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30 夢だったとしたら




「アルベド様の命令なので。それに、アルベド様を変えたステラ様に、個人的に興味が湧いたので」




と、ノチェは当たり障りのない答えを返してきた。もっと、悩むのかと思ったけれど、ノチェは淡々と答え私にその瞳をむけた。真っ黒な瞳が私を捉え、急に恥ずかしくなって目をそらしてしまう。自分でいっておいて何だけど、とっても恥ずかしい。




「え、ええ、あ、あ、ありがとう。ノチェ」

「感謝されるようなことは何もしていません」




 ストイックだなあ、と感心しつつも、ノチェは、私を騙していたエルとはまた違うタイプのメイドだなあと思った。リュシオルみたいな感じでもないし、かといって、グランツみたいな寡黙だけどクソデカ感情、みたいな感じでもない。まあ、まだ分からない事だらけだから、今こうやって決めつけるのもよくないのかも知れないけれど。

 いつまで、公爵邸にいられるか分からないけれど、出来ることは色々とやっていきたい。信頼関係を築くのもそうだけれどもっとこう、大切なものがある気がして。




「ノチェも、何か気になることがいってね。答えられる範囲で、私は答えるから」

「分かりました」

「私も、ノチェのこと知りたいから!」




 私がそう言うと、ノチェは目を丸くして首を傾げた。何か可笑しなことでも言ったかと、こちらも首を傾げれば、ノチェは口元を覆って目線を下に落とす。




「どうしたの?ノチェ」

「いえ……そんなこと言われたことないので……私について知りたいなどと」

「うん?」

「アルベド様は、多くを語らない方でしたので。必要最低限を私達に伝え、後は孤独に戦っていた……アルベド様のことをよく知らない使用人の方が大半だと思います」

「う、うん……」

「だから、とても新鮮です。私のことを知りたいといわれたのも、気になることがあれば聞いて欲しいと言われたのも。ステラ様は、可笑しな人ですね」




と、ノチェはこちらを見る。可笑しな人、とは別に悪い意味じゃないんだろうけれど、真剣な眼差しでいわれたものだから、私は何かしっくりこないというか、貶されているわけじゃないけれど、何だかなあ、とノチェを見つめ返す。確かに、彼女の瞳には、探究心が宿っているように思えた。


 アルベドが多くを語らないのはそりゃそうだろうというか、彼は、多分誰も信用していないから。ラヴァインのこともあって、そして、光魔法と闇魔法で差別されている世界だからこそ、自分の声が届かないと知って……

 使用人たちがそれに気づいていたとしても、アルベドに話し掛けられないのは、身分の差があるからだろう。それをアルベドはいいように利用しているというわけで。




(まあ、ここは考えなくてもいいかも)




 ノチェに興味を持って貰えたのは単純に嬉しかったし、良い関係が築けそうなのは確かだった。ひとまず安心といったところだろう。




「それで、つかぬ事をお聞きするのですが、ステラ様。ステラ様と、アルベド様はどういったご関係なのでしょうか」

「アルベドと、私?」

「アルベド様の、人生を狂わせた貴方様のこと、知りたいと思うのは当然でしょう」




 真っ黒になった瞳がこちらを見据えている。確かに、私は何でも聞けと言ったが、こんなに直球で行ってくるとは思わなかった。私も、焦って、言葉が喉に詰まる。何て返すのがいいだろうか。なんて、考えている暇も与えないようなプレッシャー。

 いや、そもそも、彼との関係を頭で考える、という行為自体がおこがましいのかも知れない。ただ普通に、でもなんでこうなったかは、私にだって分からないわけで。




「パートナーだと思う」

「パートナーですか」

「え、っとまあ。その世間一般でいう、パートナーっていう感じじゃないけれど、パートナーで。相棒、っていい方の方が正しいかも知れない。その、人生滅茶苦茶まではいかないけれど、私は少なからず、アルベドの事をそう思っているかな。あっちはどうか知らないけれど」

「成る程」




 ノチェは、顎に手を当てて考えた。これであっていたかは分からないけれど、私は言い終えて、息を吐いた。私とアルベドはパートナーだと思っている。あっちがどう思っているかは、本当に知らないし、聞こうとも思わない。ただ、死線をくぐり抜けてきたから、そう思っているというのは、私の中であるわけで。




「分かりました。ありがとうございます」

「あっ、このはなしは、アルベドにしないでね。なんか恥ずかしいから」

「分かりました」




 ノチェは丁寧に帰してくれて、私もほっとした。それ以降、ノチェが何かを聞いてくることは特になく、一日疲れただろうと、お風呂から食事まで用意して貰い、その日は就寝することになった。その間、アルベドとすれ違うわけでもなく、彼が何をしているのかと聞いたらノチェは書斎にいると話してくれた。別に、あちらからアクションを起こしてこなければ、こちらからも会う必要はないかな、と私は与えられた部屋でのんびり過ごした。

 アルベドの好感度は高いし、これ以上下がることはないだろう。ただ、エトワール・ヴィアラッテアがそれに気づいて、彼の好感度をどうにかしようとしてきたら、その時は私も動かなければならない。もし、アルベドという大きな存在を失ったら、きっとまた私に待っているのは死だけだから。


 昨日まで、モアンさんの家で寝ていたから、落ち着かず、眠ることが出来なかった。ごろんと、身体を傾けては、目を閉じて見るけれど、それもあまり効果がない。攻略キャラであり、前の世界の記憶を持っているアルベドがいるからこそ、落ち着かないというのもあった。着実に前に進んでいると思う一方で、先がどうなるか分からない不安にいつも駆られている。アルベドの、このままでもいいんじゃないか、という言葉は全くその通りで、幸せなら、別に……とまた思ってしまう。




「だから、この世界に戻ってきた意味がないのよ、それじゃあ」




 何のために戻ってきたか、それを忘れてしまっては、意味がない。私は、布団にくるまった。闇の中では何も聞えない。あの、肉塊の中に入ったように孤独に苛まれる。そう言えば、この世界には、また混沌がいるんだと実感する。災厄によって、負の感情が増幅させられる感覚があるから。

 アルベドは、フィーバス卿に会いに行くといっていた。それが、いつになるかは分からないけれど、フィーバス卿を仲間に出来さえすれば、また話が変わるかも知れない。




「というか、私、そのフィーバス卿の養子になるってことよね!?」




 婚約者にーとかではなかったのはよかったのだが、養子ということはフィーバス卿が私の父親になるということだ。家族というものに、あまり良い思い出がないため、上手くやっていけるか分からないし、前の世界でも、アルベドもブライトも、怖い人だといっていたから、尚更不安になってきた。

 貴族の問題ってよく分からないから、その養子に迎えて貰うとか、そう言うのって簡単じゃないよね? 面倒な手続きとかいるんじゃ無い? とか色々考えてしまう。実際どうなのかとかは、アルベドに聞かないことによっては何も分からないのだ。明日起きたら、アルベドにいってみようと決め、もう一度目を閉じて見る。簡単には眠れなかった。モアンさんの家にいたときも、何度かそう言う経験をした。目が覚めたら、全部が夢で、前の世界の、あの最悪の日だったり……しないかなとか。私の処刑日。


 思い出したくもない恐怖と絶望。あの牢屋で、何度も夢を見た。これが夢だったらよかったのに、私は何も悪いことしていないのにどうしてって。心の中で泣き叫んで。

 今だって実感がない。世界がまき戻って、そのまき戻った世界に私がいること。これも、そもそも、私がこの世界に転生してきたこと自体が、夢だったんじゃないかと。じゃあ、私の現実は何処?




「……バカみたい」




 アルベドは記憶があって、私の言葉が通じる。けれど、何処か壁があるような、同じ時間を生きていたはずなのに、何処かすれ違っているような気がする。気のせいだと思いたいけれど……

 そんなことを考えているうちに、うとうとし始めて、私は眠りについた。起きたら全部夢だったなんてこと、ありませんように。そう願いながら。




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