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132 混乱、困惑、混在





 どれだけ気をつけていても罠にかかってしまう。蟻地獄みたいな。抜け出そうとしても抜け出せない泥沼みたいな。

 どれだけ藻掻こうが、抗おうが、エトワール・ヴィアラッテアの手の中から抜けられない……そんな気がした。絶望感を味わいながらも、まだ希望があると信じて、私は諦めなかった。ある出来事が起こるまでは……




「――とわーる、エトワール!」

「ん……リース……?」




 私が目を開けば、心配そうな顔から一気に安心した顔に変わった恋人の姿があった。しかし、その背景を見れば、昔見たような祭壇のような、儀式場のような暗闇が広がっている。




「ここは?」

「皇宮の儀式場だろうな。誰かが、意図的にここに転移するように仕向けたと」

「……そう」




 リースは冷静ながらも、その怒りを隠すことはしなかった。

 誰が、私達をここに転移させたのか。リースの言葉から、ここが皇宮であることをしり、まんまと罠にはまったと肩を落とす。あれだけ逃げてきたが、ここまで来てしまえば、もう何も出来ないだろうと。




(ここって、あれよね……あそこ……私がこの世界にきて初めてリースと出会った場所)




 随分と昔の記憶なのに、鮮明に思い出されたあの頃の記憶を懐かしみ喜ぶことは出来なかったけど。でも、いつも通りゲームをやっていて、いきなりこの場所に召喚されたときは驚いたものだ。そして、推しに出会って、それが元彼で……




(ほんと、この世界にきてから随分経っちゃったのよね……)




 あの頃の期待とか、わくわく感は今はもうない。

 私達の出会いの場所に転移したことで、ここが終着点だと言われているような気がしたのだ。よく物語である、始まりの場所が終わりだとかそう言うの。




「エトワール。見つかる前に、隠れた方がいい。そして、見計らって何処か遠くへ逃げろ」

「でも、そんなこと……」




 リースは懐から、赤色の魔法石を出し、私の手に握らせた。リースのルビーの瞳と良く似たそれは、爛々と輝いていた。かなり魔力が込められているようで、遠くまでこの魔法石一個で転移できるだろう。でも、何処に転移すれば良いか分からない。転移できる場所は、自分がいったところ、知っているところだから。

 私は、ラスター帝国とラジエルダ王国しかいったことがない。ラジエルダ王国に関しては、今どんな状況なのかも分からないため、うかつにあそこに転移するのは危険である。だから、私を迎え入れてくれる場所なんてないのだ。ラスター帝国の外に出れさえすれば、もしかしたら希望はあるのかもだけど。




「何処でもいい。だが、まずアルベド・レイと合流しろ」

「でも、別れちゃったんだよ?今、アルベドが何処にいるかなんて」

「彼奴は、お前に追跡魔法でもつけているだろう。だから、お前が何処にいたとしても見つけてくれるはずだ」

「ねえ、それちょっと怖いんだけど」




 何で、リースがその事を知っているのよ。と突っ込みたくなったし、彼氏として、他の男がストーカー行為をしているのに、それを利用するというか、肯定よりでいうのはどうなのかと思った。でも、それほどまでに切羽詰まった状況なのだと、リースの顔を見て思う。

 彼だって、どうすれば良いか分からないんだろうし、最適が何かも分からない。いまできる精一杯を私につぎ込んでくれようとしているのだ。

 今、朝か夜かも分からない。この儀式場だって、誰も来ないとは限らないのだ。だから、今のうちに逃げろと。

 私は、魔法石を触って魔力の波動を一定にあわせていたが、どうにも魔法石が反応しなかった。魔力がない訳でもなく、不良品でもない。ただ、何かが転移を妨害しているようだった。




「どうした、エトワール」

「ううん、何か、この魔法石使えなくて」

「そんなこと……いや」

「どうしたの?」




 リースは少し考えるような素振りを見せた後、儀式場を見渡した。薄暗いそこは、静まりかえっていて、人がいる様子もない。リースは私よりも先に、この世界にきていたし、この儀式場の広さも理解しているだろう。

 そんなリースが、何を考えているのかさっぱりだった。




「そんなことできるのか?」

「だから、何が!?」




 私がそう大きな声を出すと、慌てたように、階段を降りてくる足音が聞えた。もしかして、帝国の騎士かも知れないと身構えたが、リースはそこまで気を張っていないようだった。足音からして一人だったからだろうか。それとも別の……




「殿下!」

「る、ルーメンさん……」




 サッと、リースは私を後ろに隠し、目をつり上がらせた。

 あらわれたのはルーメンさんで、私を見てとても驚いたように目を丸くさせた。だが、幽霊でも見るように首を振って、そんなはずないと言う。額に汗が浮かんでいて、だんだんと顔が青くなっていく。




「殿下、どういうことですか」

「先に聞く、ルーメン。お前は本物か」

「本物って。俺の事疑ってんのかよ」

「……確かに、灯華だな」




 リースは、剣の柄を掴んでいた手を退けて息を吐いた。黄金の髪は額に引っ付いており、それを汗と共にリースが拭う。絵になるなあと斜め後ろから見ていたが、そんなのに惚れている場合ではないと、私はルーメンさんを見た。


 先ほど見たルーメンさんはやはり偽物だったのだろう。


 ルーメンさんが転生者で、灯華さんだっていうことをエトワール・ヴィアラッテアが知っているかも分からない。でも、転生者であることを私達は別に口に出していないし、転生者同士が知っているという何とも奇妙な状況ではある。いったところで、転生って何か、っていわれそうだし。まあ、それはいいとして、偽物が転生者の灯華さんの性格というか人格……ではないけれど、リースの、遥輝の前で出す素の顔を演じれるかといったらそこまで出来ないだろう。だからこそ、リースは彼が本物だと安心したのかも知れない。 

 でも、エトワール・ヴィアラッテアは、私が転生者ってことを知っているから、もしかしたら、リースやルーメンさん、一応トワイライトとリュシオルのことも勘付いているのかも知れない。そう思ったら、これも誰かの演技、偽物なのでは? とも思ってしまう。


 何を信じればいいのか、全て疑わないといけないのか、頭が痛くなってくる。

 そんな風にいきたくないのに、ルーメンさんすら信じられなくなっているのだ。きっと、リースもそう。




「てか、何でそんなこと聞くんだよ。それに、遥輝、お前今まで何処に行って……」

「やはり、あれは偽物だったということか。本当に何を信じれば良いか分からなくなってきたな」




 リースはやるせないような笑みを浮べ、自傷気味に笑い顔を一掃する。

 リースは、私を巻き込んだことをきっと後悔しているんだろう。私に対しては、酷く罪悪感を抱く人だから、きっともっと早くルーメンさんの偽物を見破っていればと思っていたのだろう。




「なあ、遥輝」

「少し、黙ってくれないか。灯華」

「いや、だって……」




 灯華さん……(もうこの際、ルーメンさんに戻すけど)、ルーメンさんも酷く混乱している様子で、リースからの言葉を待っているようだった。二人で意見というか、起きた出来事の不一致から、状況を整理するための情報が欲しいのだろう。




(ルーメンさんの感じを見ると、ルーメンさんはそもそも、フィーバス卿の元に行くとき一緒にいっていなかったってこと……だよね)




 となると、一緒に馬車に乗っていたかは置いておいて、一緒にいっていたルーメンさんははじめから偽物だったということだ。それまで、リースにバレなかったというのは凄いけれど、その時点でルーメンさんは二人いたということになり得るし……

 魔法で、リースと本物のルーメンさんを接触させないようにしていたとしたなら、まあ、納得するしかなくなるけれど。


 そんなこと魔法で出来るのかと言われたら微妙でもある。でも、私が聖女でありながら、魔法になれていないせいで、本来の力を発揮できていないだけかもしれないわけだし。いや、実際そうなんだけど。

 だから、エトワール・ヴィアラッテアは、そこの所がしっかり出来ていて、自分の力を最大限発揮できていて。


 とにかく、私よりも出来るから、こうやって色んな手を使って苦しめてきているのだと思う。




(でも、実際本人がいないから、幽霊と戦っているみたいになっちゃうのよねえ……)




 幽霊というか、魂というか。実体があるようでない、見たいな状態が、今のエトワール・ヴィアラッテア。同じ魂が二つあること自体、危険であるから、それが接触してしまうと、二つとも消滅の可能性があるから、こうやって遠距離過ぎる攻撃をされているわけだけども。

 リースはやっと整理がついたのか、それでも、嫌だけど、みたいな顔をしてルーメンさんを見ていた。ルーメンさんが悪いわけでもないのに、彼はぎくっとまるで悪いことしたみたいな人の反応をする。




「つまり、お前はずっと皇宮にいたと」

「そ、そうだよ。お前の事探してたら、何か、フィーバス卿の元に出かけたって。俺はついていかなくてよかったのかって聞いたら、黙りこまれて。で、お前の反応見る限り、俺の偽物がお前のおともとしてついて行ったと」

「ああ、そういうことだ。やはり、全部仕組まれていたことだったんだな」




 リースは、ギリッと奥歯をならしていた。怒りを抑え込むのが必死なようで、彼の身体は震えている。

 ルーメンさんも理解は出来たが、理解したくないみたいな顔で俯いた。そんなルーメンさんを見て、少なくとも彼は、敵ではないんだろうな、ということだけ分かって、安心している自分がいた。そんな風にルーメンさんを見ていれば、ばっちりと彼と目が合ったのだ。




「それで、遥輝……殿下、何故、エトワール様までここに?」

「あ、あはは……どうも」




 私は、苦笑いして、ひらひらと手を振ることしか出来なかった。





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