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152 嫌われる理由、嫌いな理由




(普通の部屋よね……)




 牢獄、といったから身構えたが案内されたのは普通の部屋だった。といっても簡易的なものしか置いていなくて、殺風景。先ほどまでいた空間の方が広いんじゃないかと思うくらい狭かった。まあ、狭いの基準は、ひとり暮らしするにはちょうどか狭いくらいのもので、別に問題はなかった。皇宮の一室にしては、地味ではあったけど。




(まあ、こんなものよね……)




 嫌われ者の聖女に渡される部屋などこんなものだと、私は自分を納得させて部屋を見渡してみた。そう言えば、先ほどの空間はどうなったのだろうか。もう消滅してしまったのか、それとも復元しているのか。リースにとって安らぎの場所だったのであれば、残っていて欲しい気もするが……

 そう一人で悶々と考えていると、エルにじいっと見られていることに気がついた。こそばゆいというか、恥ずかしいというか。そもそも見つめられるのが慣れていないせいで私はおどおどとしていた。それが気持ち悪かったのか、エルは目を細める。




「な、何!?」

「こんな部屋でもソワソワするんですね。もしかして、貧乏だったんですか?」

「え、え、何、何言うの突然!?」

「聖女だったんでしょ?偽物だった、でも追い出されるまではそれなりの待遇を受けていたと聞きましたが。こんな部屋で喜ぶんですね。だったら、牢獄でも喜びそうですよね。エトワール様は」

「ディスってる!?」




 あまりに強烈な毒に私はどう反応すれば良いか分からなかった。あまりにも私のことを下に見ている。偽物聖女は、メイドよりも下に見られるというのだろうか。

 ムキになって何かを返す余裕もなくて、私は彼女からのナイフを永遠に受け続けていた。




「そもそも、貴方は、聖女らしくないんですよね。聖女はもっとお淑やかであるべき。それに、魔法もろくに使えないと聞きましたし、平民の騎士を護衛にしたとか。光魔法の中心にいるのに、闇魔法の公爵の元に行ったり……本当にやっていることが滅茶苦茶ですよね」

「……うっ、てかなんで知っているの?」

「知らないと思っていたんですか?大体、聖女が動けば噂にもなります」




 まあ、偽物なんですけどね。と嫌味を付け足すエル。私に毒を吐かないと生きていけないような人間なのだろうか。

 ここまで悪口を目の前で言われたことがなかったため、新鮮さを感じながらも、嫌なものはいやだった。




(というか、本当に筒抜けになってるのね……エルは何でそこまで詳しいのかな……)




 皇帝陛下が全て把握していたというのだろうか。これまでの私の行動を。となるとそれはそれで気持ち悪いのだが。

 色々考えてみるが、確かに、聖女にしては聖女らしくなくて、魔法も使い慣れていないし、アルベドとも欲一緒にいるし、そう思われても仕方ないかも知れない。でも、聖女らしくあれなんて言われていないし、私は私。魔法が使い慣れていないのは、魔法というものが存在しない世界からきただけで。アルベドと仲良くしたっていいじゃないか。だって、彼奴のこと、嫌いじゃないし、闇魔法とか、光魔法とかで考えたくなかったから。

 そんなことを言ってもエルには伝わらないだろうな、と私は何処かで諦めていた。

 エルを見れば、まだ私を睨み付けている。彼女は私の何が気にくわないのだろうか。リュシオルと一緒でメイドで、メイドだから優遇されている人とか、贅沢な生活をしている人が嫌い、とかなのだろうか。




「エルは、その、貴族になりたいの?」

「はい?私がいつそんなこと言いましたか。貴族になりたいって何ですか。貴族になったら何かいいことがあるんですか?」

「ううっ……わ、分からないけど。そりゃ、貴族の生活って煌びやかだし、ドレスとか、女の子だったら憧れるんじゃないかなあって」

「貴族も貴族で大変だと思いますが?でも、確かに、平民から搾取する立場である、というのはなかなかいいかもしれませんね」

「エルってもしかして、性格悪かったりする?」

「……」

「黙り込まないでよ!」




 無言は肯定と言うことなのだろうか。

 エルは、貴族やそう言った待遇に憧れているわけじゃない。グランツは、どちらかと言えば、王族であったが貴族を恨んでいた。自分が平民に救われたから、搾取する側、される側の気持ちをどちらも感じたからだろう。後は、平民を見下す貴族たちに嫌気がさしたのかも。そういった理由がエルにはないと。


 じゃあ、エルは何で私を嫌う?


 その理由を何で知りたかったのか自分自身でもよく分からなかった。分からないから知りたい。それが私の根本にある気持ちだった。ずっとそうしてきた。でも、それがよくないときもあるって気づいてはいる。




「じゃあ、エルは何で私のこと嫌いなの?」

「嫌いに理由は必要ですか」

「必要でしょ」

「貴方と喋る理由、私にはないんですけどね。私は貴方の監視役なんですけどね」

「うわっ、股そうやって逃げた」




 ムスッと顔をむくれさせ、エルはそっぽを向いてしまった。その表情が可愛くて、愛おしかった。トワイライトに反抗期があったらこんな感じなのかな、とか、妹の顔が浮かんできた。本気で嫌っているのに、その嫌っているというアピールが子供っぽくてよかったのだ。と、口に出したらまたエルは怒るだろう。

 三日の付き合いだけど、彼女が私に何か危害を加えてきそうではないと安心した。嫌ってはいても、私に直接手を下してくることはないだろう。一応、メイドである、と彼女自身が明言しているのだから。




(ちょっとくらい、心を開いても良いかな……)




 私は、エルの態度を見て、彼女に少しくらいは心を開いてみてもいいかなと思った。警戒ばかりしていたら、鬱になってしまいそうだったからだ。全てを疑わないといけないんだけど、全てを疑ってなくしてしまうものがあるなら、こぼれ落ちるものがあるなら、私はそれを拾わなきゃいけないと思うから。

 私が、そんな風ににやけていると、エルがぴしゃりと気持ち悪いですね、といってきた。毒舌であるというのがエルの特徴のようだ。リュシオルもビシッと言ってくるタイプであったが、また違うなあと感じる。人の数だけ性格というものは存在するし、エルは私が出会った中で新しいタイプだと思った。


 もう少し話していたいな、と彼女を見つめていると、エルはくるりと私に背を向けた。




「何かあれば読んで下さい」

「私のこと監視しなくていいの?」

「この部屋には、監視用に魔法石が置かれています。貴方が何をしても筒抜けなので、変な気は起こさないで下さい」

「そ、そう……」




 確かに、うっすらと魔力を感じるし、見られているような気がする。映像として流れるのだろうか。この世界にテレビというハイレベルなものは存在しないのに……と、たまに現実とファンタジーが混合するときがある。どういう原理でこうなっているのかは分からなかったが、見られているのは確かだった。

 エルはもう一度釘を刺すと、扉を開けた。鍵は外からかけられるらしい。トイレに行くときとかはどうなんだろう、それもエルを呼べばいいのかな、何て考える。




「エル」

「何ですか」

「ありがとう」

「はい?」




 エルは、怪訝そうに顔をしかめた。いきなりありがとう、何て言われたら誰しも驚くだろう。それも、監視するぞっと脅した相手にありがとうなんて言われたら、余計に意味が分からないと。

 私はエルの反応を見ながらクスリと笑った。エルはさらに顔をしかめている。




「エルが監視でよかったと思ってるってこと。ここまでありがとう。また、よろしくね」

「…………お人好し、バカ、脳天気ですね。貴方と私の関係は、監視する、されるというものなのに。本物の主人とメイドじゃない。そもそも貴方は私の主人じゃない。では」




 バンッと大きな音を立てて扉が閉まる。口ではああ言ったけど、ありがとう、といわれて一瞬、言われた後一瞬だけ嬉しそうなかおをしていたな、と彼女の丸い目と驚いた表情が脳裏に浮かぶ。


 一人になると途端に部屋が寂しくなり、私は置いてあるベッドに寝転がった。スプリングが軋み、寝返りを打つたびに変な音がする。




「はは~本当に、最後の最後まで嫌がらせよね」




 まあ、牢屋に入れられるよりは良いけど……と、私は天井の小さな明りを見つめてフッと口角を上げた。




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