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【本編完結】乙女ゲームの世界に召喚された悪役聖女ですが、元彼は攻略したくないので全力で逃げたいと思います  作者: 兎束作哉
第五章 ヒロインと悪役聖女

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35 一度崩れた関係




 さすがにこの時間は、訓練場で剣を振っている騎士達はいなかった。まあ、日もかなり沈んでいるし、オレンジ色の空にはぽつぽつと星も見え始めていた。日が沈むのは早いだろうと私は訓練場の近くを走り回った。

 勿論疲れていたし、足が棒になりそうだったが、それでも彼を探して話を聞きたいという思いだけで身体は想像以上に軽く動いた。前にここに来たときは、訓練場の周りを回るだけで疲れていたというのに、そう思えば体力がついた方なのかも知れない。




(あれだけ私を無視していたのに、何で私……グランツの事探しているんだろう)




 護衛騎士を解雇……と言うよりかは、トワイライトの護衛騎士になりたいと言ったとき目の前が真っ白になったし、それほどまでに彼の存在が大きいと知ってしまった。でも、彼はその後私に何も言わなかったし、無視して居たのに、時々私のこと気にするような素振りを見せて、完全に私との関係を切ったのではないことを知った。


 でも、だからといってこれまで築きあげてきたものが壊れたような気がして、私は彼を無視していた。許せないと思っていた。

 だから、自分でも彼を探している自分が信じられなかった。私ってこんな人間じゃないと思っていたからこそ、人の心が知りたくて、話を聞きたくて走っている自分が。


 私は、出っ張っている石に躓いて転んでしまった。足に擦り傷が出来て、またじくんとすったところから血が出ている。




「トワイライトに治してもらったばっかりなのに……」




 昼間も同じように転んで怪我したところを、トワイライトの治癒魔法で治してもらったばかりだというのに同じ所を怪我してしまった。もしかしたら、治癒したところは怪我しやすくなるとかそういうデメリットがあるんだろうかと思うぐらい。多分、ただたんに私がドジなだけかも知れないが。

 自分に治癒魔法をかけられないというのは全く不便な話である。それは、光魔法の者でも闇魔法の者でも同じなのだが、自分のために魔法を使えなくしているのだろうか。


 まあ、そんなことは今はどうでもイイ。


 私は、確かこのあたりだったと歩いていると、うっそうとした茂みの中から何かがこちらに飛んでくるのが見えた。ひゅんと飛んできた何か、木剣を私は間一髪の所でかわして、木剣が木に刺さったのを確認した後に、茂みの方を見た。すると、ざく、ざくと草花を踏みしめる音が聞え、茂みの中から、グランツが現われた。

 彼は私を見ると、何故ここにいるのだとでも言うように翡翠の瞳を大きく見開いて私を見た。いつもは空っぽなガラス玉みたいな瞳のくせに、その瞳に期待と喜びを孕ませていることに、私は少しだけ苛立ちを覚えた。自分から会いに着たくせにと言われれば其れまでなのだが、まだ私に何かを求めているような、縋るような彼の瞳が私の目には醜く映った。ただそれだけだ。




「エトワールさ……」

「それ以上近付かないで」




 そういえば、彼の足はピタリと止った。そうして、またあの何もうつさない空虚な翡翠の瞳に戻る。彼は、先ほどの興奮や期待と言ったものを全て押し殺し、中に封じたように何も分からない、感じ取ることが出来ない無表情な顔で私を見つめてきた。


 私はそれが酷く怖かった。


 グランツのはずなのに、全く別人を見ている気にさえなったのだ。前までは違ったのに、彼が私に求めているものが全く分からなかった。何も欲しがらなかった彼が私に何を望むのか。私を捨てて、鞍替えしたくせに何を私に望むというのか。




「エトワール様……」

「また、木剣飛んできたんだけど。これが、アンタの今の主だったら避けられなかったかも知れない。もし、彼女に怪我させたらどうするの」

「……すみません」




 彼はシュンと頭を垂れた。


 だが、怒られたのは悲しいと言った感じだったが、トワイライトが傷ついたらどうするのと言ったとき、彼の表情がよく読めなかった。まるで、怪我させてもいいとでも言うようなそんな顔を。そうでなければ良いと私は、見なかったことにして、自分の腕をさすりながら、グランツを見た。


 根本的なところ彼は何も変わっていないのかも知れない。


 だからこそ、私ではなくトワイライトを選んだ理由は知りたかった。ヒロインだからかも知れない。私が前に思ったようにその方が自分にとって有益だからかも知れない。利口な彼が彼女を選ぶ理由は幾らでも考えられた。私だって考えられる。

 だが、それにしてはちっともトワイライトに対しての忠誠心や思いが感じられないのだ。彼女を見ていないようなそんな。心ここにあらずと言った感じに。賢いと思っていたのに、誰から見ても彼女に尽くしていないように見えてしまう。


 自分の感情さえ押し殺して、差別に耐えてきた彼なのに、こんなにも分かりやすく新しい主人に対しての態度が違うだなんて、あり得るのだろうか。

 私は、少し考えた後、ちらりと彼を見た。グランツの翡翠の瞳と目が合えば、また彼はその瞳に光を浮べる。それが、私には直視出来なかった。




(まだ、何か望むの?あれだけ、一緒にいて、何もあげれなかったかも知れないけれど、それでも……)




 そんな風に見つめていると、グランツはゆっくりと口を開いた。




「俺に、会いに来てくれたんですか?」




 そう言ったグランツの瞳にはやはり、期待のにもじが浮かんでいた。


 自分で私を捨てたくせに、どうして私が会いに来たなんて想像に至るのだろうか。もしかしたら、私が彼に対して何かしらの感情を持っているとでも思っているのだろうか。それはあながち間違いじゃないが、私と彼の間にはもう何もないのだ。




「何でそう思うの?私はアンタの主人じゃないし、アンタに会う理由なんてないじゃない」

「それは」

「私に何を望んでいるのか知らないけど、変な期待しないで。アンタが私を捨てた。私はアンタに捨てられた。私達の間には何もない。一度崩れた関係はそう簡単には戻らないのよ」

「…………」




 そう私が言えば、グランツの瞳から光が消えた。


 彼だって分かっていたはずだ。なのに、その期待の眼差しが、また元の関係に戻れるのではないかと言っているようで私の心の傷を抉った。簡単じゃない。グランツがトワイライトを選んだときのことを今でも鮮明に思い出せるし、それと同じぐらいグランツと一緒にいた日々のことも思い出せる。


 何を思って、私があげた剣を使い続けているのかも分からない。

 何も言ってくれないから、何も分からない。


 こんなことを言うためにここに来たわけではなかったけど、彼を前にするとそれまでため込んできたものをぶつけてしまいそうになる。ぶつけてしまう。それで、彼を傷つつけている自覚はあるけれど、彼が何も言ってくれないから止らなかった。


 私は、グランツに一歩、また一歩と近付いた。

 すると、彼はぴくりと指先を動かして私を見た。




「手」

「エトワールさ……」

「手を出して、早く」

「何故ですか?」

「いいから」




 私は、彼に手を出すように要求した。彼は私が何を思って言っているのか分からないと言ったように、渋りながらも自分の手を差し出した。

 思った通り、彼の手にはまめが出来ていて、それが見るに堪えないほど酷く潰れてめくれていたため、私は彼の手に治癒魔法をかけた。本当なら、魔力を温存するべきだが、初めて彼にあったときのように、私は彼の手を治していた。


 グランツは、自分の手を見つめながら、徐々に治っていく手と、私を見つめる。




「はい……」

「エトワール様」

「私が最初、アンタと出会ったとき、治してあげたの覚えている?」

「…………はい、忘れるわけがありません」

「そう。それだけだから」




 私は、それ以上なんて言えば良いのか分からず、また今度彼にあったとき何かを言おうと決め彼に背を向けた。矢っ張り、かける言葉も顔もないと思った。彼と二人きりで会って、何か変わると思っていた。でも、それ以上に虚しくて、悲しくて、自分が選ばれなかったことを思い出して、涙が出てきそうだった。




(いい、これでいい……)




 彼が、私と別れてからも剣を振るい続けて誰かの役に立っているならそれでいい気がして、私はその場を去ろうとした。けれど、後ろから手が伸びてきて、気づいた頃には私はグランツに抱きしめられていた。




「えっ……?」

「行かないで下さい。エトワール様」





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