04 こちらも、まさかの!?
「いつまでそこに突っ立っているつもりだ。座ればいいだろ」
「……立っているのが趣味なので」
嘘である。もう足が限界だ。
部屋には私とリースが二人きり。リースは私に目の前にある高そうなソファーに座れというのだが、私は断固拒否した。
二人きりになった途端私は途轍もない不安に駆られていた。
やっと冷めてきた頭が、言うのだ「お前は悪女」だと。
そう、私はいずれ悪女と言われるようになる偽りの聖女。そして闇落ちしてヒロインと帝国を苦しめ成敗されるラスボス。
私は本ストしかプレイしていないため、エトワールストーリーに関しては全く知らない。今更ながらに、エトワールストーリーをプレイしておけばよかったと後悔した。
唯一の親友は一応プレイしていたらしいが、彼女曰く全くどのキャラも好感度が上がらないらしい。私の最推しリースは特に……だそうだ。
本ストではリースルート失敗以外は死亡エンドはないのだが、エトワールの場合はどのキャラデも死亡エンドが存在するらしい。
そして、召喚から一年後には本物の聖女、ヒロインが召喚される。
と言うことは、私の余命は約一年……
「死にたくない……」
「座ったぐらいで殺さないが?」
「そうじゃなくてっ!」
リースは、キョトンとした顔で首を傾げた。その顔もまた芸術品で、絵画にして美術館に飾りたいぐらいだった。イケメンはどんな表情をしても絵になるからずるい。
そして何故今こうしてリースと二人きりになっているかというと、私はリースに案内されるがまま彼の私的な居室に連れてこられた。
そこは、なんとも豪華な部屋だった。壁には帝国の美しい風景画がかけられており、天井にはキラキラと光るシャンデリアが吊るされている。
私は、あまりの豪華さに唖然として立ち尽くした。そのことも相まって、私は扉の前で棒のように固まっていた。
「……座れと言っているんだが」
「あっ! では、お言葉に甘えて! 失礼しますっ……!」
私は、恐る恐る腰を下ろした。ふかふかなソファーは私を優しく包み込む。私は、思わず頬が緩んでしまうのを抑えられなかった。
あのままでは足が棒になるところだった。
「わー、このソファーふっかふかですね」
私は、少し大袈裟に言った。それは、リースの視線から逃れるためだった。
(ふげぇ……! 何でさっきからそんな私のことじっと見てるの!)
リースは、無言のまま私を見つめている。
何も可笑しな事はしていないはず…そう思いふと顔を上げると目の前に丁度鏡があり、そこに映った自分の姿に私は肩を落とした。
まだ、自分があのエトワール・ヴィアラッテアだと信じてなかった。もしかすると、エトワール似の誰か…若しくはヒロインかも知れないと淡すぎる期待を抱いていたのだが、今その期待も粉々に砕けた。
腰まで伸びた美しい銀髪にルビーの瞳の下半分は夕焼けのようにオレンジ色に彩られていて、まるでフランス人形のようだ。服装は白いワンピースなのかドレスなのか微妙なものだったが、気品があるように見える。
自分でも吃驚するぐらいの美人が鏡に映っていた。
しかしどう見てもエトワール、誰がどう見てもエトワールなのである。
「贅沢は言いませんから、せめてモブにぃ……」
モブであれば、攻略対象に近づけなかったとしても死ぬことはないだろう。
いいや、オタクなのだからモブでいいのだ。攻略対象と、しかもリースと喋れるなんて。私は彼の周りの空気になりたい……!
「先ほどから、何をブツブツと言っているんだ」
私は、ハッと我にかえった。
いけない、つい思考の海に沈んでいた。
そして、またリースの事を見ていたことに気が付き顔を背ける。リースは、私の行動を見て不思議そうな顔を浮かべたが特に追求してくることはなかった。
しかし、これ以上見られたら穴が空くと私は意を決して聞いてみた。
「な、何故先ほどから私を見ているんでしょうか」
私は、震える声で尋ねた。
リースは、少し考えるような素振りを見せてから口の端をあげてフッと笑った。
「久しぶりの再会だから、か?」
「え? いや、初めて会ったと思うんですけど……」
私とリースの間に沈黙が走る。
そして、暫くして彼は目頭を押さえながら大きなため息をついた。
「本当に覚えてないのか?」
「ええ、だってこれは乙女ゲームの世界で………………ちょ、え、まさか……」
「ああ、そのまさかだ」
なんで? そんなことってあり得るわけ?
私は、サーッと血の気の引く音が聞こえた。
私は、リースの言葉を聞いて真っ青になった。リースは、私が転生者だと知っているのだ。
それだけじゃない。このリースから感じられる独特な雰囲気と口調、こいつは……
「朝霧遥輝ッ!?」
リースもといい、朝霧遥輝……
こいつは、目の前にいるこいつは、私の元彼だ――――ッ!