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94 別れ、そして退居





「お姉様っ!お姉様!」

「トワイライト」

「どうして、どうしてこんな……お姉様が、出ていかないといけないなんて。そんなの、いやです。意味が分かりません。私が、皇帝陛下に直々に……」

「きっと、無駄だから」

「お姉様っ!」




 聖女殿に帰れば、私を待ち構えるようにして、聖女殿で働いている従者が皆玄関の前で待っていた。皆、顔を暗くして、私を見つけた途端、駆け寄ってきて。その中には、リュシオルやアルバ、グランツもいて。

 トワイライトは、皇帝陛下に直談判しにいくといったが、私は、そんな彼女を優しく抱きしめて止めた。少し、抵抗したものの、トワイライトは、ギュッと私を抱きしめ返して、声を殺し、泣いた。


 聖女殿の従者達も、仕方ないと思いながらも、悲しみの表情をしてくれて、皆、私のことを嫌っていないんだなって事に気づいてしまう。ここに、私の味方がいるんだって、これほど、喜ばしくて、泣けてしまうことはないんじゃないかと思った。ああ、本当に……

 こんなに私のことを思ってくれる人がいるんだから、幸せじゃないかと、私は彼女の頭を撫でた。美しい蜂蜜色の髪は、聖女特有のもので、少し羨ましくも思う。



 ヒロインだもん、彼女が幸せになれるなら良いじゃないか。

 元々は、悪役になりたくないから、頑張ってきたわけだけど、結局最後は悪役らしい退場の仕方になるのかなとか。




(でも、処刑よりはマシよね)




 ある意味の、国外追放……みたいなものなのだろうか。まあ、したかがないことだけど。




「エトワール様っ」

「リュシオル」

「…………私は」

「聖女殿のことよろしく。だって、もう、疑いも何もかかっていないわけだし、ここのことよく知っているのは、リュシオルだし、私は大丈夫だから」

「大丈夫って顔してないじゃない」




と、少しやつれてしまったリュシオルに指摘される。自分では気づかないけど、そんな風に見えていると言うことは、そうなのかも知れないと、私は、思いながら自分の頬をなぞる。受け入れているつもりだけで、受け入れ切れていないのかな、とかも。


 リュシオルは、自分はついて行くみたいに、皆と同じことを言うけれど、トワイライトは、ここにずっと縛られてしまうわけだし、彼女だけをここに置いておくこと何て出来ないと思った。

 これから、私は、トワイライトにも接触できなくなるわけだし。これが、最後のお別れだと。聖女殿は自分の家みたいに思っていたし、私の居場所だったけど、こんな風にお別れになるのは辛い。


 全部辛いけど、もう、戻れない。




「大丈夫って顔していなくても、ここから、出ていかないといけないのは仕方がないことだし」

「仕方がないって貴方ね」

「別に死ぬわけじゃないけど、リュシオルが親友でいてくれて嬉しかった。これからも、よろしく」

「……っ、巡、貴方ってこは」




 言いたいけど、言葉が出てこないというように、リュシオルは、グッと唇を噛んでいた。私に何をいっても、私の意思が変わらないことを理解したからだろう。

 アルバも、何か言いたげだったが、皇帝陛下のこと、そして、私につけば、自分のいえや、プハロス団長にも迷惑がかかると思ったのか何も言わない。それが正しいって私も分かっているから、文句も何も言わなかった。皆、正しい行動をしている。

 私も、出来ることはした。でも、皇帝陛下と馬が合わなかっただけ、それだけなのだ。最後の最後まで好かれなかったとか、そういう人間的な理由で。


 これ以上、どうしようもなかった。




「お姉様、私は…………お姉様……どうすれば」

「幸せになって。私から、言えるのはそれだけかな」

「ですが、殿下は……リース殿下は、お姉様の婚約者だったではありませんか。それなのに、どうして……私は」




 確かに、そうなのだが、婚約者という事実はもうない訳で。仮に恋人、思い合っていたとしても、もう、勝手に進めた婚約のせいで、リースとトワイライトがくっつくことは確定しているわけで。

 何というか、別に、好き同士じゃないのに、親の都合でくっつけられた感じ、ではあるなあ、とは思った。もう、私には関係無いけれど、妹の幸せを願うなら、こんなのおかしいって声を上げなきゃいけないんだけど。


 これじゃあ、トワイライトも、リースも、大切な人皆が不幸になる。

 けど、変えられない現状。


 ヒロインと攻略キャラが結ばれればハッピーエンドかと言われれば、今回の場合は違う……訳で。エトワール・ヴィアラッテアは、ある意味、皆を不幸にしたという感じだろう。乙女ゲームなんだから、好きな人と結ばれるのが、セオリーというか、ハッピーエンドなのに。これは、違うって、皆言うだろう。




「私、何も出来なかった」

「そんな、お姉様。これは、お姉様の、せいじゃありません…………これは、これは……」




と、トワイライトは言葉を句切る。


 震えた身体をもう一度抱きしめて、私は後ろに控えている従者達を見る。全員名前が分からないのは申し訳ないけど、顔を一度でもあわせた人ばかり。彼らは、私のことを、聖女として認めてくれて、嫌わなかった人達なのだ。




(まとめるもの、何もないよなあ……)




 持って行けるものなんて限られているだろう。元々、取り付けられているものが多いから、私の所有物っていうものがない。あったとしても、これから必要になってくるのなら、トワイライトの為に残しておいてあげたいし。




「ごめんね、トワイライト」

「そんな、お姉様……お姉様っ」




 謝って許して貰おうとは思わない。

 これが、死刑宣告されたわけじゃないから、救いはあるけれど、どちらかが接近したら罰せられるわけだし(主に私がだけど)、本当に他人として生きていかないといけない。ここにいる全員。


 それから、一人一人とはいかないものの、温かい言葉をかけて貰って、私は、少ないお金と、鞄に入れられるものだけを貰って、聖女殿から退居することになった。こんなにあっさりいくとは思わなかったし、皆、皇帝陛下が怖いからっていうのもあるけど、私が覚悟を決めているからか、引き止めようとはしなかった。

 トワイライトは、終始泣いていて、そのたび、アルバとリュシオルに支えられていた。

 一番辛いのは、彼女かも知れない。

 生き別れの妹というか、本当に大切な妹で。私のことを誰よりも思ってくれる妹だからこそ、最後の最後まで私の為に泣いてくれたと。

 本当に恵まれていたなって、思えたからこそ、私は、聖女殿から出ることが出来た。

 猶予を与えて貰えなかったから、本当に今日中に退居する事になったけど、全然困ることもなかった。近くの神殿の大神官にも、理由があって……と伝えたら、おじいちゃん神官さんも泣いてくれた。私を少なくとも聖女だって、混沌を倒した聖女だって認めてくれる人は身近にいて、それだけで良かった。だからこそ、あの皇帝陛下の性格の悪さが浮き彫りに出る。


 皆が泣く中、私は、泣かなかった。強がりだったか、あまりの衝撃に、感情すら置き去りにしてしまったかは、定かじゃなかったけど、泣けなかった。

 泣いたら、きっとその場から動けなくなるから。

 グランツとアルバには最後の命令を下し、私の護衛から外れて貰うことになった。強制的だけど、彼らはちゃんと受け入れて、トワイライトを守ってくれるといった。命に代えて。

 エトワール・ヴィアラッテアが、まだ何かしてくるかもだし、そう思った時、魔法を打ち返せるグランツがいるのは心強い。

 グランツとの最後の仕事は、何の役にも立たなかった真実の聖杯を取りに行くことだったけど、私は、ずっとこの先覚えていることだろう。




「えっと、じゃあ……改めていうのも何だけど、ありがとう。ありがとうございました。皆さん、お元気で」




 どの立場で言えば良いか分からなかったから、そんな言い方しか出来なかった。

 皆、複雑なかおをしつつ、私を送り出してくれる。

 もう、聖女でも何でもないから、私はただのエトワールだから。地位も何もないから。


 私は、少ない荷物を持って、聖女殿を出ることとなった。坂を下る際、ずっと、私の名前を声がかれそうなぐらい叫んでくれる妹、親友、辛い顔をしながらも、必死にそれを引き止める、グランツとアルバの姿が、だんだんと見えなくなっていく。

 そうして、完全に坂を下れば、声も何も聞えなくなった。丘の上に、聖女殿がポツンと立っているのが見える。




「これからどうしよう……」




 出ていくしかなかったわけだけど、行く宛てもなくて、今日泊る場所もあるかどうか分からないし、そんな風に、仕方ないことながらも、肩を落としていれば、ポンと誰かが私の肩を叩く。

 見上げればそこには、鮮やかな紅蓮が立っていた。にこりと笑って、満月の瞳を開眼する。




「俺がいるじゃん、エトワール」





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― 新着の感想 ―
[一言] あ、鮮やかな紅蓮…ま、まさか暗殺者で公爵家令息で最近あんまり登場していなかったあの人!なのか?お、弟ではないだろうし…
2023/07/05 21:48 退会済み
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