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45 清掃




 ああ、結局こうなるんだって、何となくそんな気もしていたから、驚きもなかった。

 彼のナイフは、的確に男の急所を貫いて、そして、男は絶命。その場に漂っていた魔力は一気に霧散し、なかったものにされた。魔力が尽きた、ということは絶命したということ。それを肌で感じ取れるからこそ、恐ろしくて、おぞましい。何度か人の死を見てきたけれど、でも、やっぱり慣れない。


 私がうっ、と嗚咽を漏らし口元を手で覆えば、後ろからノチェが抱きしめてくれる。よしよしと、私の背中を撫でて介抱してくれる。何だか情けないなと思いながら、ノチェは動揺しないし、アルベドもふぅ……なんてやりきった顔をしているし、やっぱり違うんだな、と思い知らされた。それで、嫌いになるなんて事はないけれど、やっぱりすむ世界が違うのか。




「ステラ様大丈夫ですか?」

「う、うん。平気……じゃないけれど。まあ、慣れていないというか……でも、大丈夫だから!」




 完全に、元気じゃない人の空元気で、私は自分でも馬鹿な事をやっている自覚はあると思った。そのせいで、ノチェの本当に心配そうで、申し訳なさそうな顔を、まじまじと見ることになってしまう。取り繕う練習をしなきゃ、と普通なら練習しなくてもいいようなことを頭に浮べて、私は笑ってみせる。




「ご無理なさらず」

「……うう、ごめんなさい」

「謝らなくても大丈夫です。というか、私は謝られる立場じゃないので。それに、ステラ様が気持ち悪いと思っているのでしたら、無理に見る必要はないですよ」




と、ノチェはいってくれる。確かに、私の後ろにも前にもしたいが転がっている状況で、いい気はしなかった。というか、本当にこの状況で動じない二人はどれだけの人の死を目の当たりにしてきたのだろうと思う。とくにアルベドなんかは。


 そう思って、彼を見れば、私が見ていることに気づいたのかこちらを見て、あーなんて口を開いた後、頭をガシガシとかいた。




「悪かった」

「な、何が」

「お前、こういうの慣れてないもんな。さっきの話の続きだけどよ。ほんと、悪かったと思ってる」

「……アンタが謝ることじゃないし。守ってくれたことには変わりないでしょ」

「いいのか?」

「よくないけど。でも、ヘウンデウン教……だって、同情するわけじゃないけれど、宗教関連で。それをさばくって難しいんじゃないかなとか思って。結局法で公正公平に裁かれなかったら意味ないし……って!こんなことが言いたいんじゃなくて。それしか、方法がなかったのなら、守る為なら、殺しても……いや、殺しが正当化される理由なんて何処にもないけれど……でも」




 何て言えば良いか分からなかった。まとめるのに必要な語彙力が私の中で足りていないようなそんな気がした。だからこれ以上いっても、余計にややこしくなると、私は口を閉じる。でも、アルベドは、その伝わりにくい部分も拾ってくれたようで、私の頭を撫でる。彼の手は、今日は汚れていなかった。




(そう言えば、前、二人で暗殺者から逃げていたときは、汚れていたっけ)




 それで私が彼を拒絶して、傷付けたみたいな。いや、血だらけの手でほら、とか言われたら普通振り払うものなんだろうけれど。まあ、それは置いておいて、この死んでしまったヘウンデウン教の男たちをどうするかは気になるところだった。このまま放置すれば腐ってしまうだろうし、町の治安に関わるんじゃないかと。かといって、証拠が残っていたらそれを元に調査が入って……アルベドが容疑者としてあげられたら? なんて、過剰な妄想が浮かんでくる。

 そんな一人あたふたしている私をよそに、アルベドは、ノチェに何か指示を出し、私を抱きしめていたノチェは離れると、何やら詠唱を唱えていた。すると、男たちの下にワインレッドの魔方陣が浮かび上がり、彼らの身体を包んでいく。




「転移魔法?」

「はい。ここに置いておくのは少々リスキーかと思いまして。新鮮な死体であれば、何処かの森に放り出せば、魔物のいい餌になるでしょうし」

「餌って……」

「有効活用しなければ。弱肉強食です」




と、ノチェは、とんでもないことをサラリと言った。その言葉があっているのか、あっていないのかはさておき、私が心配していたことは全て潰すようだった。確かに、知らない森の奥地に飛ばせば、彼らを見つける人はまずいないだろう。それに、魔物が人間の肉を食うというのなら、骨も残らないかも知れない。考えるだけ恐ろしいけれど。


 そうしているうちに、男たちの身体は転移魔法によって何処かに消え、残ったのは血の跡だけだった。




「こ、これはどうするの?」

「水魔法で流せばいいんじゃね?」

「な、何でそんな人任せな……」




 アルベドはサラリと言ったけれど、水の魔法はそんなために存在するものじゃないと思う。すくなくとも、水の魔法を情事利用しているブライトのことを考えると、水の魔法を血を洗い流すために使うなど……まあ、方法としてはおかしくないんだろうけれど。




「血を洗い流さないと、やっぱり不味いよね?」

「まあ、不味いな。だが、不味いのは魔法の痕跡が残ることだ」

「じゃ、じゃあ、水の魔法使う方がリスキーじゃないの!?」

「水の魔法くらいじゃどうってことねえよ。少量の魔力でやれば、基本的に痕跡は残らねえ。俺や、ノチェ、お前くらいの魔道士なら、痕跡を微量に抑えることが出来る。それに、考えてみろよ。災厄真っ只中だぜ?人が死ぬことでぴーぎゃーいってられないだろう」

「そんな、日常茶飯事みたいな……」




 確かに、災厄といえば、それが一番ピンとくるというか、人々がおかしくなって、喧嘩が起こって……殺傷事件が……という風に繋がらないでもない。だから、血がついていたところでまたか、と思うくらいだろう。それを不自然に思う人は少ないのかも知れない。

 だったとしても、このまま残しておくのはどうかと。アルベドがいったとおり、魔力を最小限抑えれば、痕跡は残らないのかも知れないけれど。

 ちらりと横を見る。かなりべったりと赤色がそこに付着していた。これを少量の魔力で洗い流せるというのだろうか。




「ノチェ、片付け頼んでいいか?」

「かしこまりました。アルベド様」

「ちょ、ちょっとアルベド。いくら何でも人任せ過ぎない!?」




 これが普通。貴族だし、使用人に雑務を押しつけることは何もおかしくない。けれど、私の感覚からしたら、それはただの人任せ。

 アルベドは、大通りの方に足を運び辺りを見渡して、またこちらに戻ってきた。




「ど、どうしたの?」

「いや?そう言えば、ステラ。巻き込まれたっつったよな」

「うん、ま、巻き込まれたけど……って、何!?」




 スン、とアルベドは私の服を匂ってきた。まるで、犬だなあ、なんて思っていると、アルベドは眉間に皺を寄せながら顔を上げた。




「な、何?」

「かすかに漂うな……光魔法の魔力……相手はブリリアント卿か?」

「怖いんですけど!?」

「となると、巻き込まれたっつうのは、ブリリアント卿の……いや」




と、アルベドは言葉を句切った。何か、気づいたらしくて、私の方を見る。これいじょうはいわないというような目で、私を見てきたため、私も小さく頷くことしか出来なかった。


 そんな風に見つめ合っていれば、清掃が終わったのか、ノチェが私達の元に帰ってきた。




「終わりました。アルベド様」

「んじゃあ、帰るか。帰ってから、詳しく話を聞くからな、ステラ」

「えっ、話って今ので終わりなんじゃ――」




 そう言いかけたとき、既に発動していた彼の転移魔法によって私達の身体は光に包まれた。相変わらず、やることがずさんというか、唐突というか。さては、何も言わせない気だな? と、私は思いながら、抵抗する暇などなく、光に包まれた。




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