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31 無理をしているのはまるわかり




「食欲ねえのか?」

「えっ、いや、そんなことないけど……あはは」




 デジャブ。いや、アルベドとはこんなことなかった。あったのは、リースだ。だからこそ、思い出すというか、ちょっと胸が痛いというか。




(貴族の朝食って感じ……こう、長机で向かい合って……)




 出されたサンドイッチはおいしそうで、私の胃のことを考えてか、かなり軽い食事ばかりだった。確かに、今は食べる気分にもなれないし、落ち着かない。アルベドはそれを理解してくれているのだろう。コック長にもお礼を言わなきゃなあ、なんて見も知らない料理人たちのことを考える。

 私は、サンドイッチに手を伸ばし、ひっこめた。それを、アルベドは見て、手を止める。




「おい」

「何よ」

「食べねえと、倒れるぞ」

「大丈夫よ。これくらい……」

「……」




 心配させたかな? と思いながらも、私はもう一度机の上に手をのせる。アルベドと、こうやって食事をとったことがなかったのもあって、なんだか新鮮で、それでいて、この状況がリースを思い出させるから。なんてことは、アルベドは分からないと思うし、分からないままでいてほしい。

 私は、心配させまいと、サンドイッチを口にする。しゃきっとしたレタスに、こぼれるチーズとハム。塩っ気が絶妙で、パンも香ばしかった。




「おいしい」

「そりゃよかった」

「……心配かけてごめん」

「別に謝ることねえだろ。まあ、食べられるんなら、これ以上心配する必要はねえかもな」




と、アルベドは安心したように笑っていた。その顔を見るだけで私も安心する。


 サンドイッチはすぐに平らげることが出来て、オレンジジュースをがぶっと飲む。さすが、ラスター帝国、オレンジがおいしい。なんて感想を抱きながら、ちらりとアルベドを見た。いつもとは違う位置で髪の毛を束ねていて、オフのアルベドって感じがする。いや、オンのアルベドというものがあるのかないのかとか聞かれたら、まあそれも微妙なのだけれど。




「そういえば、フィーバス卿のもとに行くって言っていたけれど、いついけそうなの?」

「まだ、手紙出したばっかりだしな。かえってきしだいってところか」

「やっぱり怖い?」

「何がだよ」

「ブライトもそうだったけど、フィーバス卿って、恐れられてる?」

「まあ、難しいやつだからな。俺も、あまり得意じゃねえ」




 アルベドがそんなことを言うのは珍しいな、と私は目を丸くする。

 フィーバス卿、氷の辺境伯。もう聞けば聞くほど、怖くて、そんな人の養子になるのかと思うと今からぞっとする。でも、これからのためを思ったら、腹をくくらなければならないと思った。仲間に引き入れることが出来たら、簡単にはエトワール・ヴィアラッテアも手を出せないだろう。




(そうよね……光魔法の辺境伯と、闇魔法の公爵家が手を組んだら、さすがにそこに宣戦布告何ていう馬鹿な真似はしないだろうし……)




 エトワール・ヴィアラッテアもそこまで馬鹿じゃないと思う。いや、賢くて、悪知恵が働くから、まんまとはめられてこんな風になっているんだけど。思い出すだけで苦しくて、私は考えないようにした。

 アルベドも、食事を終え、口元を拭いている。私は、今日は何をすればいいのか、アルベドが何かをするなら、その手伝いはできないかどうか聞こうと思った。私もすることがなくて、暇していたところだし。




「アルベド。今日は何をすればいい?」

「何をって。フィーバス卿の返事が返ってくるまでは、大人しくしとけ」

「ええ~」

「まだ、身分としたら、お前は平民だしな。帝都に行くにもここからじゃ距離があるだろ。他の奴に会いに行こうってまさか、思ってるんじゃねえだろうな」

「まさか!私だって、みんなに会いたいけれど、今あってもどうしようもないってわかってるから」

「わりぃ、言い過ぎた」




と、アルベドは謝ってきた。そんなに謝ることじゃないのに、と私も首を横に振る。やっぱり、お互いの距離感がおかしくなっているような気がした。私が死んで、再会するまで、アルベドの中で何か変化があったのだろう。だからこそ、こんな風に、分かっているつもりでも分かり合えていないというか。


 なんかちょっと息苦しい。そう思っているのは私だけじゃないんだろうけれど。

 まともに顔が見えなくて、それがもどかしくて、辛かった。

 アルベドは、一気に水を口の中に含んで、がしっと口元をぬぐっていた。全く、貴族と思えないその行動にあきれてしまう。それが、アルベドだってわかってるんだけど、やっぱり他と違うなとは感じてしまう。それがいい……うん、そうではあるんだけど。




「アンタもうちょっと、貴族らしくできないわけ?」

「貴族らしくってなんだよ。てか、今更だろ」

「なんとなく……まあ、貴族がみんなそうってわけじゃないのは、分かってるんだけど、こう、なんというか!」




 話題を探していたのかもしれない、変な言葉ばかり出てきて自分でも混乱した。それを感じ取ったのか、アルベドはプッと噴き出して、腹を抱える。




「変なこと言ってないでしょうが!そんな、笑わないでよ」

「いーや。お前は、何の罪悪感も感じなくていい。俺問題だ。だから、普通にしてろ。俺も、お前に距離置かれると悲しいからな?」

「……わかってて」

「ああ。よそよそしかったからな」




 見抜かれていたんだ。いや、そうか。と、自分で納得する。アルベド……リースも多分今のわたしを見たら、おかしいなって気づくと思う。

 わかっている自分でも。




「アルベドも」

「は?」

「ノチェが、アルベドが私のせいでおかしくなったって言った。だから、私が死んでから、こうして再会するまでの間何かあったんじゃないかって、私のせいで、アルベドが苦しんだんじゃないかって思ったら、辛かった。顔を向けられない」

「……」

「アンタは教えてくれないんでしょ?」




 私がそう聞けば、アルベドは優しく微笑んだ。




「ノチェがそんなこと言ったのか」

「まあ……」

「気にすんな。あと、かっこわりぃから言わねえ」

「かっこ悪いって、アンタはいつも――」




 そう言いかけたとき、アルベドの周りにぶわりと魔力が広がった。髪が逆立ったような、ピリッとした感覚に私は違和感を覚える。何? と後ろを振り返ろうとすれば、長机の上を走って、私の方まで来たアルベドは、庇うようにして私の前に出る。




「ある……」

「おい、そこにいんのは分かってるからな」

「ん?」




 何かまずい状況? と、アルベドの豹変に驚いて、彼の背中から顔をのぞかせれば、そこには、先ほどこの部屋に入ってきた扉があるだけで、誰もいなかった。でも、確かにかすかに魔力を感じる。それも、私の見知った魔力。




(は?なんで?いや、おかしくはないんだけど……このタイミング?)




 私も目を見開いた。少しの間離れていたけれど、だいぶん誰の魔力か感知できるようになった私は、その魔力の持ち主が誰かとすぐに分かった。恐ろしいものだな、と思いながらも目を見張る。

 けれど、彼がいるはずがない、というか、こんなところで出会うなんて想像もしなかった。だから、嘘であってくれと。




「ほーんと、すぐ気づくなあ。兄さんは。俺もまだまだってところかな」




 ふわりと優しい風が巻き起これば、目を閉じていた数秒の間に、彼は姿を表した。くすんだ紅蓮の髪に、淀みのある満月の瞳を持ったハーフアップの青年。

 アルベドは私を隠すように魔力の壁を作る。バチバチと二人の間で火花が散っている気がして、私も一歩後ろに下がった。恐れる必要なんてないはずなのに。




「久しぶり、兄さん」

「ラヴァイン……」

「ラヴィ……?」




 ぴりついた空気は、私じゃどうしようもなくて、ただ久しぶりに会ったアルベドの弟、ラヴァイン・レイを見つめることしかできなかった。




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