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155 惨めで、受け入れられなくて




「起きてください、いつまで寝ているんですか」

「うわあああっ!え、エルか……何だあ、びっくりさせないでよ」

「びっくりなんてさせてませんが?というか、いつまで寝ているつもりですか」

「そこまで言う?」




 栄養が偏っているせいだろうか。それとも、精神的苦痛のせいだろうか。起こされても全く私は反応できなかったそれに対して、エルはまた嫌なかおをして私を見下ろしていた。身体が重くて思うように動けなかった。

 いつまで寝ているのか。

 そう言われても、まだ眠たくて、目が開けられずにいた。でも、エルの機嫌が悪くなったらいやだなあと、重たい瞼を擦る。でも、なんで彼女の為にここまでしないといけないのだろうと思ってしまった。




(なんで、私の方が召使いみたいになってるの?)




 まあ、上下関係なんてものは元々嫌いだからあれだけど、何故エルに指摘されて私はそれ通りに動いているのだろうかと思った。自分でも信じられないほどに。




「ええっと、で、何だっけ。ご飯とか……」

「起きなかったので、朝食はありませんが」

「ええ!?お腹ぺこぺこなんだけど」

「たいして、あんな固いパンと、冷たいスープでお腹はふくれないでしょう。なら、食べなくても大丈夫なのでは?」




と、エルはまたも酷いことを言ってくる。こんな酷いこだったっけ、と思うほどに彼女はイライラとしていた。そのイライラが私にぶつかって、彼女は私に八つ当たりしているんだなと言うのもすぐに分かった。理由は分からないけれど。


 ぐうと私のお腹が鳴っても、彼女は気にする様子もなく、私に早く経てと命令してきた。全くどっちが上なのか分からないくらいに。私はもう、聖女の地位がないとは言え、こんなに雑に扱われるのかと、人間としての扱いはこれでいいのかと思うほどだった。エル自身何とも思っていないからあれなのかもだけど。




「それで何だっけ。なんでこんな早くに起こされたの?」

「はあ……忘れたんですか。今日は、皇太子殿下と、聖女……トワイライトの結婚式ですが」

「あ………………そっか」




 エルに言われて、とうとうこの日が来たんだなと言う実感が湧いた。チクリと色んな方向から針を刺されるように私の中に入り込んでくる苦痛。私は、胸が痛いのを抑え、平然を装うと笑う。それを見て、エルは不細工な笑顔と言った。




「そんなに嫌ですか」

「嫌って、何が?リースと、トワイライトのこと?」

「ええ。だって、貴方たち愛し合っていたんでしょ?略奪だと思わないんですか?」

「まさか。トワイライトは私の大切な妹だし。リースだって、幸せになれるなら、それでいいと思ってい……る、けど」

「本当に?」




と、エルは私に聞いてきた。何が言いたいのだろうか。本当に彼女の目を見ているのが辛くて、彼女の言葉一つ一つが胸に刺さる。今更どうしようもないし、何度もその質問をされて嫌になってしまった。


 嫌に決まっている。


 でも、恨んでも憎んでもいない。決定事項に私はとやかく言わない。意見したところで変わらないって分かっているから。無駄な努力はしたくない。




「暴れればいいんじゃないですか?私の皇太子殿下だって」

「なんで。というか、それが目的?私が暴れれば、罪を罰せられるって、私を処刑できると思っているの?」

「……処刑までいっていないじゃないですか。貴方は、愛している人もすぐに手放せる薄情な人なんですね、と思っただけです」

「薄情、なわけ……」




 言い返したかった。それだけは違うって。


 薄情って何に対して言っているのだろうか。リースに対して? トワイライトに対して? でも、私が決めたことで、国が決めたことで、どうしようもならないんだから仕方がないじゃないかと。私は、エルに叫びたかったが、彼女は私の味方じゃないので、下手には出られない。私は、怒りを溜めて、それに蓋をするしかなかった。ここで暴れたらダメだって。




「それで、私を起こして何をしたいの?パーティーは夜なんでしょ?それまでは、一人にさせてよ」

「いいえ。今日は大切な日ですので、私はずっと貴方と一緒にいます。それにそう、陛下から命令されているので」

「本当に嫌な人」

「皇帝陛下を侮辱しましたか?」

「するわけないじゃない。そう……なら、エルが私のドレスを仕立てるってこと?」

「嫌ですがそう言うことですね」




と、エルは言ってやれやれと言わんばかりに首を横に振った。こんな私のことを嫌いな人に監視されていると思うと、腹が立ってくる。話せば分かるとか思っていた私がバカだった。


 そうして、結婚式の話をされ、確かに皇宮の周りが煩いな、と耳を立てていた。二人はどんな服に身を包んで、どんなかおをしているのだろうか。想像の中では、彼らが着る服は分かっていた。一度、いや、何度もゲームの中で見たハッピーエンド。リースとトワイライトの結婚式、服。どのルートよりも輝いていて、私が大好きなハッピーエンド。その一枚絵が頭に浮かんでは消えていく。

 はじめから、リースの隣なんてなかったんじゃないかと。エトワールストーリーがどんな風になっているか分からないけれど、エトワールは、リースの隣に立って結婚式をむかえられたのか、とか。

 リュシオルは、エトワールストーリーにもハッピーエンドは存在すると言っていた。でも、実際にそれを目にしたことがないから、にわかには信じられないし、想像がつかない。でも、黄金と淡い光の組み合わせよりも、リースの黄金、エトワールの銀色は映えるだろうな、とかも思った。まあ、トワイライトはリースの隣に立ってもまけない可愛さだし、お似合いだと思うけど。




「近くで見てみますか」

「え?」

「ですから、近くで見てみますか。パレードには参加できないでしょうが、遠くから見守ることは出来ると思います。皇宮の一室からならその姿が見えるのではないでしょうか」




 エルは、そういきなり言うと、ついてこいと言うように部屋を出て行ってしまった。どんな心変わりだろうか。

 しかし、ついて行かないという選択肢は私の中にはなくて、ぐーぐーとなるお腹を押さえながら私はエルについて行く。エルは部屋から出て相当遠い場所に行っており、追いつくのがやっとだった。私の事なんて頭にもないだろう。

 鍵を開けて私が逃げたら、とは考えなかったのかと。まあ、開いていたとして、逃げる場所もないのだから空けていても問題ないと思ったのだろうが。どうせ、皇宮からは出られないのだから。




「エル」

「……」

「エル、ちょっと待ってよ」

「黙ってついてきてください。今日という日に暴れられたら困ります。彼らの晴れ舞台を貴方は、ぶち壊したいのですか」

「そ、そんなこと言ってないじゃない。というか、アンタが勝手にいくから」

「見ても、惨めになるだけじゃありませんか?」




 本当に私をどうしたいんだろうか。

 エルは、また減らない毒舌で私を虐めてきた。もう慣れたものだと思ったけれど、確かに、惨めになるという言葉は刺さってどうするべきかと足が止ってしまう。

 リースとトワイライトが結ばれるそんな、本来ならハッピーエンドで、正規ルートを私は見て、正気でいられるだろうか。


 物わかりのいい人間じゃないから。物わかりのいい人間になろうとしていただけだから。

 感情を押し殺してここにいるだけで、トワイライトとリースの幸せを望むといいながら、私自身、それを受け入れられていなくて。

 リースが他の人のものになるのは嫌だ。でも、トワイライトだから……でも、私は、リースと。

 きっとこんな気持ちだったんだろうなって、遥輝のことを思う。彼の長い片思い。今では、私が彼を追いかけて、求めているようだった。それを、リースは気づいているのだろうか。なんで好きとか、そう言う理屈とか何とかではないけれど。好きだって言うはっきりとした気持ちはそこにあった。好きだ、リースが好き。

 でも、トワイライトが嫌いなわけじゃない。




「いく……見に行かなきゃ……ちゃんと祝うって決めたもん」

「強がりですね。まあ、いいですけど。私には関係無いので」




 そう言って、またエルは歩き出す。確かに、エルには関係無い私の問題だ。私が受け入れられるか、祝えるかの問題。祝おうって決めて、そうやってリースを追い出した。この三日間、私の知り合いには会えていないし、勿論リースにも会えていない。最後の言葉を交すこともなく私達はここまで来てしまった。最後に何か言えたらよかったんだけど、彼を引き止める言葉は私には考えられなかった。



 好き。



 単純で、重い言葉。それを彼に言えればよかった。もっともっと言えればよかった。愛しているとか、私に似合わない言葉を彼に投げたかった。もう投げられないし、彼は私のものじゃない。もの、といういい方自体は嫌いなんだけど、彼は私の恋人じゃなくなるんだって。

 惨め、確かにそう。


 一歩、一歩と足を進めていくうちに、胸が締め付けられて、足取りが重くなって、倒れそうだった。でも、誰も私を支えてくれないから、何とか自分の足で立った。そうして、エルはとある部屋に案内し、私はその部屋の中に入り、バルコニーへと出た。ふわりと風邪が中にはいってくると、まばゆい光が目に飛び込んできた。




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