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17 聖女だって




「はあ~~~~」




 ベッドに沈み込み、もう一歩も動きたくないと、うつぶせになる。

 あの後、グランツが帰ってきたパーティーをしたのだが、グランツは全然喋らないし、口を開いたかと思えば、エトワールの事しか話さないしで面白くなかった。モアンさんも、シラソルさんも頷きながら聞いていたけれど、多分何のことか理解していなかったと思う。ただ、グランツが夢中になれるものに出会えてよかったねえ見たいな事は話していた気がする。多分だけど。




「あれだけ、心酔してたらもうムリじゃない。というか、何あれ、崇拝?意味分かんないんだけど」




 グランツは狂信者のように、エトワールを揉めちぎっていた。彼女が全てなんだと云わんばかりのその態度に、私は置いてけぼりを喰らって気持ちになった。グランツがあれなら、きっと、ブライトや、ルクスやルフレ、リースなんかも彼女の虜になっているんだろう。どんな魔法を使えばああなるのか気になるところだ。けれど、そんなことを考えている暇ではない。




「どう攻略するか考えなきゃ」




 あの調子じゃ、一ヶ月に一回戻ってくるなんてこと絶対に無いだろう。この一日で上げられた好感度はたったの3%。いや、3%も上がったと考えるべきか否か。でも、こんなんじゃ幾ら立っても思い出して貰えない。何か、もっとトリガーになるようなことがあるはずだと、私は思考するが、一向にいい考えが出てこない。寧ろ、沼にはまっていく一方だ。

 最悪だと、私は枕を抱きしめた。




「はあ……」




 溜息ばかりが出てきて、自分でも嫌になる。

 グランツは、のめり込んだらそれっきりの人だから、きっと彼を呼び戻すのは時間がかかる。かといって、ブライトとの接点を持とうと思っても、彼との出会いは街中だったし、そんなクエストは起きないだろう。

 元がそこまで高くなかったから、あの双子と話して記憶が戻ったとしても逆戻りしてしまう気がする。

 リースと話せればいいけれど、一番エトワール・ヴィアラッテアが近くにいるだろうし、それに……




「私以外を見ているリースなんて見たくない……」




 それが本音だった。枕に顔を埋めて、目を閉じる。私の最期を看取った人。私の大好きな人。長い間片思いを強いて、辛い思いをさせた人。そんな大好きでどうしようもない人が、心を縛られ、偽りの愛を植え付けられているとしたら。そんな姿を前にしたら、私はきっと壊れてしまう。一番に記憶を取り戻して欲しいのに、一番あいにいくのが辛くて、攻略が難しそうで。

 前世の私のことも覚えていないかも知れなくて。何も、彼との思い出も接点もない。そんな状態で、リースの心を動かせる何かが私にはあるのだろうか。




(変われたのは、リースや皆のおかげなのに)




 私が皆を変えたんじゃない。誰かは、私が皆を変えたんだって言ったけれど、変えて貰ったのは私の方だ。それを返すことができるのだろうか。私は一人では何も出来ない。

 そう一人で泣きそうな思いで目を閉じていれば、トントン、と扉を叩く音が聞えた。私は、一応目を擦ってから扉を開ける。




「モアンさん?」

「大丈夫かい?心配で見に来たんだ」

「えっ、っと……どうして?」




 心配かけるようなこと何かしただろうか、と私が首を傾げていれば、モアンさんはいいにくそうに「グランツの事だよ」と言って私の方を見た。本当に申し訳なさそうなかおをしていて、こっちが申し訳なくて、罪悪感が膨らんでしまう。グランツの事、なんて、別にどうってこと無いのに。私はそう思いつつも、モアンさんを部屋に引き入れた。隅の方にやっていた椅子を持ってきて、向かい合うように座る。




「グランツのって、昨日は楽しかったですよ?」

「いや、そうなんだけどね」

「何か、あったんですか?もしかして、モアンさん何か言われました?」

「いいや、いいや。私は何も言われてないよ。ただ、ステラが心配だったんだ」

「私?」




 そう聞き返すと、モアンさんはコクリと頷いた。自分でも気づかないうちに、何かしていたのだろうかと記憶をたぐり寄せてみたが、全く身に覚えがない。




「いやあ、ほら、グランツがね、ずっと聖女様の話をしていただろう?それで、気を悪くしていないかって」

「な、何でですか!?そん、そんなことないですよ。そんな、こと」

「私も、少しおかしいと思ったんだよ」

「え?」

「グランツは、あまり喋らないこだったけどね、あんなに夢中になれる人が出来て。でも、何だかそれが、空っぽなようにみえて、本当に好きなのかって……私には、そう見えたんだよ」

「……グランツ、が」




 モアンさんは、手を組み替えて深いため息をついた。

 彼とモアンさんはどれだけの時間一緒に過ごしたか知らない。けれど、長い時間一緒にいたからこそ、モアンさんは気づくことが出来たんだろう。グランツの変化に。何かは分からないけれど、何か違う。そんな気持ち悪さに。




(エトワール・ヴィアラッテアが魔法で……何てはいえないけど、まとを得てる)




 真実を話すべきかどうか、私は一瞬迷ったが、言わないことにした。言ったところで何も解決できない。それに、聖女を貶したと怒られるかも知れない。




「そんなことないですよ。グランツが好きだって言うのなら……大切だって言うのなら、それを尊重してあげたいですし」

「そう、だよね。私の考えすぎかしらねえ」

「……」

「でも、心配なんだよ。グランツの事、本当の息子みたいに思っているから……だからね、彼が傷つくことは、本当に辛い」

「モアンさん……」




 そこまでグランツを思っているんだ、とじんわりと温かくなった。けれど同時に、そんなモアンさんの心さえ気づかなくなっているグランツに怒りを覚えた。いや、それを塗り変え、自分の物語を作っているエトワール・ヴィアラッテアに怒りが湧いてきた。現状どうしようもないけれど、それでも、彼女を許すことは出来なかった。

 きっと、グランツは洗脳されていなければ、モアンさんやシラソルさんを気遣って、もっとゆっくりここにいてくれたはずなんだ。何も言わずに帰って行ってしまって、その事をモアンさんは酷く気にしていた。口には出さなかったけれど、起きてきたとき、モアンさんの悲しげな顔を見て、私はグランツに怒りが湧いた。

 彼自身が、洗脳されていると気づくことは難しいだろうけれど、それでも……




「まあ、でもグランツも子供じゃないんだから、気にする必要ないのかもね」

「気にする必要ありますよ。モアンさん。だって、大切な息子が、悪い女に誑かされていたら!あっ」




 私はしまったと、口を閉じた。モアンさんは目を丸くして、私を見ている。私は首を横に振って否定した。もし、モアンさんが、聖女を神聖視していたら……そう考えただけで恐ろしい。どんな目も、すぐに軽蔑の目に変わる。




「ステラ」

「あ、あの、今のは違うんです。いや、その……」

「もしかして、気にしているのかい?聖女様のこと」

「え、えっと」

「大丈夫だよ。別に、私は、聖女様を神さまだなんて思っていないから。普通の人間だと思っているよ」

「え、え、」




 にっこりと、目尻に皺を寄せたモアンさんを見て、私は呆気にとられてしまった。そんなにサラッというべきことではないだろうに、彼女は躊躇うことなくそう言った。ただ後からやってきた安堵感は凄くて、私は肩にのしかかっていた重みが一気に外れるような気がした。




「どうしたんだい?」

「いえ……少し、疲れてしまって。でも、モアンさん、聖女のこと、聖女様のこと普通の人間って」

「そうだろ?だって、女神様は一人しかいないんだから。聖女様は、神さまじゃないよ。確かに、女神様の力を受け継いでいるかも知れないけれど、一人の少女だろ?」

「そ、そうですね」

「まあ、外では言わないけれどね。周りの目が怖いから」




と、モアンさんはいって肩をすくめた。やっぱり周りはそうなんだ、と思いながらも、モアンさんが聖女過激派じゃないと知って私は安心した。まあ、私も口外しないけれど、聖女を一人の少女としてみているモアンさんは何だか新鮮だった。




(そういう人が沢山いればよかったのに……)




 モアンさんみたいな人にもっと早く出会っていれば、前の世界でももう少し気が楽な生活が出来たかも知れない。偽物聖女だって哀れまれることも、トワイライトのように聖女様だって神聖視されることもなく。ただ一人の少女として、そう接してくれる人がいればよかったのに。そうならないのが現実だってわかっていても。

 モアンさんはその後、用事があると部屋を出て行ってしまった。彼女が出ていった後、本当に胸の中のモヤモヤがスッと消えたような気がしてスッキリした。まだまだ、問題は山積みなんだけど、それでも、少しだけ前を向けるような気がした。

 それから引き出しの奥にしまっていたあの紙を取りだして、私は再度攻略の目途を立てる。




「やっぱり一番最初に攻略すべきは彼しかいないわよね――」




 問題は、どうやって接点を作るか。

 脳裏に浮かんだ、紅蓮は私に背を向けて、こちらを向こうとしなかった。




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