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【本編完結】乙女ゲームの世界に召喚された悪役聖女ですが、元彼は攻略したくないので全力で逃げたいと思います  作者: 兎束作哉
第四章 縮まる距離

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39 sideアルベド




 ポタリ、ポタリ……


 手のひらに出来た傷口から血は一切止る様子はなかった。




「お、お坊ちゃま一体どちらまで!」

「あー、まあ少しな。悪いが、今日はこのまま休ませて貰う」

「ですが、血が……」

「コレぐらい、かすり傷だ。気にするな」




 公爵家に戻るため自分に転移魔法をかけ、戻ってきたはいいものの、先ほど光魔法の奴らに魔法をかけたために拒絶反応がおき、当然っちゃ当然だが自分自身にその反動が帰ってきた。




(エトワールの奴、心配そうな顔してたな……)




 見栄をはってわざとあそこにいた奴ら全員に転移魔法をかけた。あれ以上、あそこにいるのは気分が悪かった。皇太子は、俺の事をどうとも思っていないようだったが、周りの奴らの視線が鬱陶しかったためにだ。勿論、自分にだけ転移魔法をかければ良かったが、あのままあそこに彼奴らを放置するわけにも行かず、まあエトワールだけ無事でいればそれで良かったんだが、皇太子を死なせたとなるとまた問題になるだろうと、無理して転移魔法をかけた。


 その結果がコレだった。




「あー身体、きしむなあ。久しぶりだな、こんな魔力持っていかれんの」




 自分の部屋までふらふらとする足取りで向かい、ドアノブを捻って部屋の中に入りその直後に鍵を閉め、魔法をかけた。こんな状況でも、自分の命が危険にさらされていると思うと一周まわって笑えてきてしまう。


 何処にいても気が休まらないのは、命を狙われているからか。

 部屋の中のソファーに腰を下ろし、俺は天井を仰いだ。いつもより高く見えるそれに、よっぽど疲れているんだろうと、光の灯らない部屋の中で乾いた笑いが漏れた。




「血の臭い、けっこうするもんだな」




 エトワールの目の前でまた人を殺してしまったことを、これほどまでに後悔している自分がいることを不思議に思いながら、俺は手のひらの血を舐めた。この手で何人殺してきたかもウ数えるのもやめてしまった。

 初めて殺したのは、最初にやってきた暗殺者だったか。あの時の俺はまだ一桁で魔法もろくに使えなかった。だからか、狙われたのかも知れない。寝室にやってきた暗殺者は俺の胸を貫こうとナイフを振りかざした。間一髪の所で避けられたが首を絞められ意識がもうろうとする中、近くにあった花瓶かなんかで暗殺者の頭を殴ったんだったか。


 そうして、暗殺者はぷつりと糸の切れた操り人形のようにその場に倒れ真っ赤な血を流して……


 そこまで思い出して、俺は自然と口角が上がった。



 善人は生きるべきだが、悪人は死ぬべきと言う思想はここから来ているのだろう。


 そんなことを考えつつ、俺は今日会った出来事を軽く思い返していた。

 エトワールにかけておいた追跡魔法が役に立ったと。出会った当時から、彼女に少なからず魔力を注いで追跡魔法を継続させていた。初めのうちは、俺の事を言いふらすんじゃねえかと気が気でなく、聖女だからといって信用出来たわけでは無かった。だが、再び俺の前に現われた彼女は、滑稽にも取引をしたいと言ってきた。取引なんて聖女が言うもんだから、俺は笑えてきてしまった。


 それも、俺が貴族を殺した事を黙っててやるから殺さないで欲しいなんて。そんなの、取引でも何でもなく、ただの懇願だと。だが、必死になっていう聖女が、エトワールが可愛くて俺は許してしまった。この時から、きっとエトワールは打算なしに、嘘偽りなく俺と向き合っててくれたんじゃないかと。

 その後も、俺のせいで暗殺に巻き込まれ、怖い思いをさせてしまった。だが、傷だらけの俺を放っておけば良いのに、回復魔法をかけた彼女に俺の心は温かくなった。闇魔法と光魔法は反発するだろうにそれは魔法をかけた相手もかけられた相手も同様に。しかし、彼女は俺を見捨てなかった。だから、俺は彼女に惹かれた。


 聖女は、闇魔法のものにとって天敵とも言える存在だ。聖女が現われたと聞いたとき、俺の心は重くなった。さらに、闇魔法のものへのあたりが強くなるのではないかと。災厄の進行により、光魔法のものも闇魔法のものも精神が徐々に蝕まれていっていたから。世も末だった。




「……彼奴が死んじまうかと思ったら、いてもたってもいられなかった」




 追跡魔法が途切れたとき、心臓が止るかと思った。


 暗殺者に狙われて、治癒が追いつかないほどにボロボロになったとしても、俺は自分が死ぬ何て微塵も思わなかった。悪運が強い自分の事だ、生き延びるだろうと、何処か自分の命さえ軽視して、心臓が止るほどヒヤヒヤしたことはなかった。


 だというのに、エトワールの追跡魔法が途切れて、彼奴に何かあったんじゃないかといてもたってもいられず、すぐさま彼女の元へ走った。追跡魔法はそこまで有能じゃないため、安否確認と大凡の場所しか分からない。だが、エトワールの追跡魔法が途切れた場所にいけば、そこは地獄だった。



 前に一度見たことのある怪物がそこにいたからだ。


 負の感情を増幅させ、人が形を変えた成れの果て。従者にヘウンデウン教の事について調べて貰った際、そいつの見たものをまんま見せて貰ったとき、ヘウンデウン教がいかに恐ろしい実験をしているか知った。それが、人を負の感情によって人ならざるものにするというものだった。

 あの村は、以前からマークされていた。そうして、いつの間にかヘウンデウン教の実験施設になり、それにまんまと引っかかった帝国の奴らは。


 怪物を見ただけで吐きけがした。それと同時に、あの怪物にエトワールがやられたのではないかとすら思った。考えたくもないことが頭によぎり可笑しくなりそうだった。

 エトワールは聖女で、俺と交わることなどない存在。

 だが、会うたび彼女に心を動かされていく自分がいた。会うたびに酷い顔を俺に向けて、嫌そうに避けていく感じの悪い女なのに。聖女のくせにしなやかさや、博愛の心がない、本当にただの少女だった彼女に。そんな変哲もない聖女という肩書きだけを背負った彼女に惹かれた。



 自分でもよく分からなかった。



 気づけば、俺は皇太子の前に飛び降りて助言をしていた。


 盗みぎきすれば、やはりエトワールはあの怪物に飲み込まれているようで、彼女を助けるために皇太子は妬けに焦っていた。まるで、愛するものを奪われた人のような表情を浮べて。もし、飲み込まれた奴がエトワールじゃなかったらきっと助言も何もしなかっただろう。それに、そんなエトワールへの執着心を見せられて良い気持ちにはならなかった。心の中に影が差すように、もやっとした今まで感じたことのない気持ちを感じて。


 結局は、皇太子を怪物の腹の中までいかせ、エトワールは無事救出できたのだが、エトワールもエトワールで、皇太子にすくなからず何かしらの感情は持っているようで。




「俺には、あんな顔みせてくれないくせに……」




 苛立った。


 今すぐにでも、彼女の唇を奪って、俺も……そんな考えが頭によぎって、冷静さを失っていた。

 エトワールの護衛騎士もそうだった。俺に対する感情を隠すこと無く滲ませて、エトワールを救えなかった自分への怒りを他の奴にぶつけるように。だから、俺はそんな護衛騎士に同じように八つ当たりをしてしまった。

 エトワールは終始困った顔をしていたが、俺の知ったことではなかった。俺で掻き乱されれば良いとすら思うほどなのだから。


 自分の身体すら闇に溶けてしまいそうな部屋で、俺は大きなため息をついた。


 今度はいつエトワールに会えるだろうかと。


 星流祭の時の約束、彼奴は結構気にする方だから覚えているだろう。星流祭のジンクスを知りながらも、俺と最終日祭りをまわった。少なからず俺に対しても何かしらの感情は抱いてくれているに違いない。そう思うことで自分を落ち着かせていた。




「会いに行く口実なんていくらでも作りゃあいいか……まあ、それよりもまず」




 目を細め、部屋の外にいるであろう人物を俺は合図を送った。魔法の、同じ血が流れているものにしか分からない信号を。




「いるんだろ、ったく実の兄を殺そうとしに来る弟なんてごめんなんだかな」




 鍵をかけたはずの扉がぎぃと開いて、自分と同じ紅蓮の髪をなびかせた少年が偽物の笑みを浮べて部屋の中に入ってくる。




「やあ、兄さん。久しぶり」

「……くっそ、きもちわりぃ笑顔だな。その喋り方も……久しぶりじゃないくせに、ラヴァイン」





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