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36 奪われた権能




 黒々とした髪の毛に、光の灯らないアメジストの瞳。いつかみた男の子がそこにいた。




「ファウダー、なんで?」

「見知った魔力を感じたから。でも、エトワール……巡だったなんて……ということは」




 小さな手を顎に当てて考えるファウダーは、とても悲しそうな顔をしていた。ファウダーも、この世界がまき戻っていることに気づいたらしい。人智を越えた存在であるからこそ気づいたのだろう。それにしても、エトワールでもなく、巡と呼ぶところは、ファウダーらしいというか、今エトワールの身体に入っているのが違う人間だと分かっているからこそ、このいい方なのだろう。

 それから、私の方をちらりと見て少しだけ眉を下げる。




「でも、会えたのは嬉しい」

「そう……私も、アンタと会えて嬉しい」




 私も思ったことをそのまま伝えた。あの世界に残してきた後悔の一つでもあったから。ファウダーは私にギュッと抱き付いてきた。少し身構えてしまったが、今の彼に抱き付かれても、全く不安な気持ちにならなかった。混沌に触れてはいけないと、ブライトは言っていたけれど、この身体はもしかしたら違うのかも知れない。




(本当不思議、初代の聖女の身体だから?)




 そう疑問に思っていれば、その疑問をすぐに解決するように、ファウダーが顔を上げる。




「不思議、ぼくが触れても大丈夫なんて」

「り、理由とか分かったりするの?」

「巡。その身体、初代の聖女のもの?」




と、ファウダーが聞いてくる。私がコクリと頷けば、ファウダーはまた考えるような仕草を取った。ファウダーも、長いこと生きてきているし、混沌だから、初代の聖女のことも覚えているんだろう。だから、気づいたというか。


 疑問が疑問を呼びながらも、まずは彼と再会できたことは喜ぶべきだろう。何かしらの接点が出来るし。




(というか、この周りに、防御魔法が張られている?それも、かなり高度な防御魔法……) 




 十中八九、ファウダーがかけたものだろうが、この子がかけられるなんて、と感心してしまう。まあ、普通に出来るんだろうけれど。




「それで、どうして、巡はこんなことになってるの?」

「まあ、話せば長くなるんだけど……」

「世界がまき戻ってる。誰かが、禁忌の魔法に触れた。それで、巡の身体が誰かに奪われた」

「言わなくても分かってるじゃんかあ……」




 説明しようとしたが、全部言われてしまい、だったら何で聞いたんだと思った。いや、私の記憶から読み取ったとかあり得るかも知れないけれど、それは目を瞑る。問題はそこじゃなくて。




「やっぱり、ファウダーも覚えているってことだよね。前の世界のこと」

「ぼくらは、そういう魔法の影響を受けないからね。記憶にまつわる魔法はかけられても、消えない。聖女もそう……」

「じゃあ、トワイライトも!?」

「ううん、ごめん……聖女じゃなくて、女神もって言いたかった」




と、ファウダーは謝る。少し希望を持ってしまったが、やっぱりダメらしい。まあ、そのつもりでいたし、仕方ないと言えば、仕方ないことなんだけど。


 ファウダーが覚えていてくれたことに喜びつつ、問題はそこじゃないともう一度自分を叩く。彼に手伝って貰いたいことだってあるわけで。




「ファウダー、は、世界がまき戻ったわけだけど……どう、思ってるの?」

「ぼくは、巡にまた会えて嬉しい」

「あ、ありがとう」

「でも、禁忌に触れてしまった。ぼくまで呼び戻した。この魔法は、本当に凄いね」




 封印という形ではなかったのかも知れないが、一応、ファウダー、混沌は眠りについた。でも、世界がまき戻ったことで、強制的に目を覚まさせられて……

 怒っている様子ではないけれど、戸惑っていると。

 そして、ファウダーを目覚めさせるほどの魔法を、エトワール・ヴィアラッテアは使用したというのだ。人智を越えた存在を、呼び起こせるほどの力。エトワール・ヴィアラッテアは相当……けれど、そんな魔力があるのだろうか。私だって、あの身体で、息切れを起こしたって言うのに。




「魔力は、感情によって増幅させられる。だから、巡じゃその力を扱いきれなかったんだと思う。巡は、優しいから」

「何か滅茶苦茶誉めてくれない?」

「けれど、エトワール・ヴィアラッテアは違った。感情と、君の魂を使ってこんなことを……」




 華麗にスルーされた気がするが、そこもサラッと流して、ファウダーの言葉について考えてみる。感情によって魔力は増幅するのか。憎しみ、殺意と言った強い感情は、やはり魔力を底上げするのか。そうなると、エトワール・ヴィアラッテアどれほど、私を、世界を恨んでいたのか。

 考えれば考えるだけ恐ろしい話だった。知りたくもないけれど……そんな力が働いたからこそ、ファウダーも目覚めて。だって、混沌は、何百年かに一回しか目を覚まさなくて、聖女だってそういう存在で。




(巻き戻したのは、愛されるため。自分が愛されるために……)




 理由も滅茶苦茶でやっていることも滅茶苦茶だった。




「巡は、身体を取り戻すために戻ってきたの?何か、不思議な力を感じる」

「えっ、まあ、うん。力を……」




 このはなしは、していいのかと戸惑う。この世界の女神じゃない女神の力によってここにこ戻ってきて、それをファウダーに話して良いのか。ファウダーにとって女神は、唯一無二の存在だし。




「そこは、色々あって。でも、そう、ファウダーの言ったとおり、私は、身体を取り戻すために戻ってきたの」

「じゃあ、前の世界では……そっか。巡、頑張ったんだ」




と、ファウダーは同情するように目を伏せた。何でも見えているんだなあ、と思いながら、彼の身体と似合わない言動にくすりとしてしまう。彼なりに私を気遣ってくれているんだろう。混沌がわかり合えない存在だなんて誰が決めつけたのだろうか。彼はこんなにも考えて人間的なのに。


 彼が目覚めたと言うことは、存在していると言うことは、災厄が起きる前の世界。それは、理解しているし、混沌のせいで……という、まあ存在自体がイレギュラーなため、皆がぎすぎすしているんだけれど、災厄をどうにかして、混沌とも共存できる世界になれば……とも思って。そんなこと、不可能なのかも知れないけれど。

 できるならやりたい。いや、混沌を一人にしたくなかった。




「ぼくも、巡に協力させて」

「ファウダー?」

「あの世界で、ぼくは巡に救われたの。だから、今度は、巡の力になりたい。混沌っていう存在だけど、邪魔になるかも知れないけれど、ぼくに出来ることなら」

「そんな、でも、ブライトは……」

「前のブライト・ブリリアントじゃないと思う。まき戻った時点でおかしいとは思っていたけれど、記憶も、感情も書き換えられている。ぼくに対しては普通だけど、巡に対してはきっと……」




 ファウダーは言葉を濁した。違うのも理解しているし、そのつもり。けれど、ファウダーがいうなら相当なのだろう。ファウダーは手伝ってくれるといったけれど、彼の存在は、ブライトにとって隠したいものであり、守りたく、憎い存在。彼らの兄弟の仲も取り持てればいいのだけれど、そう簡単にはいかないだろうし。

 何もかも簡単にいかない。けれど、ファウダーにここでこうして会えたのは、何かの縁なのだろう。これを、利用しない手はない。




「ありがとう。手伝ってくれるんだもんね」

「うん。けれど、混沌の権能も、彼女が握っているかも知れない。また目覚めたとはいっても、何だか、いつもと感覚が違うんだ」

「どういうこと?」




 ファウダーはいいにくそうに下を向く。いいにくいなら、無理に言わなくても絲いおうとする、ファウダーはスッと顔を上げた。

「ぼくを殺したところで、災厄は止らないかも知れない。ううん、この世界自体が不完全に巻き戻された偽りの世界だから。この世界自体、エトワール・ヴィアラッテアが、作った虚構。彼女の魔法で作られた世界」




「つまり、大きな結界ってこと?」




 こくりと頷くファウダー。

 信じられない。ファウダーの権能、というのが災厄を呼び寄せるもの、人の負の感情を増幅させるものだとして、それをエトワール・ヴィアラッテアが握っているとしたら。そして、それを操れるのだとしたら。




「それって、最強のラスボスじゃない?」




 ぽろりと零れた言葉。そう、彼女は、本来混沌とどうかするべきだった乙女ゲームの悪役にして、ラスボス。偽りの聖女エトワール・ヴィアラッテア。彼女は、その本来の座に君臨しているということなのだろう。




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