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02 薄幸の少女は何を思う




「祝……福…………?」

『ええ。祝福。貴方も、後悔したまま死ねないでしょ?』

「え、でも、私は、死んで……意味が、分かりません」

「ほら、困っているじゃない。女神様、彼女は傷ついているんです。考えてあげてください」




 冬華さんが少し怒ったように言った。女神は、悪戯っ子のように笑って『ごめんなさいね』と謝る。そこに心はこもっていないような気がした。

 わけが分からず、私の目は回るばかりだった。




(死んだと思ったら……いや、死んでいるんだろうけど、こんな変な空間にとばされて、祝福を与えるとかいわれて……推しの作家さんがいて)




 情報量が多すぎる。

 今言えることは、私が死んだという事実だけ。きっとこの女神は、トワイライトをあの世界におくった張本人であっているし、じゃあ、ここはその女神の……




『そんなに怖がらないで。祝福といっても、受け取ってどう動くかは貴方次第なんだから』

「……まず聞かせてください。トワイライトを助けてくれた……幼くして死んだ天馬廻を育て、トワイライトとしてあの世界に送ったのは貴方なんですよね」

『ええ、そうよ。私は女神だから。といっても、あの世界に存在してる女神とはまた異なる存在。世界と世界、次元と次元の間に君臨している視覚的にも聴覚てきにも……もっといえば、生きとし生けるもの全てが観測できない存在ね』




 女神はサラッと言ってのけたが、あまりにもファンタジーだった。だってそんなことあり得ない。私達が認識できないだけでそんなものが存在しているというのだろか。まあ、異世界転生というものを経験した上、飲み込まざるを得ないのだけど。




『理解しようとすると、頭が痛くなるわよね。いいわ、サラッと流して頂戴』

「これが、サラッと流せるわけないじゃないですかあ!?」

「私も同意よ」




 冬華さんもうんうん、と頷いている。所で、冬華さんは何故この空間にいるのだろうか。もしかして、彼女も死亡した? なんて失礼なことを思い浮かべていると、それに気づいたらしい冬華さんが全力で否定した。




「私は死んでないわよ」

「あ、えっと、えええと、ご、ごめんなさい」

「謝らないで。女神様があんなこと言ったから、そう思うのも仕方ないから……はあ、まあ、呼び出されたっていうのはそうなんだけど」




と、冬華さんは呆れたようにため息をついていた。何か訳ありらしいが、話が余計ややこしくなるので、私はそれ以上聞かないことにした。


 それにしても、この女神は、人の心がないんじゃないかと思った。優しい口調、ふんわりとした雰囲気。全て包むようなそんな包容力が感じられるのに、それでも何処か冷たくて、万人に等しくて……人の心が分かっていないような感じがした。人間が理解できない存在だから仕方ない。きっと、あっちも人間のことをよく理解していない。




『話を続けるわね。まず、ここに連城冬華さんを呼んだのは他でもない、貴方のこれからの為よ。天馬巡さん』

「……はい」

『祝福っていうのはね、魂だけになってしまった貴方をまき戻った世界にもう一度送り届けるということ。簡単に言えば、貴方に新しい身体を与えるっていうことね。それも、とびきりの』

「新しいからだ……」




 頭で理解するのはやめようと、思考は放り出して、言葉のまま受け止めようと思った。

 今現在、私は魂だけの状態になっていると。エトワール・ヴィアラッテアがそうだったように、不透明な存在で、私の身体を欲していた魂状態だったように、今度は私がそれになったと。

 あの世界に戻るには、身体が必要だと、そう言いたいのだろう。それが、女神からの祝福。

 だが、ただの身体を貰った所で、ラスボス外道のあの聖女エトワール・ヴィアラッテアを倒せるわけがないのだ。

 そう思っていると、私の心を読んでか、女神はクスクスと笑った。




『勿論、ただの身体じゃないわよ。特別な……ね?』

「初代聖女の身体」




 そう呟いたのは冬華さんで、彼女は額に手を当てた。




「結構前に作った作品の番外編をーみたいな感じで作ったのよ。それが、企画として通った。まあ、いってしまえば、ハードモードの上、エクストラかしら」

「ええっと」

「新たなルートよ。ヒロインルートがノーマルだとしたら、エトワール・ヴィアラッテア……悪役ルートがハードモード。そして、新たに創り上げたのが初代聖女ルート、エクストラモード」

「つまり、攻略をやり直すと」

「思った以上に、頭いいのね。そういうことよ」




 誉められても嬉しくない。


 まるで、ゲーム感覚だと思った。確かにあの世界はゲームの世界だけど、それを忘れてリアルだと思って生きていたし、痛みだって感じていた。だからこそ、あの世界は、私にとってもはやゲームの世界ではなくなっていたのだ。

 そして、今回世界がまき戻ったことによってまた一から乙女ゲームが始まると。まあ、巻き戻しをリセットと考えたら、好感度も0に戻るんだろうけど。




(そういう考え方?)




 方法はどうあれ、あの世界に戻るには、その初代の聖女の身体を借りなければならないらしい。そして、また乙女ゲームを始めると。

 頭が痛くなってきて、一旦私は立ち上がり深呼吸をした。




(でも、あの世界に戻れる方法があるなら、何でもいい……)




 諦めていた、消えたいと思っていた……数分が嘘みたいだった。あれだけ辛い思いをして、エトワールの身体で生きていたとしても、私は虐げられていたかも知れない。生きづらかった。本当は生きづらくて仕方なかった。それでも、周りの人が私に優しくしてくれたから、生きてみようって思った。その光がなくなった今、生きる理由も見失っていた。

 彼らの記憶は全てエトワール・ヴィアラッテアに奪われた。




(てか、初代の聖女って凄いんじゃない?)




 聖女は皆同じステータスだとは思うけれど、初代、とつくだけあって強いんじゃないかと思った。まあ、強さがどう影響するか分からないし、まず乙女ゲームということを忘れてはいけない。

 私は、落ち着きを取り戻し、再び席について二人と向き合った。




「その初代の聖女の身体、かして貰えるんですか」

『ええ。貸す、という言い方があっているのかは、分からないわね。貸すということは、返すと言うことがセットなのだけど』

「私は、あの身体に愛着があるんです。辛い思いもしたけど、エトワール・ヴィアラッテアの身体で、エトワールとして生きてきた思い出がある。彼女は奪われたっていったけど、それでも、今は私の身体だと思っています。だから、記憶と共にあの身体を奪い返す。それまで、貸してください」

『そうきたのね……ふふふ、面白い子ね』




 女神は嬉しそうに笑っていた。私を玩具か何かと勘違いしているのかも知れない。まあ、それでも良くて、私は一時的にその初代の聖女の身体を借りたいと宣言した。エトワール・ヴィアラッテアの身体は、確かに辛い。聖女として認められないあの身体、あの容姿のせいで虐げられてきた。けれど、あの身体に思い入れがないわけじゃない。だから――




『いいわ。貸してあげる。でも、冬華さんのいったとおり、簡単じゃないわよ』

「……はい」

「巡さん、あの世界は既にエトワール・ヴィアラッテアに支配されているわ。魔法で好きかってして、人の心も歴史もぐちゃぐちゃにしてある。でも、ストーリーからは外れていないし、クエストとかはあるけれど……全く関わりのない状態で、貴方は攻略をしないといけない。この意味分かる?」

「は、はい」




 ほんとに? と、冬華さんは疑いの目を向けてきた。




「攻略キャラの記憶は全て消えているわ。でも、不完全な世界の巻き戻し方だったから、そこに歪みがあるかも知れない。攻略を進めれば、記憶が戻るかも知れない……でも、ムリに戻せば、エトワール・ヴィアラッテアに気づかれる可能性はあるわ。それと、もう一つ……あの世界で、前世の話は多分通じないわ。それすら記憶に蓋をされていると思う。変なことはしないこと」

「成る程」

「兎に角、難しいってことは言っておくわ。一応、今のところクリア者はいないし……」

「ゲームの話ですか!?」

「ま、まあ……でも、貴方にとってはそれが現実なのでしょう。人の心ってそう簡単に動かないものなのよ。とくにあの世界の攻略キャラは人間不信だから」

「確かに」




 要約すれば、部外者が攻略キャラに話しかけに行って好感度を上げないといけない、ということだろう。それも、エトワール・ヴィアラッテアの洗脳がかかった状態の攻略キャラを振向かせないといけないと……多分そう言うことなんだろう。




(確かに難しそうだけど……)




 私はギュッと手を握った。それでも、私は取り戻したい。あれだけこてんぱんにされて、絶望して、苦しんで。それで、彼奴だけが幸せになるなんて許せない。

 消えかかっていた殺意がまた戻ってきたような気がした。




『辛かったらずっとここにいてもいいのよ?』

「え……」

『貴方は、前世も辛い思いをしてきた。だから、これ以上辛い思いをしなくてもいいの。ここにいたら幸せよ』




と、女神は囁く。


 ここにいるメリットとか、確かにここには誰も私を傷付ける人はいないかも知れない。これまで辛い思いをしてきたのは、全くそうだ。これ以上傷つきたいわけじゃないし、辛い思いをしたいわけじゃない。でも、私は……




「私は……今の自分が好きです」

『そう』

「変わったと思ってるから。変われたと思っているから……それに、好きな人をとられて黙っているような、女じゃなくなったので。同担拒否って奴です」




 私はにこりと女神に微笑みかけた。隣でプッと冬華さんが笑っている。

 女神は、私の話をしっかりと聞いて、うんと頷いた。




『そう、なら大丈夫ね。でも、私から見たら、貴方は可哀相な薄幸の少女……』

「しょ、少女って、一応成人してますが!?」

『そうかしら。心はずっと乙女でしょ?』




 なんて、女神はからかってきた。そうかも知れないけれど、成人過ぎて少女と言われるのは何だかなあ、と思う。

 女神から見て、私は不幸な女の子だと……自分ではそんな被害者意識はないつもりだけど、周りから見たらそう見えるのかも知れないと改めて思った。どっちでもいいけれど……




(幸せは自分で探して掴むものだし……)




 あの世界に行ってそれを知ったから。

 私はもう一度決意を新たに前を向いた。推しの作家に会えたこと、トワイライトを救ってくれた女神に会えたこと、ここ数分、数十分で濃厚な話を聞いてまだ情報は整理しきれていないけれど。




「私、もう一度あの世界に戻ります。戻って大切な人達をエトワール・ヴィアラッテアの洗脳から解放します」

『それが、貴方の覚悟ね。分かったわ。それじゃあ、目を瞑って』




 私は言われるが儘に目を閉じた。すると、身体の周りがホ我補我と温かくなっていく。輪郭が薄れ始めた感覚がし、転移魔法のようなものがかかっているんじゃないかと思った。それと似たような感覚。

 私は目を閉じたまま冬華さんにいった。




「冬華さんもありがとうございました。私の為に」

「ええ……そうね。貴方が、昔の私に似ていたからかしら……それに、夏目が」

「え?」

「何でもないわ。頑張って……幸せを掴んでね」

「はい」




 目を閉じていて顔は分からなかったけど、きっと笑顔で見送ってくれているんだろうな、と感じながら私は指を絡ませ強く握った。それは祈りのポーズのようだった。




『薄幸の少女に、祝福を』



 そんな女神の声と共に、私の意識は優しく何処かへととばされた。





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