03 まさかの悪役に転生!?
「――聖女様はきっと混乱しておられるのです」
「召喚には召喚された側もかなりの体力と魔力を消費するので、聖女様はその反動で疲れておられるのです」
と、私の周りを囲む黒いローブの召喚士達は口々に言う。
「……あ、はい。そうです、とても混乱してて」
私は取りあえず周りに合わせた。
落ち着いているふうに見えて、心の中はかなり死ぬほど焦っている。
(いや、落ち着け私。まだ、悪役……悪女になるって殺されるって決まったわけじゃないじゃない)
私は、深呼吸をした。しかし、上手く呼吸が出来ずむせてしまう。そんな様子を見て召喚士達は慌てた様子で集まってくる。
「聖女様大丈夫ですか!」
召喚士は大事だと声を荒げる。
ただむせただけなのに、そんな大げさな。と私はやっとの思いで息を吐いた。注目されるのは好きではないし、苦手だ。
高校生の時に昼休み一人でソシャゲのガチャを回して、推しを引き当て叫んでしまった時の視線はとても痛かった。あれと同等、それ以上だ。
そしてあの後、職員室に呼び出されスマホが没収されたのは辛かった。
だから、この人達の心配そうな顔も私にとっては必要のないものだった。放っておいて欲しい。
私が咳き込んでいる間にも、召喚士達の話し合いは続いていた。確かに、体調があまり優れないと私は思った。先ほど召喚士達が言っていたように体調が悪い原因は、やはり召喚による疲労らしい。
取りあえずこの場をどうにか切り抜けようと私は必死に考えた。しかし、考えれば考える程頭が真っ白になって何も浮かばない。これからのことを考えれば考えるほど目の前が真っ暗になる。
「え……と」
すると、目の前に手が差し出された。見上げるとそこにはリースの姿があり、私は目を丸くする。
(推しが私に手を差し伸べているだと!?)
「どうした?」
「えっと、その……」
「俺の機嫌がいいうちに、手を取れ」
身に余る幸福!
――――じゃなくて……!
私は、リースを見上げた。直視出来ない完璧国宝級イケメンなのだが、何処か私を見る目が柔らかいような、懐かしさを覚えた。
初対面の筈なのに、とても親近感湧き私は思わずリースの手を取った。
リースの手の温もりが握られたところから徐々に伝わってくる。私の身体は沸騰寸前だった。今ならきっとお茶を沸かせる。
「こいつは俺が連れて行く」
「ですが、殿下……」
「聞こえなかったのか?此奴は俺が連れて行く。メイド共に聖女の部屋を準備させろ」
リースの鶴の一声で召喚士達は一斉に膝をつき頭を垂れた。さすが帝国の皇太子、威厳あるなあ…とポカンとしていると、リースに手を引かれ慌てて我にかえった。
リースの表情は心なしか先ほどより柔らかかった。
でもリースって女嫌いじゃ無かったけ? ストーリーでは偽りの聖女の召喚にも一度姿を現して消えたぐらいだし……まあ、その一瞬でエトワールはリースに一目惚れするんだけど。
まさか、私に一目惚れしたとか!?
エトワールは美人だったし、召喚時に暴れてもいないし。
まあ何にせよ、彼が私を気遣ってくれたのは嬉しい。私は彼の手を握る力を強めた。
「……ひッ、あ、あの。痛かったですか?」
リースに声を掛けると彼は少し驚いた顔をしたが直ぐにいつもの無愛想な顔に戻った。依然繋いだ手は離してくれない。
推しと手を繋いでいる状況はこの上ない幸福なのだが、緊張と興奮でそれはそれは凄い量の手汗がわき出しているに違いない。
リースの手を自分の手汗でベタベタにするわけにはいかない。それに気持ち悪いと思われてるかもしれない。
「どうした?」
私は、急いで手を離そうとした。しかし、リースはそれを許さなかった。
いや、本当は嬉しいけどその繋がれたところからドロドロの溶液になりそうなので勘弁して欲しい。
だけど、リースの力は強くて振り解けそうもない。溶けるどころか次は骨が折れそうだった。
「痛い痛いッ! 折れちゃう……!」
「おっとすまない。少し力みすぎたか」
そう言ってリースは私の手を離した。捕まれたところが少し赤くなってて、私は白目をむきそうだった。骨折ヒロインとかダサすぎる。いずれ悪女と呼ばれる偽りの聖女であっても、一人の女の子だ。か弱いんだ。
私は、反射的にリースを睨み付けてしまった。後々しまったと思ったが、彼は全く気にしていないようだった。むしろ、私が睨んでも平然としていた。
私は恥ずかしくなって俯いた。そして、これ以上彼に醜態を見せないようにと私は早足で歩き出した。