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105 普通であるということ




 何かが焼ける香ばしいにおいで目が覚める。




(前世で、朝ご飯とかつくるの面倒くさいとかいって、トースター買ったのに使ってなかったっけ……) 




 随分と昔の記憶だなあ、と寝ぼけ眼を擦りながら目を覚ます。枕の代わりに、アルベドが巻いていたマフラーがあって、私は、一瞬アルベドが何処かに行ってしまったのではないかという錯覚に陥ってしまった。




「ある……」

「おはよう、エトワール。何だよ、悪夢にでも魘されたか?」

「い、いや……いたんだ」




 その色を私が見つけられないわけがなく、パッと顔をずらせば、視界にあの紅蓮がうつる。鮮明な赤に、私は、安堵感を覚えつつ、まあ、そりゃ、一晩中膝枕なんてしたら、足が痺れるよねって、どうにか、自分を誤魔化した。いや、いやとか、寂しかったわけじゃないけど、起きて、側にいないのはいやだった。

 本当に、また、一人になっちゃったんじゃないかって思っちゃったから。




(そんなことないよ……ね)




 いきれないのが、怖いところ何だけど、それでも、起きて皆いなくなっちゃう夢を見たことがあった。私が、全員殺して、その死体の山の上で笑っているような、そんな夢。最悪な夢だった。悪夢だ。

 いつ見たっけ、最近も、災厄の時も見た気がする。何度も見てしまう。本来悪役になるはずだった未来の夢か。

 そんな未来くるわけがないのに。

 来て欲しくないから抗っているというのに。




「どーしたよ。顔色悪いぞ?」

「うわあああっ!いきなり、顔覗かせないでよ、心臓に悪いじゃない」

「お前が、ボーッとしてるからだろ。こっちは、心配して、言ってやってるって言うのに」

「誰も、頼んでないわよ」

「あっそ、じゃあ、心配しなくても良かったんだな」

「うっ……」

「何だよ」




 何、その意地悪な言い方。と、私は、抗議したくなった。でも、本気で、心配して言ってくれているんだなって、ぶっきらぼうながらに、かけてくれた言葉なんだなって分かっているからこそ、私は何も言えなかった。

 私が言いたいのは、いつだって、言い訳だ。だから、言えなくなってしまう。言う権利がないって自分で自覚しているから。

 そんな風に、私が黙っていれば、アルベドは、はあ……と大きなため息をついて、パチパチと燃える焚き火の側を離れ、私の方に来て、いつものように、乱暴に頭を撫でた。




「子供扱いしてる?」

「嬉しそうにするじゃねえか。知ってるんだからな、俺は」

「何よ……」

「素直になれよ。怖かったんだろ?悪かった」




と、アルベドは謝った。


 私のこと、全部見透かして、それで、彼の口から謝罪が飛び出して、私はこれでいいんだろうかって思ってしまった。彼にばかり謝らせている。まあ、私もそれなりに謝るけど。それでも、アルベドが謝ることじゃない。私が、私の心が弱いから、朝起きて、近くにいなかったことが寂しかっただけで。




「謝らないで」

「なんで?」

「アンタが悪いわけじゃないから。それに、普通……だから」

「普通ねえ……」




 なんて、アルベドは、何か考えるように、私の言葉咀嚼して、それから、満月の瞳を私に向けた。私に、それは本当か、と訪ねるような、そんな視線に、私は思わず、大きく肩を上下させてしまう。何か言いたげに見つめられれば、私は、また攻撃的に言葉を発してしまいそうになった。




「普通って何だよ」

「普通は、普通よ」

「だから、普通の定義だよ。お前の思う普通は、お前だけの普通だろ。俺にとったら、普通じゃないかもだしな」

「何が言いたいの」

「分かってるくせに」




 そう、アルベドは言ってニヤリと笑った。まるで、胸に手を当てて聞いてみなっていうような、そんな態度に、私は眉間に皺が寄るのを感じた。たまに言葉足らず。ううん、私に教えてくれようとしているんだろうなって言うのは分かった。自分で気づかないと、それは自分のものにならないからって。

 きっと、私も、分かってる。

 さんざん言われてきた、普通は、誰が作った普通か。普通なんてもの存在しなくて、その人の尺度で決めるもの。普通なんて存在しない。

 私の普通と、アルベドの普通。このずれこそが、価値観というのだろう。




「じゃあ、アンタが悪い」

「滅茶苦茶飛躍したな。そこまで、して良いって俺はいってないぞ」

「それが、私の普通」

「あいあい、分かりました。それで、エトワールは、俺が、起きたときに側にいなかったことが怖かったんだろ?」

「ねえ、ここまで引っ張ったわけを聞かせなさないよ。てか、分かってて、アンタここまで言わしたの!?」

「エトワール、ストレスを溜めないためには、いった方が良いんだぜ?いった方が、心が楽に……って、いてえよ、足踏むな」

「アンタが悪い!」




 それは、さっき聞いた、とアルベドは足を押さえながら言う。長い脚の男が、足を押さえるためにしゃがむ姿は、本当に滑稽だと思う。口にはしないけど。

 アルベドは、痛みに耐えながらも、私を見上げた。そして、ニヤリと口角を上げて「その方が良い」と私の顔を見て言う。変な意味じゃないし、嫌味でもないからこそ、その笑顔が腹立たしかった。

 わかっていわせた。それが、ストレス発散になるからって。




(ほんと、器用なのか、器用じゃないのか、分からない……)




 でも、私の完敗ではあった。




「それで、アンタは私を置いて、何をしていたわけ?」

「開き直りが早いなあ……朝食作ってたんだよ」

「ど、どうやって?てか、何を?」

「魚。そこの、湖で取ったんだよ。毒はねえから安心しろ」

「え、え」




 思わず、言葉が喉に詰まる。早起きして、湖で魚とって、焼いていてくれたってことは分かった。でも、本当にキャンプしている人みたいになっているなあ、って思って、自分ってこれまで、良い生活していたんだなっていうのも実感して不思議だった。アルベドが、こうリャキャラが、私の為に、魚を焼いているという図が。




(こ、これって、乙女ゲームよね。ロールプレイングとか、じゃないのよね……)




 某何ちゃらの森みたいな、そんな生活が始まっている気がする。いや、キャンプ……ゆるい、キャンプ……言語化するのも、ふわふわしていて、難しいから、あれだけど、似合わなすぎて。




「ん?くわねえのかよ」




 なんて、串か、木の枝なのかに刺さった魚をほおばりながら私に渡してくるアルベドに、私は何か答えられただろうか。ただ、渡された魚を手にとって、焼けているなあとか、ちょっと塩っぽいものがついているとか、そんな感想しか抱けなかった。

 どういうこと。




「あ、アンタ、慣れてるけど、きゃ、んぷしたこと……あるの?」

「キャンプ?野宿のこと言ってるのか」

「う、うん。野宿」

「お前も、さっきしてただろ」

「いや、そうじゃなくて。その、自然の動物狩ったり、調理したりって……なれてるなあと思って。初めてじゃないわよね」

「そうだな」




 本当意味が分からない。

 何で、そんな回答がかえってきたのだろうか。だって、仮にも、公爵家の公子で、貴族の人間で。なのに、キャンプしたことがあるって意味が分からなかった。それも、ソロキャンプ得意ですよー見たいな、顔して、手慣れている感が伝わってくる。


 私は、頭が痛くなって、眉間を抓む。

 突っ込まない方が良いのかも知れないが、あまりにも、アルベドの生活力の……生命力というか、経験の多さに、恐れ多くて頭も何も上がらない。

 本当に、こんな公子が何処にいるのだと言うんだ。ここにいる。

 私が、焼き魚を持って突っ立っていれば、ぐぅぅぅぅ……と恥ずかしながらに、もの凄く大きなお腹の音が鳴ってしまう。

 私達の間に静寂が流れた後、プッとアルベドは噴き出した。




「ちょ、ちょっと、わら……笑わないでよ」

「腹減ってんだろ。意地張らずに食えよ」

「意地なんて張ってないわよ……食べれば良いんでしょ」




 ここで言い合っていても仕方がないと、私は、アルベドにはやし立てられるような感じで、焼き魚にかぶりつく。すると、臭みもなく、良い塩味が口の中に広がり、ふわっとした魚の食感が、歯を通して伝わってきた。




「美味しい……」

「だろ?」

「う、うん……」




 年相応……少し若いくらいに、でも、凄く私の好きな笑顔で笑うものだから、背景に出てきかけた朝日が、良くも悪くも、アルベドを照らしていた。紅蓮の髪は、朝日を帯びると、太陽よりも熱くメラメラと燃えていた。




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