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57 冷たい料理




 朝から、カチコチになるとは思わなかった。




「おはよう、ステラ」

「……お、おおお、おはようございます」




 声色は、昨日より若干柔らかいかなと思ったけれど、フィーバス卿の声が、低いのと、冷たい印象も相まって、上手く挨拶が出来なかった気がする。昨日、養子と認められて、はい、次の日から家族です、といわれたら、そりゃ誰でもそうでしょと叫びたくなる。いやというわけではないけれど、それでも、すぐになれないのが、人間というものではないだろうか。

 私は、カチコチと固まりながら、促されるまま席に着く。アルベドのご飯も準備してあるんだと彼の方を見たら、何だか嫌そうなかおをしていた。




「どうしたの?」

「いーや。こいつと、一緒に朝食取るのかと思って」

「こいつって……嫌なら、部屋で食べればいいんじゃない?」

「そうもいかねえだろ。俺らは、客……いや、俺が客か」




と、アルベドは言い直す。確かに、今部外者なのは、アルベドだけだなと思った。まあ、私も気持ち的には、部外者なんだけどなあ、と目の前の料理を見る。魚と、スープと、サラダ。何だか、暖かみの無いものが並んでいる気がした。まあ、朝ご飯だし、朝ご飯に魚が出てくるのか、とそっちに驚けばいいのに、何だか色味がない気がした。きっと、栄養には気をつけて作っているのだろうから、口出しは出来ないし、そもそも、料理を作らなくなった身としては、毎回こうやって作られたものを食べられるのは、幸せに思う。




(フィーバス卿、何がすきなのかな……)




 私は、甘いものが好きで、少し辛いものが苦手。そう言えば、皆の味の好みしらないなあ、なんてフォークを手に取る。知ったところで、作るかと言われたら、作らないと思うけれど。




(料理、嫌いじゃないけど、美味しいもの食べ過ぎたせいで、自分の料理が美味しいって思えないのよね……)




 こっちにきてから、貴族と同じような、手の込んだものを食べたせいか、自分が前世作っていたものとは比べものにならないな、と思うようになった。そもそも、こっちにきて料理を作ったことがないから、腕が鈍っているだろうし、あっちの世界では、調べればレシピが出てきたものの、こっちに、ちゃんとしたレシピ本があるのかすら不明。レシピを見れば、作れないわけじゃないんだけど。




「口に合わないか?」

「ひ、ひえっ、えええと、そういうわけではないです」

「冷めていたたか?」

「……さめ……いや、大丈夫です」




 少し冷めているような気がしたが、それで下げて貰う何てこと私には出来なかった。貴族と平民。食べられない人がこの世界にいるって分かっているから、そんな冷めているから下げてくれなんていえないだろう。

 確かに、部屋が寒くて、料理が冷めてしまうのは分かるんだけど、多分、フィーバス卿……張り切ったんじゃないかなと思った。フィーバス卿にバレないように彼の顔を見れば、心なしか、嬉しそうな、周りにぽわぽわとした花が浮かんでいるように見えた。家族との食事を楽しみにしていたんだろう。私は、それどころじゃないというのに。

 多分、ズレているんだろうなと思った。フィーバス卿が、じゃなくて、私が……いいや、誰がズレているというわけじゃなくて、お互いに家族の価値観が合わないというか、そう言うところ。

 冷たいスープを口に運んで、それが、コーンスープだと思っていたから、カボチャスープで驚いた。まろやかなのは、生クリームを使っているだろうか。魚の、煮付けみたいなのも、味が染みこんでいて美味しかった。これもちょっと冷めているけれど。

 一緒に食べたくて、早くダイニングルームに着たいんだろうなって言うのが丸わかりだった。そんなに嬉しいものなのだろうか。


 気を紛らわすために、アルベドの方を見れば、彼は、食器に当てることなく、音を立てずに静かに食べていた。私は、カチャ、とかキィ……とか、音を鳴らしてしまったのに、やっぱり、貴族って違うんだなと思った。そこも、教養というか。




(箸が恋しいなあ……) 




 この世界に、日本食があるのかどうか分からないけれど、日本食が恋しかった。そういう意味では、厨房に入らせて貰って、作ってみるのもありかとは思うけれど。




「チラチラみんなよ。何だよ、ステラ」

「え、いや、綺麗に食べるなって」

「……普通だろ」

「何それ、すっごい、ぶっきらぼう」




 当たり前だ、みたいに返されてしまって、腹が立った。多分、フィーバス卿の前だから、気が立っているんだろうとは思うけれど。それか、朝が弱いとか? アルベドは、汚くはないけれど、綺麗だけど、一口が大きくて、すぐに食べきってしまった。私は、緊張して、喉も通らないというのに。




「ステラ。嫌いなものがあれば、いってくれていいんだぞ」

「は、はい。ありがとうございます。フィーバス卿」

「……」

「じゃなくて、お父様」




 分からない。にこり、と笑ったんだろうが、笑っているように見えないのは。家族を強要されている気もして、何だか落ち着かなかった。フィーバス卿なりの、気遣いなんだろうけれど、それが重く感じてしまう。どう接していいのか、さらに分からなくなって、頭が白くなりそうだった。もしょもしょ食べたせいで、美味しいんだろうけれど、味が感じられなくなって、食べ終わる頃には、自分が何を食べていたかすら覚えていなかった。




「ステラ、この後どうする予定だ?」

「こ、この後ですか。ええっと、何も、考えてなくて」




 ゴールじゃない。養子になるだけがゴールじゃない、それは分かっていたんだけれど、この後どうするのか、と聞かれたとき、私は反応できなかった。することがない、というのが本音。かといって、暇を持て余すのは……と。

 アルベドの方を見れば、アルベドはスッと手を挙げた。何か、意見するつもりだろうかと、見ていれば、彼は人差し指で口元を拭ったあと、フィーバス卿にこう告げた。




「俺は、一旦公爵家に帰りますよ。フィーバス卿」

「ええ!?」




 思わず、椅子を倒してしまい、やってしまったな、と感じながらも、私はアルベドを二度見した。確かに、彼と打ち合わせをしていたかと聞かれたら、打ち合わせは何もしていない。だから、アルベドが帰ろうと思っている事なんて知らなかった。というか、そう言うことは、早めにいって欲しかった。心臓に悪い。

 私が、アルベドをパチパチとした目で見ていれば、アルベドは、わりぃ、みたいな顔で笑ってきた。今決めたことなのだろうか、それとも、前から? 色々考えたが、これといった答えは出なかった。でも、帰る理由が分からない。いや、分からないわけじゃないけれど……アルベドは客だし、ずっとここにいるというわけにもいかないだろう。公爵家が襲撃に遭ったわけでもないし。




「そうか、好きにしろ」

「ふぃ、おお、お父様!」

「何だ、ステラ」




 透明な青い瞳で見つめられ、私は思わずひっ、と悲鳴に似た声を発してしまう。しまったと、口を塞いで、アルベドの方を見る。




「あ、アルベドどういうことよ」

「どーいうことって、帰るんだが?」

「帰るって、勝手に」

「俺の家に帰るのに、お前の許可が必要なのかよ」

「必要ないですね」

「だろ?」




 なんて、アルベドはいう。確かにその通りなんだけど。

 フィーバス卿は、私に「何かあるのか?」みたいな、顔をしていたため、私は、一旦落ち着くことにした。アルベドについて行きます、とはとてもいえない状況で、私は、辺境伯領に留まるしかない。この領地のこと知らないから、知りたいっていうのもあるけど。




「で、何しに帰るの?」

「まーちょっとばかし、準備を。三日……いや、一週間くらい経ったら、また戻ってくる」

「な、長すぎない!?」

「長いか?一週間だぞ?」




と、アルベドに首を傾げられ、私は歯をギチギチならすしかなかった。頼れる存在が、今彼しかいないというのに、勝手に一週間も……そんなことを思っていると、ポンと、アルベドに頭を叩かれた。




「必ず戻ってくるから、な?心配すんなよ」

「何そのいい方、フラグ?」




 意味分かんない。わしゃわしゃと、頭を撫でられて、変な気持ちになったから、私は手を払いのけた。アルベドは、名残惜しそうなかおをしていたけれど、ふと目を閉じて、開ければ、平然と、いつもの何を考えいるか分からない顔に戻って、やっぱり、よく分かんない奴、と私は視線を逸らした。





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