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61 家族の食事は




「温かい……」




 スープを小さなスプーンで口に運べば、温かい甘みが広がった。今日はコーンスープ。この間は、冷製スープじゃなかったのに少し冷たかったから、冷えた身体にちょうど良い温度のスープは染み渡った。

 魚料理が多いのかと思っていたら、ちゃんとお肉も出るし、それもいい焼き目で、キラキラと輝くワインの香るソースがかかっている。パンは固いけれど、香ばしくて、バターが上手い具合に練り込まれている。




「美味しい」

「そうか。この間、アルベド・レイがいたとき、少し冷めていただろう」

「えっ、なんでそれを?あっ」




 いうつもりはなかったのに、口にしてしまったせいで、フィーバス卿にバレてしまった。向かいの席に座っているフィーバス卿は、お見通しだとでもいわんばかりに、フンと鼻を鳴らす。怒っているわけではないのだろうが、透明な青い瞳で見つめられたら思わず、目をそらしたくなってしまう。そもそも、目を合わせるのが苦手というのもあるが。

 私は、目をそらしたことを誤魔化すように、美味しいです。と、口にしながら食べ進める。また、空気が悪くなったんじゃないかとヒヤヒヤした。せっかく美味しい料理なのに、自分のせいで台無しにしてしまったら元も子もないと。




「いっておくが、怒ってないぞ」

「ご、ごめんなさい」

「何故謝る」

「何となくです」




 何となくで謝る人間はいないだろう。けれど、謝ればいい、謝らなければと反射的に思ってしまうのだ。それは許しを乞うためというより、ダメな自分を律するためというか、叱るためというか。こんな風に思っている人間は、きっと世の中に沢山いるだろう。

 それは良いとして、怒っていないんだ、と顔を上げれば、フィーバス卿はいつも通り仏頂面で私を見ていた。アルベドと同じく、食べ方が綺麗で、自分のたどただしいナイフとフォークの持ち方が目立ってしまう。一応、頭にはたたき込んであるし、何度か、リースと食事もしているし、それなりにマナー作法は身につけたはずなんだけど、緊張すると、喉も通らなくなる。




「謝らなくていい。前もいっただろう。簡単に謝るなと」

「で、でも、悪いことしたら謝るのが普通ではないですか?」

「悪いことなどしていないだろう。それに、あの時、料理が冷めていたのは事実だ。下げようかとも考えたが、お前が食べるから、黙って食べていた」

「わ、私のことはお気になさらず……あはは」

「……」

「冷たかったです……けど、今更ですし!それに、下げるのは勿体ないかと思って。ほら、あの、災厄の影響で、作物も育たないって聞きますし、私達だけ、贅沢な暮らし出来ないじゃ無いですか!」




 まくし立てるようにいってしまったことを後悔する。ぺらぺらと口から出てしまったが、実際にそれは本音で、残すことはよくないことだと思っている。実際、前世ではそういう身分格差が目立たない社会だったけれど、世界から見たら、私達の国は裕福な方で、食べられない国だってあるんだと考えたら、食品ロスは減らさなきゃって何となく思っていた。偽善者とか言われたらその通りだし、見えない人の、身も知らぬ人のことを考える必要ないんじゃない? と馬鹿にされたこともあったけれど……自分がその立場にたったらって、そう考えたら辛かったから。




「相変わらず、ステラは優しいな」

「や、優しいですか。と、とんでもないです」

「いや……貴族らしくない考え方をすると思って」

「い、以後気をつけます」

「だから、誉めているんだ。貴族の娯楽消費は凄いからな。食料も、物品も……自分が満足し、着飾り、いらなくなったら消費していく。それが、貴族だ。平民から税金を巻き上げてすることだ」

「……そう、です、か」




 貴族のことはよく知らない。私の周りにいた貴族が、ちょっと特殊だったというのもあるけれど、ラオシュー子爵のように、平民を消費道具、奴隷として扱おうとしている人だっているわけで。実際、ルクスが攫われた人身売買、奴隷オークションみたいなのもあって。それらに、お金をつぎ込めるのは決まって貴族。自分たちは優雅な暮らしをして、平民から巻き上げた税金で贅沢して。

 けれど、それが、平民と貴族の差であり、埋まらない溝。お金を巻き上げているんだから、それは領地をよくするために使わなければならないが、自分たちの娯楽のために使ってしまう、そんな生き物。でも、この世界ではそれが普通。貴族は、他の貴族よりも優れているとみせるために着飾るし、贅沢をする。使用人と騎士の数で、その権力をアピールすることだってある。前世の世界でも、長い歴史を見ればそうだ。今は、そういう身分格差がなくなってきたけれど、あるところだってまだのこっていて。




「ステラ、その気持ちを持ち続けるんだぞ」

「え、あ、はい」

「お前みたいな、貴族が増えれば、少しはいい世界になると思うがな」

「フィーバス卿は」

「……」

「お、お父様も、私と同じ気持ちなのですか。貴族は、上に立つものとして、やるべきことがあるって。そう、思ってらっしゃるのですか」

「ああ」

「お父様も、貴族らしくないです」

「何だと」

「い、いえ。えっと、そう言うわけでは!あの、オーラは、本当に貴族っぽくて、威圧感合って……ああ、じゃなくて、えっと」




 もう、口を縫い付けた方が早い気がした。何を言っても、貶すような、そんな言葉しか出てこない。テンパるといつもこうだ。私が、あたふたしていれば、フィーバス卿はフッと笑った。まさか、笑われるなんて思ってもおらず、顔を上げれば、ハの字に眉を曲げ、笑っているフィーバス卿がいた。彼は、ナイフとフォークをハの字において、面白いものを見たといわんばかり口元を覆って笑っている。




「俺が、貴族らしくないか」

「ええ、いや、ええっと……私が貴族らしくないって言うことは、お、お父様も貴族らしくないのではっておもって。ええ、もう、貶しているんじゃないです!」

「分かってる。ステラは、面白いな」




と、フィーバス卿は誉めているのか、貶しているのか分からない言葉を吐く。まあ、貶してはいないんだろうけれど、微妙に嬉しくない。


 面白いって芸人にしか嬉しくないよ……と、私は思いながら、でも、笑ってくれるなら良いか、と、年よりも少し若く見えるフィーバス卿の顔を見て元気が出てきた。こんな風に、家族って会話するんじゃないかなあ、なんて私がぽやぽやと彼を見ていれば、何を思ったのか、フィーバス卿は急に笑うのをやめ、ある一点を見つめた。私の後ろ側。お化けでもいるのかと怖くなり、何かいるんですか、と口を開こうとしたとき、もの凄い勢いで、ナイフがとんできた。それは、私達が食事用に使っていたナイフ。




「ひっ」

「何処から忍び込んだのか知らないが、大切な娘との食事を邪魔する輩は許さないぞ」




 そういったかと思うと、フィーバス卿は立ち上がり、椅子に飛び乗って、そのまま長い机を軽々と跳び越えていく。

 何が起っているのか理解できず、またあたふたしていれば、フィーバス卿が下がっていろ、と低い声で指示してきたので、私は咄嗟に立ち上がって部屋の隅まで走った。




「出てこい」




 フィーバス卿の声がダイニングルームに響けば、壁に擬態していた黒服の男が三人出てきた。それは、まるで暗殺者のようだったが、雰囲気や、纏う魔力から、此奴らがヘウンデウン教の信者なのではないかと、私は推測した。でも、どうやってここに入ったのだろうか。




「お、お父様」

「ステラ、下がってろといっただろ。何故戻ってきた」

「わ、私も戦えます」

「……」

「ヘウンデウン教……奴ら、そう、なんですよね」




 私がそう言うと、フィーバス卿はコクリと頷いて、一歩前に踏み出した。すると、彼の足下から氷が広がっていき、一気にダイニングルームを極寒の地に変えた。





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