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169 じっと見つめられて




「二人とも戻ってくるの遅い……何してるの」




 かれこれ、数分、数十分は経ったと思う。会場が広いから迷子になるとか、人混みが大変なのは分かる。私も嫌いだし。でも、あまりにも戻ってくるのが遅いので、私は足が痺れてきた。会場に座るところ何てないし、かといってドレスのまま地べたに座るのもあれだと、私は壁にもたれ掛りながら入れ替わり立ち替わり歩いて行く貴族を眺めていた。何というか、ジャラジャラとした装飾に重たそうな服を着ているなあ、と相変わらず元の世界の感覚でものを見てしまう。自分の服もそうなのに、人のこと言えないだろ、といわれたら全くその通りなんだけど。




「はあ……」




 ここに来て、色んなことが分かってきた。


 グランツの過去、アルベドが何故グレーゾーンの記憶を書き換える魔法を使ったのとか。ブライトが、弟に対して思っていた気持ちとか。

 やり直せるなら全部やり直して、皆が幸せになれる世界を作りたい。でも、グランツとアルベドに関しては限り無くどうしようも出来無いものだと思った。だって、その時に、聖女はいないのだから。転生しようにも、力のない人間に転生したら、二人の間に起きたものを解決できないし。

 ブライトに関しては、もう一度やり直して、早めに混沌は寂しい存在で、ブライトは混沌のことをしっかりと弟としてみてて、とかブリリアント家の問題も解決したい。

 でも、全てやり直せないことで、どうしようもないことなのだ。


 此の世界にはリセットボタンがない。リセットすると言うことは、禁忌を犯すと言うこと。私が、時を戻したとて、私が消えてしまうわけだから、結局は意味がない。仲介役がいてこそ、どうにかなる話ばかりだった。




(私がもっと上手く立ち回っていたら、こうならなかったのかな……)




 転生して、推しに会えて浮かれて……でも、その推しは元彼で、今の恋人で。けど、その恋人は他の人と籍を入れて、私の手の届かない存在になってしまって。後は、グランツのこと、裏切らせてしまったこととか、アルバのこととか、アルベドの事もっとはじめから分かっていて、彼に寄り添ってあげればとか。双子の、ルクスとルフレの劣等感とか、好きだけど、嫌いみたいな感情をもっと二人の間で共有できるようにしてあげられていれば、とか。

 もう後から後から押し寄せてくる、もっとこうしていれば良かったは止らなかった。

 話を聞くたびそれが積み重なっていく。変えられない過去に思いを馳せても仕方がない。私がここにいるのも、もうどうしようもなく、変えられない事実なのだから。




「エトワール様」

「え、エル!?」

「なんでそんなに驚くんですか。私がいたらダメなんですか?一応、貴方の監視役なので、貴方の事を見なければならないんです。私も仕事があるんですが、仕方なくです。本当に仕方なくなのに、どうして、貴方はそんな態度を……」

「わ、分かった。大丈夫、落ち着いて」

「落ち着くのは貴方では?」

「ブーメラン!」




 私に声をかけてきたのは、まさかのエルだった。彼女は、オレンジの瞳をつり上がらせて、不愉快だと言わんばかりに睨み付けてきた。その手には、グラスが握られており、何やら、オレンジジュースのような色の液体が入っている。ぷくぷく、シュワシュワと炭酸が抜けていっているところを見ると、オレンジサイダーみたいだ。

 エルが私に話し掛けてきたのも驚いたけど、まさか飲み物まで持ってきてくれると思わなかったため、彼女とグラスを二度見する。すると、また呆れたといわんばかりに、かなり大きなため息をつかれてしまった。




「何ですか。何か文句でもあるんですか」

「い、いやあ、エルが、エルがねえって」

「私が何だって言うんですか」

「だ、だから。私の為に飲み物でも持ってきてくれたのかなあって。やっぱり、ツンデレ?私のこと嫌い嫌い、いいながら本当は好きと……」

「あり得ないので」

「うっ」




 そう一蹴りされてしまい、私はそれ以上彼女に絡むことはやめた。神経逆撫でして、怒らせてしまったら、エルが皇帝に何を言うか分からないからだ。それなら、絡むのをやめればいい話なのだが、何だか親近感があるような、ないようなで、ついエルには絡みたくなってしまう。

 高校時代はそんな自分から絡むことも何もしなかったのに。私も成長したってことなのかな? なんて、一人で思っている。




「そ、それで、私にジュースを持ってきてくれたってこと?」

「…………………………違います」

「え、じゃあ、そのジュースはエルが飲むの?」

「誰がこんなジュース……」

「ん?」

「いえ。はあ……はあ~~~~そうですよ。エトワール様のために持ってきたんですよ。飲みたいんでしょ。泥水でも飲まなきゃ生きていけないくらいに、喉が渇いているであろう、エトワール様に持ってきてあげたんですよ。感謝して欲しいぐらいですよ。全く」

「え、エル~」




 やっぱり、優しいじゃん。ただのツンデレじゃん。と私は感激してしまった。ツンツンしたこが、たまに見せるデレは本当に現実でも可愛いものだと思った。ツンというか、きれている割合の方が高いんだけど、エルのその言葉を聞いて、何だか嬉しくなってしまった。私が心底喜んでいると、エルは、汚物でも見るかのように顔を歪ませた。

 彼女はスッと後ろにひいて、グラスを隠す。




「え、え、くれるんでしょ?」

「その顔見たらあげたくなくなってきました。私も、喉渇いているんですが」

「でも、さっき、こんなジュースっていってたじゃん。もしかして、エルはオレンジジュース苦手?それとも、炭酸系が苦手なの?」

「……答える必要ないと判断したので、答えません」




 エルは、スンとそう答えた。


 エルは基本私と喋ってくれないため、ここまでが限界だろうと諦めることにした。エルが持っているジュースを見ていれば、彼女は諦めたようにそれを手渡してくれる。私が完全にグラスを持つ前に手を離そうとしたので、私は慌ててそれを受け止める。




「ちょ、ちょっと」

「鈍くさいですね。エトワール様」

「アンタのせいなんだけど……」

「ちゃっちゃと飲んで下さいよ。私も忙しいので」

「え、いや、そこまでは良いよ。さすがに、エルに持って言ってもらおうなんて思ってないし……さ。ゆっくり飲むよ」




と、私が答えると、エルはムスッとした顔をした。彼女なりの気遣いを無碍にした感じで、悪かったかなあと、ちらりと彼女を見る。エルの視線は、私の持っているグラスにいっている。早くの目と急かされているようで、何だか落ち着かない。




(の、飲んだ方がいい?)




 もしかして、エルが絞ってくれた奴かも、なんてあり得ない考えが頭をよぎりながら、私はジュースに口をつけた。炭酸の効いた、甘酸っぱいオレンジソーダだった。ラスター帝国の特産物であるオレンジを使っているのだろう。高級感あるというか、口の中に温かな太陽が広がっていくような気がした。

 エルは私が飲む間、じっと私のことを観察していた。そんな風に見られたら、飲みづらいよ、といいたかったが、そこもグッと我慢した。さすがに、毒は入っていないだろう。こんな人前で殺して何のメリットがあるのだろうか。それとも、私をころしても、別に罪に囚われないとか?




(味は普通なのよね……)




 エルのことを信じてみよう、と思ったときもあったけど、結局は何処か疑っていて、信用出来ない部分はあって。ゆっくりとオレンジソーダを飲みながら、私は一旦グラスから口を離した。




「これ、すっごく美味しい」

「それは良かったです」

「エルも、飲まない?」

「いえ。では、私も忙しいので」

「えっ、ちょっと、それさっきも聞いて……って、もういない!?」




 話していたい人もどっか行ってしまったし、エルに話し相手になって貰おうかなあ、と思ったのだが、彼女は脱兎のごとく私の前から姿を消してしまった。本当に何がしたかったんだろうか、と私は、飲みかけのジュースを片手に呆然と立ち尽くした。まだ口の中に甘みと、温かさが残っているみたいで、身体がぽかぽかと暖かくなってきた気がした。




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