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【本編完結】乙女ゲームの世界に召喚された悪役聖女ですが、元彼は攻略したくないので全力で逃げたいと思います  作者: 兎束作哉
番外編 ~巡廻~

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173 裁判




 泣く気力さえなくなってしまった。


 彼女が仕組んだこととはいえ、魔力を抑えきれなかった私にも胃があるんじゃないかと思ってしまったから。そう思ってしまったが最後、罪悪感で押しつぶされそうになってしまった。だって、数でいえば、十数……でも、命の重さをひしひしと感じ、私はどうしようもない気持ちになってしまったのだ。普通はそうだ。故意なんて言葉通じない、人殺しは人殺しだ。ふと、アルベドはどんな気持ちでそれらを行ってきたのか気になってしまった。彼はどんな気持ちで人を手にかけてきたのだろうかと。魔法ではない、確かナイフとかで。最も、その肌に、感覚に近いところで彼は……

 そこまで考えて私は首を横に振った。アルベドはアルベド。そして、戦争で人を殺したリースもリース。何かのために人を殺すのと、故意……違う、暴走によって無差別に人を殺すのは違うと思った。


 あの時はパニックになって、死んだ、という事実だけをただ記録した。でも思えば、そんな簡単なことじゃなくて、その人にも、名も知らない貴族であってもそこに生活や営みがあるわけで、それらを私は一瞬にして奪ったんだと。

 エトワール・ヴィアラッテアは、私を犯罪者にしただけではなく、心まで抉ってきたと思った。だって、こんなの実際に人を殺さなければ感じることのない感情だろうから。




「うぅっ……」 




 嘔吐いてその場にへたり込む。出すものなんてないから、私は必死に酸素を吸い込んで呼吸を整える。何も変わりはしない。酸素を取り込むことにすら身体が抵抗している。

 足にはめられた枷がさらに重く感じてしまった。何処にも行けない。ここで餓死するかも知れない。料理が運ばれてくる気配もなくて、私はただ一人誰もいない地下牢に閉じ込められているのだ。今までが贅沢だったといえば贅沢だったんだろう。だから、その反動で、これが普通じゃないって思ってしまう。いや、実際普通じゃないんだけど。




「バカだなあ……私」




 自分の声が擦れていることに気がついた。水もろくに飲めていない。誰かと喋ることすら出来ていない。ただ一人、暗い地下牢で。

 先ほどまでエルがいたが、彼女は身分を偽ったエトワール・ヴィアラッテアだった。途中で気づけば良かったものの、私は何処かで彼女を信じたかったのかも知れない。だから私は、彼女に少しの信頼を寄せていた。それが、彼女にとっては好都合で利用されて。彼女に渡されたジュースをそのまま飲んで。自分が全て招いたことだった。人を信じるのも大概にしろって。私はそこまでお人好しじゃないんだけどなあ、なんても思った。今更何が変わるわけでもないのに。


 そんな風に一人悶々と悩んでいれば、バタバタと足音がこちらに近付いてくるのが分かった。一体誰だろうと、顔を上げれば武装した何人かの騎士が私を見下ろしているのが分かった。この間よりも頑丈な甲冑に身を包んでおり、私への警戒が強くなっていると思われる。そりゃあれだけ暴れたらそうなるだろう。

 今になって思えば、本当にあれだけの犠牲ですんだと……




「……何?」

「偽りの聖女エトワール・ヴィアラッテア、外に出ろ」

「……?」

「裁判に出るんだ。お前の罪を法で裁く」




と、騎士の一人が言った。裁判だなんて、よく耳にはした言葉だけど、まさか自分がその被疑者……被告人になるとは思わなかった。黒は確定だろうし、彼女のいったように私は死刑な気がしてきた。かといって逃げられるのかといわれたら逃げられないだろうし、逃げる気力もなかった。どうせ逃げられない。


 牢の中にぞろぞろと入ってきた騎士達は私を無理矢理立ち上がらせ、足枷を外すと、魔法か何かで私の手を縛り上げた。拘束魔法は、光でも闇でも使えるから、普通の拘束魔法なのだろう。手に魔力が集まらないところを見ると、かなり高度な拘束魔法らしい。




(そんなことしなくても逃げないわよ……)




 今更逃げる気なんて起きなかった。人を殺した私がのうのうと生きること何て、逃げること何て出来ないだろうから。諦めたくないし、生きていたいけれど、罪悪感を抱きながら生きることは出来なかった。でも、もし、何やかの希望があって、私じゃなくて誰かが仕組んだことだって分かって貰えたら、その希望に縋るかも知れないけれど。




(もう、期待するのはやめなきゃ……)




 誰かを信じるのも、期待するのも諦めた方が良かった。誰も助けてくれないと。

 私は、罪人として酷い扱いを受けながら、裁判所へと向かった。何処でやるのだろうかと、冷たい地下牢から出、暫く歩くと、神殿のような作りの場所に出た。そう言えば、牢を出るときに転移魔法を使っていた気がする。だから、ここは皇宮ではないのかも。なんて、分析をしながら、私は通された法廷のど真ん中に立たされる。私が部屋に入ると、一斉に私に厳しい視線が向けられた。




「きたぞ、偽物の人殺しが」

「貴方のせいで、私の夫が……死んで責任をとって頂戴」

「ああ、恐ろしい。あの惨劇を思い出してしまう」




 などと、私を見ながら怒りに震えるもの、恐怖に怯えるもの。そして、私に向かってペンや紙くずをとばす人間もいた。貴族なんだろうが、やることが幼稚というか、虐めのそれだった。けれど、私は手を縛られていてそれを払うことすら出来ない。ペンの先が頬に当たって血が出たとしても拭うことは出来なかった。

 本当に自分が罪人なんだと改めて理解した。でも、私のせいじゃない……いや、そう言いきれないけれど、でも、やりたくてやったんじゃない……ああ、どれも言い訳だった。


 私は部屋の中心で、皆の罵倒と殺意の視線を向けられながら、裁判官たちと向き合った。彼らの目は、私を罪人と映しており、公平で中立の立場といえど、私を擁護する気もないようだった。それで、裁判が成り立つのかといいたかったが、それも言えずにいた。

 誰も信じていないし、期待していない。どうせ、私はここで死刑が確定する。

 一番たちたくなかった場所。いや、これからもっと嫌な場所に経つことになるんだろう。ここにいる人よりももっと大勢の人に囲まれて、あの場所に。そう考えると私は恐怖で震えてきた。もうそうなるであろう未来が確定したけれど、私はそれを鮮明に思い浮かべてしまい、水から恐怖を促進させた。ダメだと首を横に振る。


 カンカンと、音が響き、会場が静まりかえった。先ほどの罵倒や、ものがとんでくるということは収まったけれど、私に向ける視線は相変わらず変わらない冷たいものだった。




「これより、貴族大虐殺の被告人であるエトワール・ヴィアラッテアの裁判を始める」




 裁判長の声と共に、私の罪に対する裁判が始まった。


 本来なら、私の言葉を聞くべきなのだろうが、周りの貴族たちが次々に証言をしていき、その中には感情論が混ざった事実なのか、誇張なのか分からないものまであった。それを、裁判長、裁判官共に理解できるぞ、と首を縦に振っている。中立なんていう人間はここにはいないようだった。幸いなのか、それとも最悪なのか、この場にはリースや、ブライト、アルベドはいなかった。いたとしても、彼らの証言が私を助けてくれるとは思わない。彼らを信じていないわけじゃないけれど、彼らの立場からして、証言が弱く、私の無実を晴らすことは出来ないだろう。そして、この場にはエルもいなかった。彼女もいたとしても虚偽の証言をするだけだろうし。




(……裁判なんて言えないわよ。こんなの)




 私を悪人に仕立て上げるだけのお芝居のようだった。私は、彼らの言葉が右から左へと流れていた。心が痛まなかったわけじゃない。名も知らない貴族とは言え、やはりそこには家庭があり、立場があり、愛する人がいて。そんな愛する人が、いきなり殺されて、そして、その殺人鬼がここにいるというのなら、その怒りをぶつけたくなる気も分かる気がした。実際に、私は大切な人を殺されたことがないから、想像でしか分からないけれど。

 自分の中で自分を正当化しようとしても、どれも言い訳に聞えてしまって自分で自分が嫌になった。どうしても言い訳。やってしまったという事実が消せない限り、私は罪人のままなのだ。過去に戻ったとして、同じことを繰り返さないでいられるかといえば、もっともっと過去に遡らなきゃいけない。




「被告人、これらに対して反論はあるか」




 これは、最後の問いかけだろうか。

 私は何て答えるべきか迷った。どうしても言い訳になってしまうけれど、それでも無実というか、はめられたことをいうべきだろうか。誰も擁護してくれない。守ってくれない。そんな中で、自分の意見を言えるだろうか。




(何を言っても、私の声は届かないんだろうな……)




 私は深くため息をついた。そのため息を聞いて、会場の雰囲気が悪くなる。私の言動一つ一つが全て彼らを不快にさせるのだ。そんなの知ったことじゃない。

 何処かで、エトワール・ヴィアラッテアが笑っているような気がした。いい気味だと、そういって私を見下ろして笑っている。そんな性格の人が愛されると本気で思っているのだろうか。




(馬鹿馬鹿しい。全部全部、馬鹿馬鹿しい)




 私はギュッと拳を握った。手がちぎれてでも、この拘束を破ってここから走って逃げてしまおうかとも思った。ギチギチと魔法の枷が音を立てた。私は、酸素を胸一杯に吸って真っ直ぐと前を向いた。




「私はやっていません」




 そうはっきりと、聞える声で言った。


 会場が静まりかえり、それからどよめき、憤慨した。それからのことはよく覚えていない。また罵倒と、殺意と、色んなものが集中的に浴びせられたが、私はただ自分の無実と、一縷の光を見つめていた。それが、偽物の光だったとしても、幻だったとしても、何かを信じて縋らなきゃ、生きていけなかった。

 カンと、音が響く。裁判長の野太い声が、会場を制した。




「判決を下す。被告人、エトワール・ヴィアラッテアを――」




 判決ははじめから決まっていた。

 無意味な裁判。聞く耳を持たない裁判官。これは、ただの魔女狩り……




「――――死刑」




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