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【本編完結】乙女ゲームの世界に召喚された悪役聖女ですが、元彼は攻略したくないので全力で逃げたいと思います  作者: 兎束作哉
番外編 ~巡廻~

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146 見ないで!





「オレンジの……匂い?」




 甘酸っぱい匂いが鼻腔をくすぐり、私は目を覚ました。そこまで距離が遠くなかったはずだが、転移魔法の影響で眠ってしまっていたらしい。辺りを見渡すと、そこは先ほどの生臭い地下道ではなく、狭い温かな空間だった。窓がないのに、何処からかオレンジの匂いがし、小さなシャンデリアが、部屋を照らしている。




(ここが、ルーメンさんが言っていた、隠し部屋?)




 私の近くにはルーメンさんはおらず、彼は、私を転移させただけで、まだあの地下道にいるのでは無いかとも思った。光魔法の転移って基本的に自分には使えないから。

 でも多分、ルーメンさんなら自力で、地上に戻ったんだろうなあ、なんて想像しながら私は、身体を起こす。まだ少し眠たい。身体も冷え切っていて、頭がくらくらする。あのネズミの中に入っていたなら当然と言えば当然なのだが。




「ベッドとか……ない……って、一応、リースの部屋だから、勝手にしちゃダメだよね……」




 赤いソファーと、簡易的なベッドが置いてある。ふわふわで、羽毛布団と、真っ白な枕が見え、私は今すぐにそこに飛び込みたい衝動に駆られた。しかし、服が濡れて、汚れているし、このままベッドで横になるのも気が引ける。勿論、ソファーもだ。




「分かった!服脱げばいいのよ、服を!」




 地下道に落ちたとはいえ、下着は、少し洗えばどうにかなるでしょう、そこまで汚くないでしょう精神で、私は服だけを脱いで、確認してみる。よそお通り、そこまで匂いはついていないようで、目立った汚れもない。部屋の中は、温かくて、暑くはない。ちょうど良い温度のため、このまま寝ることが出来れば最高だろうな、と想像する。

 そんな想像をしていると、知らぬ間に、ふわりと、私の頭の中から、ここが本来リースの部屋だと言うことが抜けてしまった。自分の部屋のような、若しくは、ホテルのような気分で、部屋の中を歩き回る。本棚には、少し難しそうな哲学の本や、戦術の本が置いてあった。




「リースって、こんなもの読むのね……」




 もしかしたら、この世界にきて、本来のリースと変わらないように振る舞うために、色んな知識をここに来て入れたのかも知れない。誰かに見られたらいけないからこの部屋を使っていたと。

 リースは、努力家だったから、人知れず努力していたんだろうな、というのが見て取れる。それ以外には本当に何もない部屋だった。殺風景とまではいかないけれど、極力ものをヘやらした部屋、見たいな。リースらしいと言えばリースらしい。




「ふぁあ……眠い……寝てもいいよね。リースがきたら起こしてくれるし」




 部屋を見て回った後、足にドッと拾うがやってきて、私の足は自然とベッドへと向かっていた。ボフンと音を立てて私を包み込んでくれる真っ白ベッド。ベッドからも、かすかにオレンジの匂いがした。ラスター帝国が、オレンジの花を大切にしているんだったと、思い出して、ここもオレンジだらけだな、と。確か、この部屋にもオレンジが会った気がすると、横になりながら、小さなサイドテーブルを見る。そこには、カゴに三つオレンジがのっかっていた。腐っている様子もなかったから、後で食べようかなあ、なんて考える。




「って、ここは、リースの部屋なのに、勝手にしたら怒られるわよね」




 前世、私の部屋にきたリースは、とくに何かを漁るわけでもなく、私がリースに構わなければずっと本を読んでいた記憶がある。あの頃は、オタクまっしぐら、超オタクをしていたため、彼が私の傍らで何をやっていたかなんて覚えていない。でも、少し寂しそうな目で私を見ていたような気がする。そんな記憶だけは朧気にあった。

 それが今では申し訳なくて、私の部屋にきてずっと私を見ているだけって、どれだけリースにとって苦痛だったか、考えるだけでも、本当にヤバい女だった自覚はある。まあ、私の部屋にきて、私のコレクションを勝手に構って喧嘩になるくらいなら、とリースも分かっていたからかも知れない。どちらにしても、リースは、私の部屋にきてじっと私を見ているだけだった。それでよかったのか、なんて今更聞けないし。


 そんなことを考えながら、うとうとし始め、私はゆっくりと瞼を閉じた。

 扉のない部屋だから、誰かが入ってくる心配もないだろうと、温かな光にと、オレンジの匂いに包まれ、私は夢の中に落ちる。






「――と、エトワール、エトワール!」

「もう、朝?ふへえ……って、リース!?」




 ゴツンと、何かと額がぶつかった。痛みが駆け抜けていき、目が一瞬にして覚めてしまう。寝ぼけ眼を擦り、額を抑えながら目を開けると、そこには、眩い黄金の彼がいた。少し、顔が赤いような気がするが、気のせいだろうか。




「エトワール、ここに来ていたんだな」

「あ、ええっと、お邪魔します……で、いいのかなあ。ルーメンさんから話は聞いていると思うけど……って、リース?なんで、顔逸らしてんのよ」

「……目に毒」

「はい?」




 ぼそりと、何かを呟いたリースは、私と顔を合わせようとしなかった。恋人なのに、どうして、顔を逸らすのか。結婚するから他人になるから? なんて、まだ起きていない頭が怒りを覚えたとき、はらりと、かけていた布団が落ちる。




「っ!?」

「だ、だから言っただろう」

「待って、今見てるってことだよね。顔隠してないじゃん。さっきまで隠してたのに、この変態」

「俺が悪いのか!?」




 布団が落ちて、ようやく私は、自分の置かれている状況に気がついた。下着で寝ていた。だから、リースは極力私を見ないように顔を逸らしていたのだと。それに気づかず私はリースに詰め寄ったと。

 彼は、指の隙間から、ちらりと私を見ていた。見ないという姿勢をとっていたくせに、しっかりとそのルビーの瞳で私を見ていたのだ。信じられない……




(いや、私にそんなこと言う資格なんてないんだけど……)




 私が勝手に彼の部屋で寝ていた。私が勝手に服を脱いで寝ていた。悪いのはどう考えても私なのである。リースは、ベッドの上には腰掛けず、地べたに座り込んでいる。いつもしている赤いマントは置いてきたのか、普段よりもラフな格好だった。それでも、何を着ても似合うというか、オフの姿と言うべきか、似合っていた。

 そんな、超絶イケメンの彼氏に私は、下着姿を晒していると。




「待って、服、服は!?」

「洗い物に出した……って、叩くな。エトワール。替えの服を持ってきたんだ。お前の妹が、これをきろと」

「トワイライトが?」




 思わずリースを殴ってしまったが、彼は、違う、そうじゃない、と、訴え、私に真っ白なドレスのようなものを差し出してきた。見ると、所々にオレンジの刺繍が入っていたり、オレンジと黄色の中間色みたいなフリルが入っていたり、いつも私がきている聖女の服と似たようなデザインのドレスだった。でも、これはトワイライトがきているものではない。




「お前にプレゼントしたかったそうだ。まあ、そのタイミングを逃して今に至るといっていたがな……」

「そ、そう……」

「俺は、あっちを向いておくから、今すぐ着替えろ。目に毒だ」

「え、見たくないって?」

「違う……お前……ああ、もう」




と、リースは苛立ったように声を上げていた。そのくせ、頬は真っ赤で、今にも沸騰しそうだった。男の人への耐性というか、そもそもに人間に耐性のない私だから、恋愛感情とか、そういう感情とかはないんだけど、それでも恥ずかしいという思いはあって。まあ、それで、リースも男なんだなあ、なんてぼんやりと思いながら服に手を通していた。といっても、元の身体も、エトワールの身体も、胸がない……胸があると肩がこるとリュシオルは言っていたが、少しぐらいは欲しいものだと思う。あまりにぺったんこと言うか、何というか……




(リースもそっちの方がいいと思っていたから……)




 けれど、私の下着姿で、あーあーいうってことは、別に彼にとってどっちでもいいんじゃないかなあ、何ても思った。こんなこと考えるのもあれだけど。

 それを目的に付合っているわけでも何でもなかったし、彼は、私がいればいいと言ってくれたから、私もそれでいいし、リースがいれば何も望まないんだけど。




「はい、着替え終わった」

「ほんとか」

「嘘ついてどうするのよ……似合ってる?」




 私は着替え終わったことをリースに伝える。彼は、ビクリと肩を大きく動かした後、恐る恐る私の方を見た。サイズもぴったり、一人で着れるドレスだったのがありがたい。かといって、決して安物、というわけでもなく、その生地の滑らかさや、きめ細かさ、刺繍、フリルの数……などなど、職人の手が籠もっているといったドレスだった。お出かけには良さそう。




(もし、色違いとか、同じかたちのドレスがあったら、トワイライトとお揃いに出来たのかな……)




 二人で、それを着てお出かけできたら楽しかっただろうな、なんて何処か遠い目をして私は考えた。きっと、彼女に次あっても、一緒にいられるなんて、お出かけできるなんて内だろうけど。




「リース?」

「………………綺麗だ」

「わっ……」




 また、消えそうなほど小さな声で呟いた彼の言葉を耳にした瞬間、リースは私を前から抱きしめた。突然のことで、何て反応すれば良いか分からなかった私は、両手が無意味に動く。けれど、抱き返すことができなかった。




「リース?」

「俺は、お前じゃないと嫌だ。今だってずっと思っている。俺の横にいていいのは、俺の横を歩くのはお前だ」

「……リース」

「エトワール――――」




 リースは何かを言いかけて、言葉を飲み込んだ。それを静かに私は聞いて、彼の背中にすっと手を回し、抱きしめ返した。静寂が扉のない部屋を包み、私達はそのまま少し抱き合っていた。




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