることも、叶えることも出来ないからこそ、彼はそれ以上言わないのだと思った。




「夢を見させてくれよ。それが、この偽物の世界でたった一瞬だったとしても」




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