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176 夜空に輝く赤い星




 紅蓮。目に焼き付いて離れないその色と、白く、また黄金に輝くその瞳は闇の中でも光輝いていた。




(まるで、一等星ね……)




 赤く見える星ベテルギウス、一等星……彼の紅蓮は、彗星のごとく激しく燃えて……いや、燃え続けている。燃え尽きるなんてことはないんだろう。ふわりとチューリップの顔にも鼻孔をくすぐる。何で本当に闇の中に居ても彼の色は鮮明に見えるのだろうか。不思議だ。




(じゃなくて……!)




「あるべ……ま、何でここに」




 大きな声を出してはいけないと私はこそりと彼にいった。アルベドはまた肩をすくめる。何でそんな馬鹿にされたような顔で見られなきゃいけないのか。助けに来たとか言ったくせに、私のことを哀れんでいるなんて意味が分からない。いや、アルベド・レイという男はこういう男だった。弟もそれに限りなく近い。

 弟の話はさておいて、どうやって皇宮に侵入したというのだろうか。




(あったのは、二日……三日……時間の感覚が分からないけど、あのパーティー以来よね……?)




 あのパーティーのことはあまり思い出したくなかった。でも、確かに私に声をかけてくれて一緒にいてくれたという事実は変わらない。それは嬉しく思っているし、懐かしく感じてしまう。その後、アルベド達がどうなったのかは知らない。あのパーティーは昇華不十分なところが多かったから。私はあの後の出来事を知らない。

 助けに来た、ということは少なからず私が死刑宣告をされたということは知っているのだろう。何処で聞きつけたのか。いや、もう帝国中にこのはなしは広まっているのかも知れない。聖女を名乗った罪と、多くの貴族を虐殺した罪……とか。罪名はどうでもイイ。そもそも、はじめからいいように思われていなかったんだから。

 私は、アルベドを見た後、いたたまれない気持ちになって下を向いた。何というか、顔を合わせる資格がなかったから。




「それで、何しにきたのよ……」

「いっただろ、助けにきたって」

「誰もそんなこと頼んでないじゃない」

「……俺がしたくて、してる」




と、アルベドは、アルベドらしい言葉を投げてきた。予想はついていた。それでも、そこに私というものが含まれていて、彼の優しさを感じてしまった。だからこその、罪悪感というか、巻き込みたくないという気持ちが強くなる。こう思っていることは、きっとアルベドは分かっていないんだろうなって。




「あっそ……」




 だから私は素っ気ない態度をとった。彼の興味を逸らすために。いつの間にか見えなくなってしまった好感度。だから、彼の好感度が上がったのか、下がったのかも分からなかった。あれに頼り切っていた部分があったんだな、と反省した。ゲームだけど、ゲームじゃないから。逆に好感度が見えてしまうのはある意味怖いことで、それも大いに理解しているつもりだった。今では懐かしくある。あの感覚が。

 アルベドは眉を下げてか細く笑っていた。私の強がりだってきっとあっちも気づいただろう。あからさますぎた。こんなことでは、きっとアルベドの好感度は下がらない。そもそも、アルベドがこんなことで感情を揺さぶられるような人間じゃないから。




(でも……このままじゃ、きっと)




 私も相当頑固な自信があるけど、アルベドも頑固だ。決めたことはやりきるだろう。でも、今はそれが一番厄介なのだ。




「………………アンタは、あの後どうだったのよ」

「あの後?ああ、パーティーのことか。別に怪我はしてねえけど」

「そう」

「つれねえな……また、何か言われたのか」

「……」

「いわなくても予想はつくがな。裁判とも言えないような、裁判をやって……お前が傷ついているのはよく分かる。言葉煮出して言うようなことじゃねえかもだけどな……俺は、凄く心配だった」




 そう、アルベドは素直に言った。

 所々、刺さるところはあったけれど、アルベドのその言葉を聞いて、安心している自分がいて、泣きたい気持ちで一杯になった。心配してくれる人がいるんだって、またそれだけで視界が霞むから。優しさに縋れば気持ちいいかも知れない。でもそれではいけないって分かっている。

 周りが敵だらけだったからこそ、彼の言葉が今心に染みているんだろう。彼自身、人間不信なのに、それでも私のことを信じて心配してくれていて。

 私は彼に見られないように目元を擦った。




「お前が死刑になったことも聞いた。抗議してえところだが、俺の言葉は聞き入れて貰えないだろうな」

「ううん、アルベドだけじゃない。きっと私に味方した人は全員……でも、大丈夫だから」

「はあ!?大丈夫な顔してねえだろうが」




 アルベドはしまった、と大きな声を出したことに関して口を塞いだ。

 そう言えば、アルベドは変装魔法もしずにどうやってここまで来たのだろうか。




「アンタ、ここまでどうやって入ってきたのよ。この間まで、皇宮の中に入るのはーとか言っていたくせに」

「まあ、それは色々と。変装魔法じゃバレるからな……まあそれっぽくメイクとかで誤魔化したてんだよ」

「まるで、怪盗ね」

「何だそれ」




 伝わらなかったかあ、なんて私は思いながら、またアルベドはリスクを冒してここに来ていると胸が痛くなった。本当に此の男は何処までも……嬉しくないといったら嘘になるし、でも、そんなリスクを冒してまで彼がここに来る必要はないのだ。闇魔法を弱体化させる結界が張られているであろう皇宮の中に何時間も潜入していたら、彼こそ危険なんじゃないかと。それに見つかったとき、アルベドの立場が悪くなる。

 そもそも、どうやってここから抜け出そうというのだ。




「お前が心配していることは全部取っ払ってきたつもりだ。皇宮の結界も一カ所脆くしてそこから入った。今ならここを抜けられるはずだ」

「どうしてそこまでするのよ」

「だから、俺の為」

「アンタの願いは、野望はそうじゃないでしょ。確かに、私がいなくなったらアンタの理解者はいなくなるかも知れない。でも、アンタは優しいから……きっといつか、アンタの理想を受け入れてくれる人はでてくると思う。光魔法と闇魔法が手を取り合って生きていける世界だって実現する。私がいなくてもいいじゃない」




 彼を突き放す言葉だったか、それとも、本音だったか。私には分からなかった。でも、アルベドはたまに自分を大切にしない。これまで、自分を大切にしてきたであろう男だろうに、何で私の為なんかに。

 ある意味私がまた人を狂わせたのかも知れないと。

 彼は、こんな所で、彼の理想は夢は、こんな所で潰えて良いものじゃない。私が一番今みたい景色だから。




「俺は、お前のいない世界なんて考えられない」

「……っ」

「だから、俺と一緒に逃げてくれ」




 鉄格子越しに彼は私の手を握った。人を殺して、バカみたいに余裕のある彼の手が震えていた。私は彼の顔を見えなかった。

 そんなの、告白じゃないかと。

 いや、前から好きだと言われていた。でも、私はリースが好きで、彼の気持ちには応えられなかった。それでも、アルベドにはリースとはまた違う感情を向けていて。順位をつけられないくらい大切な人で、相棒なのだ。


 恋愛感情はややこしくて嫌だ。


 アルベドが一人の女性のためにここまでしているのか、それとも一人の友のためにここまでしているのか曖昧だった。それでも、一貫して『大切な人』のために行動しているのは分かってしまって。

 私は、手を握り返すことが出来なかった。握り返す資格なんてない。彼の手を握る資格なんてないんだ。




「……私は、人を殺した」

「それは、お前のせいじゃない。何か飲まされただろ?魔力が暴走する薬か何か」

「……それでも、抑えきれなかったのは私だから。私が殺したの」

「お前は悪くねえ」

「悪いの。私が悪いって思っているから悪いの。罪は消えない……アンタだって、人を殺してるじゃない。正義のためでも、相手が悪人でも人殺しは、人殺しなのよ」

「……っ」




 アルベドの手が緩んだ。


 最低なことを言っている自覚はあった。彼だって分かっているからそんな反応を見せたんだろう。それでもアルベドは逃げずに手を握り返した。




「ああ、俺も人殺しだ。罵っても、恐れてもいい……どう思われようと俺はいい。汚い手でも、お前の手を握ってここから連れ出したい。お前の罪を一緒に背負う。今は、俺に助けられて欲しい」

「そこまでしなくていい!」




 私は叫んだ。


 一方通行だ。どっちの意見もきっと正しくて、間違っているんだろう。

 折れることだって出来た。逃げたいという気持ちもある。でも、逃げちゃいけない理由があるんだ。私は折れるわけにはいかなかった。彼の手を振り払って、彼を突き飛ばしてでも、私はここに残らなきゃいけない。



 彼の夢のため? 理想のため? 



 ううん、違う。でも、それもある。彼に背負わせたくない。彼には生きていて欲しい。私と逃げたら一生追われる身になってしまう。そしたら、彼の理想も夢も何も叶わない。私が潰してしまう。可能性を、彼の未来を拘束することは私には出来ない。

 自分の命と、アルベドの命を天秤にかけたとき、きっと私の命のほうが今は軽いから。

 大切だから。だから、こうやって守るしかない。この方法しか今私には出来ない。

 目の前にいる大切な人を守る方法が、一つしかない。

 大切な人だから、大切な人の今を守らせて欲しい。


 理解して。


 私は、胸がはち切れそうな思いで彼の手を払った。パシンと乾いた音が走る。




「迷惑なのよ」

「エト……」

「私は逃げない。いいの、私が殺した。私が台無しにした。私が悪い。私が、偽物聖女なのが悪いの。もう、罪は消えない。これは私だけの罪だから。アンタが背負う必要ない」

「エトワール、なあ……っ」

「もう、いい。帰って。アンタの顔なんて見たくない。大嫌い。帰って。もう二度と、私に関わらないで。私は、ここで死ぬから」

「……」




 過呼吸になりそうだった。最後まで言い切れただろうか。

 私はちらりと彼を見た。満月の瞳に影が差していた。彼は悲しそうに、傷ついたように伸ばしていた手を引っ込めた。はらりと肩に落ちた紅蓮の髪を払って一度だけ鉄格子を掴んだ。アルベドは私の名前を呼んだ気がした。




「ああ、そうかよ。勝手にしろ」




 アルベドはそれだけ言い残して私に背を向けた。あれだけ鮮明に写っていた紅蓮も、一瞬にして闇にとけてしまった。足音はもう聞えない。

 彼がいなくなった闇はとても静かで寂しかった。身体から力が抜けて、私はその場に倒れる。もう指先を動かす気すらなかった。


 後悔、しているのだろうか。




「…………これで、よかったんだよね」




 守る方法。不器用だ。でも、これしかなった。

 私は自分の選択が間違っていなかったと、自分自身を肯定し目を閉じた。まだ私の視界の端で、あの紅蓮が揺れていた。




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