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22 嵐は去って行く




(本当に何でいるのよ……)




 謎が謎を呼ぶとはまさにこういうことを言うんだろうなと思った。

 今にも失神しそうな勢いで慌てふためいているラオシュー子爵と、それを見下ろす冷たい紅蓮の彼、アルベルト・レイ。誰が見てもヤバい状況だって言うのは分かった。だって、一応、公爵家の人間が平和だった村に来て、同じ闇魔法の家門の貴族を公開処刑しているのだから。実際手にかけていなくても、この状況が、緊迫して息苦しいっていうのは誰でも分かるだろう。モアンさん達は取り敢えず逃げられたようで安心するけれど、問題はこの後始末だなと思った。アルベドは闇魔法の貴族の面汚し、名を汚した、と怒っていた。ということは、かなり重い処分が下されるんだろうなと思った。勝手に殺していいのかどうかは知らないけれど。

 そもそもアルベドは、悪事を働く貴族を殺していた暗殺者。ラオシュー子爵のことを見逃すはずはないんだけど……




(というか、あれ、何?)




 アルベドとあったら、彼の好感度を確認しようと思っていたのだが、彼の頭上には、ハートが浮かんでいるのだが、そのハートに鍵がかかっているようで、南京錠のマークが重ねて浮かんでいた。ハートも心なしか灰色で、その好感度は分からなくなっている。一体どういうことなのか。

 もしかして、何かのアクションを起こさないと、攻略できないキャラだというのか。




(ううん、それだったら、ラヴァインとかはじめからそうなっていたはず……何だけど)




 いや、でもあれは隠しキャラだから? なんて色々考えたけれど、この世界の、というか、私にだけ分かるこの乙女ゲームシステムはよく分からないことだらけだった。けれど、今は話し掛けられる状況じゃなくて、ただこの結末がどうなるかだけを見届けるしかない。




「あ、あ、アルベド・レイ……様」

「んで、お前はどうするつもりだよ」

「どうするつもり、とは……その、アルベド様だと知らず……」

「知らなかったら手を挙げてもいいと」

「ひっ」

「あーあー、別に俺はいいよ。俺はお前よりも寛大だからなあ。お前がやったことを見逃してやってもいい」

「本当ですか!?」




 ラオシュー子爵の顔はころころと変わる。見逃してやるという言葉に過剰に反応し、媚びを売るように、身体をくねらせる。本当に気持ち悪いし、汚いと思った。見るに堪えない。

 まあ、アルベドが寛大だったとしても、きっと許さないだろうなって言うのは分かっているので、私は何も言わないけれど。




「ああ、見逃してやってもいいぜ。だが、条件がある」

「条件ですか!?何でも飲みますとも。お金ですか。それとも、支援……」

「テメェの所のきたねえ金なんているわけねえだろうが、クソが。んなことじゃねえよ。この村の奴ら一人一人に謝罪をしろ。地面に頭擦り合わせて、心を込めて謝罪しろ。それが条件だ」

「なっ」

「何でも飲むっていったよな?」

「そ、そんな」

「プライドか?テメェにプライドっつう言葉は似合わねえつぅか、テメェにはプライドはねえよ。俺が公爵家の人間だって分かった瞬間、手のひらをひっくり返す。そのくせ、傷付けた奴らに謝罪はねえ。無駄に高い汚れたプライドを持って、ふんぞり返る。反吐が出る」




 アルベドがそう言うと、彼の周りに強い風が吹き付ける。ピリピリと、指を出したら切れそうなぐらいの鋭い風が吹く。彼の怒りが魔力となって滲み出ているのだ。

 凄く怒っている。こんな姿見たこと無かった。

 アルベドが怒っているのもそうだし、彼の好感度が見えないのも何だか不気味だった。感情的なタイプではなかったと思うんだけど。周りの人も怯えているし、もうやめて欲しいのだけど。ラオシュー子爵が謝ればいい話なのだが、子爵のしょうもないプライドのせいで話が進まない。これ以上、アルベドの気を損ねて、首でも跳ねられたらたまったもんじゃないと。アルベドは、普通にそう言うことする人間だって知っているし。




(てか、本当に何でここにいるの……)




 視察か、それとも、本当に偶然か。偶然で、身も知らぬ私を助けるのだろうか。私じゃなかったとしても助けるのだろうか。




「ひ、ひぃ……ですが、アルベド様、民から税金を取るのは悪いことではないでしょう。貴方様だって、そうして生きているはずです」

「……」

「貴族が税金を集め、領地をよくしていくのではないですか」

「テメェの場合、それは全く出来てねえけどな」

「しかし!」




 ラオシュー子爵がまだ何か言いたげに顔を上げれば、アルベドの風魔法が、彼の耳すれすれに炸裂し、ラオシュー子爵の右耳上に変なそり込みが出来る。




「次は、耳切り落とすからな」

「ひ、ひ、ひいいいいいいっ」

「んで?俺の言った条件のむんだよな?」

「あわ、あわわわわ……」




 もう、どっちが悪か分からなかった。諦めて、首を縦に振ればいいのにそれをしないでいる。アルベドはどうしてもこの男に謝罪をさせたいんだろうなっていうのは伝わってきた。理由は分からないけれど。でも、貴族としての考え方というか、生き方が違うから……貴族が民から税金を巻き上げて暮らしているのは事実だろう。けれど、アルベドの場合、しっかりそれを活用している。ラオシュー子爵は違うと。





「それで、テメェは――」

「アルベルト・レイ公爵子息様。もう、この辺で大丈夫ですから」

「ああ?」




 耐えきれなくなって、私はアルベドに話し掛けた。また余計なことを、と周りの人がヒヤヒヤとした目で私を見ている。まあ、この村の人達にとってかなり余計なことをしている自覚はあるし、また迫害でもされるのかなあ、なんて私は思っていたりもする。それでも良い……行く宛てがないのはいつもの事だから。

 アルベドは、話し掛けたのが私だと分かると、満月の瞳を見開いて、それから鋭く尖らせた。




「何だよ」

「どうせ、子爵は謝りません。領地の問題は、まだこの村にきて浅いので、どうなるかは分かりませんけど、いつも通りの金額の税を納めるだけであれば、村の人も仕方ないことだと受け入れるでしょう。謝罪は、どうでもイイです。心のこもっていない謝罪なんて聞きたくない。それに……」

「それに、何だよ。てか、お前はそれでいいのか」

「え?なんで……な、何故ですか」

「口調、そのままでいい。きもちわりぃから」




 アルベドは、頭をかいてそう言った。何か、調子が狂うみたいな顔をして、視線を逸らす。一応、私のことを覚えてはくれていたのだろう。エトワールじゃなくて、ステラとしての私を。




「子爵がやった事は消えないし、永遠に人の心に傷を残し続ける。貴族制度がなくならない限り、平民と貴族の壁は壊せない。そうでしょ?」

「……まあ、そうだな。で、許すと?」

「許すわけはないじゃない!許さないけど、でも……殺すのは、違う、と思う……アンタが、何しようとしてたか分かんないけど。此奴が裁かれないかも知れないけれど」




 私が言葉を濁せば、アルベドはあーと唸って、ポンと私の頭に手を置いて、くしゃくしゃと頭を撫でた。




「ちょっと」

「お前がそれでいいならいい」

「どういう意味よ!」




 私がそう叫ぶと、アルベドは、倒れ失神しそうなラオシュー子爵に歩み寄り、彼の胸倉を掴んで何かを呟いた。




「テメェのやった事は俺も許さねえ。けど、彼奴が見逃してやるっていったから、今回は見逃してやる。だが、税金の不当な搾取も、自分の領地の平民を虐げることもなしだ。次やったら、どうなるか分かってるだろうな」

「は、はい……アルベド、様は……か、寛大なお方なんですね。あんな、小娘のために……」

「ああ?あんな?その目をくりぬいてやろうか?俺が、今苛立ってんのは、テメェが、彼奴に手を出したからだよ。テメェには一生分からねえだろうけどな、彼奴は俺の――」




 パッと手を離し、アルベドはラオシュー子爵に背を向けた。ラオシュー子爵は、逃げるように護衛騎士を連れて、馬車に乗り込み脱兎のごとく走り去ってしまった。嵐だったな、と私は車輪の痕が残る地面を見ながら呆気にとられていた。周りにいた人達も、胸をなで下ろし、自分の家へと戻っていく。




「なあ」

「……っ、あ、アルベド……レイ」




 私も、このまま帰ろうかな、と思った時、後ろからアルベドに声をかけられる。何だか、申し訳なさそうな、それでいて仏頂面の彼を見て、私は何かしでかしたかな、と身に覚えのあるようでない記憶をたぐり寄せ、頬を引きつらせた。




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