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81 黄金の毛玉




 犬? 犬だよね……ポメ…………ポメラニアン? この世界に!?

 いや、犬ぐらいいる。きっと、ポメラニアンだっている。




「ポメ……え」




 寝てる?

 黄金の毛をしたもふもふとした生物がそこに横たわっていた。見た感じ寝ているのかと思って触れようとしたら、何だか不規則に呼吸をしているようだった。




「あれ、怪我……してる?」




 悪いと思いながら、動かしてみると、ポメラニアンの腹が少し切れていた。鋭利なものでさかれたような傷があって、私はぎょっとする。もしかして、辺境伯領外からここまで逃げてきたのだろうか。じゃないと、怪我なんてしないだろうし……これがもし、何者かによってつけられた傷であるなら。




「ステラ様、どうしました。げ、犬」

「げ、って何よ。怪我してるから、治療したいんだけど」




 私が、そうアウローラにいうと、何を言うんだといわんばかりに目を丸くしてきた。可笑しなこと言ったかなと首を傾げていれば、アウローラにため息をつかれる。




「回復魔法使えますよね」

「あっ……」

「あっ、じゃないです。ほら、早くしないとそのちんちくりん死んじゃうかも知れないんでしょ?」

「酷いこと言わないでっ。小さい命は可愛いんだから」




 いっていることがよく分からなくなってきたので、私はポメラニアンを抱き上げて、ギュッと抱きしめた。腕の中に魔力が流れ、ポメラニアンの傷がだんだんと癒えていく。そういえばこの身体は、初代聖女のものだし、それなりに治癒能力があることを忘れていた。アウローラにいわれなければ気づかなかったかも知れない。自分でも馬鹿だと思った。

 これでよし、と私がポメラニアンの傷を治し終わると、目を閉じてジッとしていたポメラニアンがその瞳を開いた。




「あっ……」




 開かれた目は、真っ赤なルビー。毛の色と相まって、ある人が頭の中をよぎる。




「リース……?」

「キャンッ!」

「痛っ……!」




 目を覚ましたポメラニアンは、いきなり噛みついてきて、私の左手は噛まれた傷口から血がたらたらとあふれ出した。結構強めに噛まれたらしいと言うことが分かり、私の腕の中から飛び出たポメラニアンは、毛を逆立てて、まるで私に威嚇しているようだった。

 何か悪いことをしたのか。何だか、ファウダーを助けたのに、手を振り払ってきたブライトと同じようだと(まああれは違ったんだけど……)懐かしいような感じもした。怖くないし、無害のはずなのに。でも相手にはそれが伝わらないんだろうなと。




「怖くないから、こっち来て」

「ステラ様、手を出して下さい。そのままでは、菌が入ります」

「大丈夫だって。逃げちゃうし」

「いいえ!令嬢の身体に傷がつくのはダメです!それも嫁入り前の……」

「嫁入りじゃなくてもね……」




 私はそう言いながら、せっせと魔法で治癒してくれるアウローラを見ながら、スッとポメラニアンの方に視線を動かした。人間に傷付けられたのかも知れない。あまり懐いているような感じもしないし、警戒している。

 あのもふもふとした毛をもう一度抱きしめたいという欲求を抑えつつ私は治してもらった手でもう一度、ポメラニアンに手を差し伸べた。




「あの、ステラ様、もしかしてここで飼う気ですか?」

「ダメなのかな?お父様に聞いたら、許してくれそうだし……え、犬アレルギーとかあるの?」

「いえ、そう言うわけではないんですけど。ステラ様に噛みついてきた駄犬を……私は、お世話したくないですし」

「私がするから大丈夫!」

「即決ですね!でも、ほんと待って下さい。危険かも知れないのに……!」

「魔物じゃないなら大丈夫よ。癒やしが欲しかったからちょうど……ほら、おいで」

「キャンキャンッ!フーッ!」

「嫌がってますよ。諦めましょうよ、ステラ様。犬に言語は通じませんって」




 アウローラが呆れたようにいうので、私はそうなのかな……? と少し弱気になってしまう。前世で動物を飼ってみたいと思っていたけれど、推し活にお金を使いすぎて、動物を飼うことは出来なかった。後は、心が全て推しに向いていたので、愛せる自信がなかった。でも、今は癒やしが欲しかった。そんな人間の勝手な理由で飼われるのは嫌かも知れないけれど、その毛並みが、色合が彼にあまりにも似ていたものだから。




(リース様が犬のグッズ化したらこんな感じなんだろうなあ……ああでも、ポメラニアンじゃないかも!もっと大型犬で、凜々しくて……)




 リース様とは似ても似つかない短い足で、もふもふしていて、小さくて。でも、雰囲気がリースっぽかった。懐かない感じとか、警戒しているところとか。いや、まさかリースなわけないだろうし。だったら、私のこと覚えて……




「……」

「フーッ、キャン?」

「……おいで。怖くないから……何もしないから、おいで」




 私は大きく手を広げた。噛まれたことで、こっちも少し怖くて警戒していたけれど、警戒しているのが分かっていたから、あっちも警戒を解いてくれていないのではないかと思った。犬に歩み寄るという言葉が合っているか分からないけれど、心を通わせる方法はあるはずだと。

 そんな風に私が構えていれば、ポメラニアンは、その短い足で、てとてとと歩いてきて、私の膝に前足をちょこんとのせた。




「可愛い……」

「キャンッ!」

「可愛いっていうの嫌なのかな……でも、格好いいって感じじゃないし……」

「フーッ!」

「ご、ごめん。格好いい……かっこ可愛い!」




 そういうと、黄金のポメラニアンは、少し不服そうにしながらも私に抱き付いてきた。そのもふもふとした毛を押しつけながら、私の顔をぺろっとなめる。すると、ポッと身体が温かくなるような不思議な感覚が全身を駆け巡った。




(何今の、魔力……?)




 魔力のある犬? いや、でも感じないし……と、不思議な感覚を追おうとしたが、もう感じなかった。もう一回舐めて貰おうかと思ったけれど、アウローラのいうとおり、言語は通じないだろう。私は、ポメラニアンを抱き上げてお腹を触ってみた。




「もふもふ……」

「す、ステラ様……」

「何?アウローラ」

「手懐けるのお早いですね。もしかして、犬がお好きなんですか?」

「好きっていうか、可愛くない?あ、アウローラもしかして、犬苦手?」

「い、いえ、そういうわけではないんですけど……その犬、なんだか嫌な感じします」

「魔物っていいたいの?」

「そういうわけではなくて……言語化するの難しいんですけど、ステラ様には懐いているけれど私には敵意をむけているといいますか」

「え?そんなことないよね?ねー」




と、私がポメラニアンに話し掛ければ、ポメラニアンはキャンと可愛く鳴いた。そんなことない、と思う。けれど、アウローラが感じているならそうかも知れない。いや、私だって、懐かれたかどうか分からないし。


 ああ、でも、一応フィーバス卿にも飼って良いか聞いた方が念のためだと、私はポメラニアンを抱えたまま、アウローラの横を通る。




「お父様に、許可貰ってくる」

「は、はい」

「あっ、そうだ。その前に」




 アウローラと、ポメラニアンが首を傾げる。ポメラニアンっていい方は何だかなあと思ったので、名前を付けようと。もし、他人の犬だったらどうしようと思ったけれど、のらっぽいし、名前を付けてもいいんじゃないかと。

 自分にネーミングセンスがないことを思いだして自信をなくしつつも、私は頭を捻った。ぴったりな名前を付けてあげたい。可愛いし、飼えるとしたら……飼えるかどうか許可を貰ってからでもいいんだろうけれど、考え始めちゃったんだし仕方がない。

 私はさらに頭を捻った。

 日の光を浴びて輝く黄金の髪の毛、もふもふ、ルビーの瞳……

 ピンととある名前が口から自然に零れ、私はポメラニアンを少し強く抱きしめた。




「……はるき」





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